第33話「楯守理子という女は鋼鉄でできている、……と優斗は疲れた顔で言った」
「楯守の様子がおかしいだぁ?」
岸野優斗が間の抜けた声を上げる。
街の中心部にある繁華街。
そこから一本裏にある集合住宅の一室。友人が言うには、ここが攻略組『放課後の騎士団』の拠点らしいが、どこから見ても寂れたワンルームアパートだった。「家具がしっかりしているだけ、お前の古民家よりはマシだろうが」と勝ち誇った顔で、友人の雁朔太郎が笑っていたのを思い出す。
攻略組のリーダーで、『放課後の騎士団』のギルドマスターを気取っている朔太郎は、備え付けのソファーに寄りかかっている。
他の仲間たちはというと。
雨宮舞穂は当然のように優斗の隣に座っていた。『拳法使い』の猫と、『回復術師』の白麻いのりはキッチンで紅茶の準備をしている。
そして、もう一人のメンバー。
今、話題に上がっている楯守理子の姿は見えない。元のクラスでは、男女二人のクラス委員長がいた。楯守は女子の委員長をやっていて、『大盾剣士』という堅物な職業である。そんな彼女が、連絡もなく遅刻していることは珍しいことだった。
「なぁ、朔太郎。お前だって知っているだろうが。あの楯守だぞ? 鉄仮面の上に鋼鉄の素顔を貼り付けているような女だ。そんな奴の様子がおかしいだと? 気のせいじゃないのか?」
ありえない、と優斗は付け加えて紅茶に手を伸ばす。この異世界でも良いところはいくつかある。それは紅茶が美味しいこと。コーヒーも美味しい。ワインが名産らしいから、きっとそちらも美味に違いない。知らんけど。
「なぁ、優斗よ。お前、楯守に何か恨みでもあるのか?」
朔太郎が呆れたようにきく。
優斗は興味がないと言わんばかりに答える。
「別に。元の世界でも、仲が良かったわけでもないし。そもそも会話も数えるくらいしかしたことがない。それでも楯守の性格くらいは理解しているつもりさ」
隣では、舞穂も同じように紅茶を飲んでいる。
ふぅー、ふぅー、と小さい口で冷ましながら、ゆっくりとティーカップを傾けている。
「楯守理子は、……あのカタブツ委員長は、俺たちの中で最も常識的な人間だ。堅物な考え方に、融通の利かない性格。職業が『大盾剣士』とは、まさに楯守らしいな」
「まぁ、確かに。あいつは自分の間違いを認めようとしないところがある」
「だろう? 常に自分が正しいと信じていて、他人にもそれを強要する。そして、自分のやり方以外は認めようとしない。ほんと、やりにくいっての」
「……優斗よ。お前、やっぱり楯守のことが嫌いだろう?」
「嫌いじゃない。苦手なだけだ」
ふんっ、と優斗は口を曲げる。
テーブルのクッキーを手に取ると、ふと隣にいる舞穂と視線が合う。彼女は何も言わず、小さな口を開けて待っていた。優斗は自然な流れで、手にしていたクッキーを彼女の口に入れる。小動物に餌付けしている気分だ。ポリポリと彼女がクッキーを食べて、おいしそうな笑みを零した。
朔太郎も、猫に手渡されたテーカップを受け取ると、一気にそれを飲み干す。空になったカップを、隣に座った相棒に押し付けて、彼は身を乗り出した。
「それでも、最近の楯守は様子がおかしいんだよ。何というか、上の空というか、いつもぼ〜っとしているというか。どうしたんだ、ときいても。何でもないって顔を真っ赤にして答えるし」
「はぁ? なんだそりゃ。あいつが恋でもしているってのか?」
あの鋼鉄の女が? それこそ考えられない。クラスで最も色恋沙汰を嫌悪していて、学生の本分は勉強なんです、と大真面目に答えるような女子だ。噂では、有名私立高校を受験したけど、落ちてウチの高校に通っているとか。
そのせいもあってか、楯守の融通の効かなさは尋常ではなかった。勉強一筋、完璧主義、恋なんてもってのほかだ。……ただ、同じクラスに自分より成績の良い天才と才女がいたのは、運のないことだっただろう。
「それで? 俺たちを呼んだ理由はなんだ。その様子じゃ、依頼に行くわけでもないんだろう」
「あぁ、優斗を呼んだのは、それなりのわけがある」
朔太郎が少し悩むような顔をする。
そして、意を決して口を開いた。
「……楯守が何に悩んでいるのか、それを聞いてもらないか?」
「……は?」
優斗は静かに沈黙する。
そして、落胆したように肩を落とした。そのままテーブルのクッキーを貪ると、紅茶で流し込む。それから一息つくと、優斗はおもむろに言った。
「よし。帰るか。雨宮、帰りに買い物していこうぜ」
「うん」
何も聞かなかったように、優斗たちは立ち上がる。
そんな二人を見て、朔太郎が慌てて制す。「ちょっと待てよ。なんで帰ろうとするんだよ」と、それなりに真面目な顔をしていた。優斗はため息まじりに答える。
「朔太郎。お前、さっきの話を聞いていなかったのか? 俺は、楯守のことが苦手なんだよ。性格はキツいし、こっちの言うことは聞かないし。どう考えたら、楯守が俺に悩みを打ち明けると思ったんだ?」
自分で聞けよ、と優斗が続けると。
朔太郎は残念そうに首を横に振った。
「俺じゃダメだ。根本的なところで信用されていない。話をしてみても警戒されるだけさ。その点、お前たちは楯守と同じ中学校だっただろう? 話が合うんじゃないか?」
その言葉に、悪意はなかった。
当然だろう。県外受験組である朔太郎にとって、優斗と楯守は同じ中学校の卒業生という認識だ。そこに問題はない。問題なのは『お前たち』という括りに、雨宮舞穂まで入っていることだ。
それは触れてはいけない過去だ。
朔太郎は知らない。
過去に、中学校の時の舞穂に何があったのかを。彼女に自分たちが何をしたのかを。何も知らないのだ。
「どうした、優斗。なんか顔色が悪くないか?」
「問題ない。大丈夫だ」
朔太郎が心配したようにきいてくる。だが、この勘の良い男のことだ。きっと何かしら感づいているだろう。
「……悪いけど、力になれそうにない。他を当たってくれ」
優斗は舞穂の手を繋ぐと、そのまま玄関へと引っ張っていく。仲間の一人が、ティーカップを手に驚きながら後ずさりする。それほどまでに、優斗の表情には暗いものがあった。
優斗が舞穂を引っ張っていく。
下を向いたまま、舞穂は顔を上げない。
彼女の小さな手は、わずかに震えている。
そんな時だった。
突然、その声がアパートの室内に響き渡ったのは。
「はーっはっはっは! お困りのようだねぇ! ならば、この僕を頼ると良い! 天才錬金術師である、東野学が全ての問題を解決してみせようではないか!」
ばんっ、とクローゼットの扉が開いたかと思うと。
その中から、白衣を着た男が両手を広げながら出てきたのだ。彼の脳内では万雷の喝采を浴びているのか、満足そうな愉悦の顔をしている。
突然の天才の登場に、仲間たち全員が唖然としていた―




