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第32話『大盾剣士(ディフェンダー)』と『罠師(トラッパー)』

  

  挿絵(By みてみん)

『大盾剣士』:楯守理子



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 異様な空気に包まれていた。


 大手家電量販店の隅に設置された特設会場。

 周囲にはアニメ雑誌や漫画が販売されていて、ガラス張りのショーケースには人気のトレーディングカードが並べられていた。ここは地元でも有名なカードショップだ。最新版から古いプレミアものまで扱っている。中には、一枚で数万円もするようなカードも売られていた。


 普段なら、カードゲーム好きの人間で賑わっている店内。だが、今日だけは違う。人気カードゲームの公式戦。それも全国大会を賭けた大勝負が、今まさに目の前で行われている。開催を宣言された時には、すごい盛り上がりを見せた。


 そのはずなのに。

 なぜか。

 その場にいる観客たちは沈黙に徹していた。今や言葉も話さない。ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が、いやに大きく聞こえる。


 ……残り一分です。


 カードゲームの審判が、神妙な声で告げる。

 将棋や囲碁と同じように、カードゲームの公式戦にも持ち時間が設定されている。その持ち時間を有効活用して戦うのだが、時間ギリギリになることは少ない。それも地方大会だ。この程度のレベルなら、戦術がハマった側が勝つか。もしくは、大金にものを言わせて強力なカードを揃えた人間が勝つ。それがセオリーだ。


 だというのに、残り時間を告げられた男は。

 震える手で、次の一手を迷っていた。


「(……落ち着け。俺のほうが優勢だ。このままいけば、俺の勝ちだというのに)」


 男は手札のカードを握りながら、自分と相手の盤面を見る。自分のフィールドにいるのは『アルテマティック・ドラゴン』。現環境で最強のカードだ。高い攻撃力に、簡単には倒れない破壊耐性。一枚で数千円もするこのカードで、負けるはずがない。


 しかし、不気味なのは。

 相手プレイヤーのほうだ。


 長い前髪で顔もよく見えない。背が低く、猫背で、根暗を代表するような見た目の少年。そんな男のフィールドにいるのは『蠱惑妖精リリィ』。可愛らしい女の子のカードで、愛好者からの人気も高い。だが攻撃力も低く、能力も弱いため、実戦に使う人間は少ないのが現状だ。ましてや、全国大会を賭けた戦いで、臆面もなく出していいカードではない。


 ……あれは、罠だ。

 絶対に何かある、と彼は自分に言い聞かせる。公式戦に何度も参加して、地方大会では入賞の常連だった。そんな経験豊富な男は、盤面に隠された異質な空気を感じ取っていた。


 ……やはり、あの伏せられたカードか。

 男は相手のフィールドを睨む。召喚された可愛らしいカードの奥に、裏側に伏せられたカードが何枚もある。恐らく、こちらの攻撃に反応して発動する罠カード。強力なモンスターも破壊する恐ろしいものだが、今は何の心配もない。こちらにはアルテマティック・ドラゴンがいる。どんな罠カードでも、こいつを破壊することはできないはずだ!


「あ、アルテマティック・ドラゴンで攻撃!」


 審判が残り秒数をカウントする寸前に、男は攻撃を宣言した。


 観客たちは息を飲む。

 この攻撃は通る。


 誰が見ても、そうとしか考えられないのに。どうしてだろうか。観客たちにも、それが悪手であったことがわかってしまった。その証拠に対戦相手である猫背の少年が、何事もなかったように伏せてあったカードに手を伸ばす。


「……罠カードを発動、『天の鎖』」


「なにっ!?」


 男が驚愕する。

 罠カード『天の鎖』。それは相手のカードを破壊するものではなく、捕縛して動きを封じるだけのもの。だたの時間稼ぎにしかならず、現在の環境では使うことのないマイナーなカードだ。


 だが、対象がアルテマティック・ドラゴンなら話は違ってくる。破壊耐性のある効果があっても、捕縛からは逃げ出せない。男の脳内には、黄金の鎖で動きを封じられているアルテマティック・ドラゴンの姿が思い浮かんでいた。


「さらに、連鎖発動。罠カード『奈落への一歩通行』。罠カードの効果を受けているものは、全ての条件を無視してゲームから取り除かれる」


 前髪の少年が、さらに伏せてあったカードを表にする。

 観客たちの動揺が走る。発動条件が厳しいために誰もが使用を見合わせていたカードを、こんなにも的確に使用してくるなんて。観客たちの脳内には、黄金の鎖に動きを封じられたアルテマティック・ドラゴンが、奈落の暗闇に飲み込まれていく姿が鮮明に思い浮かんでいた。


「お、俺のアルテマティック・ドラゴンが! ……く、くそっ! 俺のターンは終了で―」


「え? まだ僕の効果処理は終わっていませんよ?」


 相手プライヤーの言葉に、男は理解が追い付かない。

 茫然と見ている中、前髪の少年は続ける。


「さらに罠カードを発動。『蟲惑妖精の招集』。このターン、罠カードによって破壊・ゲームから取り除かれたカードがあった場合。それを素材として新たな蟲惑妖精を呼び出すことができる」


 前髪の男は、テーブルの端に寄せられていた男のアルテマティック・ドラゴンを手に取ると。それを餌にして、次々と蟲惑妖精を呼び出していく。


 見た目が可愛らしい女の子である蟲惑妖精のカード。

 だが、見誤ってはいけない。


 その女の子たちは、精巧な疑似餌(・・・)だ。

 蟲惑妖精の本当の正体は、その背後や地面に隠れている蜘蛛や食人植物である。可愛い美少女につられた人間たちを、むしゃむしゃと食べてしまう。そんな裏設定があるのだ。黄金の鎖で縛られたアルテマティック・ドラゴン。現在の環境で最強と呼ばれたカードが、おぞましい蜘蛛や食人植物によって食い散らかされていく。審判の脳内には、そんな血の匂い光景が想像できてしまった。


 結果、男の攻撃宣言から一分も経たないうちに。

 度重なる罠カードの発動によって、戦況を逆転させた、長い前髪の少年が勝利した。


「しょ、勝者! 影谷かげたに選手!」


 審査員が感涙で震えながら、大きな声で宣言した。

 現在の環境でクズカードとまで呼ばれていた蟲惑妖精たちで、ここまで良い勝負ができるとは。負けた男も泣いていた。観客たちも泣いていた。審判も泣きそうになっていた。唯一、唖然とした表情で、目の前の光景に引いていたのが。勝者であった彼だけであった。


「(……え~っ!? なんで泣いているの、この人たち!?)」


 彼は自分より年上の男たちに、肩を叩かれて、激励されて、人ごみに酔いながら何とか帰路についた。



 ……。

 ……あれから、三か月くらいたった。

 それでも彼の日常は、それほど変わりはなかった。


「……まぁ、収穫はボチボチかな」


 街外れの渓谷地帯にて。

 罠にかかった魔物を見ては、彼は呟く。落とし穴、虎ばさみ、ワイヤートラップ。ありとあらゆる罠に精通して、魔物に気づかれることなく設置。そこにかかった魔物を安全な距離から仕留めて、素材として換金する。元の世界で罠カードを頻繁に使っていたせいか、あの地方大会でトラップマスターなんて呼ばれたせいか。彼の職業ジョブスキルは、罠に特化したものになっていた。それが、この異世界で『罠師トラッパー』という職業ジョブとして生活する、影谷かげたに暗雄くらおの日常であった。


 だが、この日。

 いつもとは違う獲物が、落とし穴にかかっていた。


「……んん~~っ!」


 落とし穴から人の声がする。

 根暗でビビりの性格である影谷は、何事かと恐る恐る中を覗き込むと。


「ちょ、ちょっと! なんで、こんなところに落とし穴なんてあるの!? 早く、助けなさいよ!?」


 落とし穴に引っ掛かって、自力では脱出できず。

 ぐずぐずと泣いている、元の世界のクラスメイトがいた。長い黒髪にポニーテールの少女。ちょっとだけ厳しそうな顔立ちは、見間違えることはない―


「……もしかして、委員長?」


 そこで涙目を浮かべて、ベソかいていたのは。

 攻略組である『放課後のエンドスクール騎士団・ナイツ』の一人。『大盾剣士ディフェンダー』の楯守理子であったー

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― 新着の感想 ―
[一言] どうしてこうなったw
[一言] 委員長の女の子、同級生のトラップに引っかかる。 あれ、委員長だった男は死んだはずでは。 まさかこの委員長ちゃんは委員長♂のTS後の姿なのか。
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