表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/56

第2話「この異世界と職業(ジョブ)スキル」」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 この異世界で目を覚ました時のことだ。

 優斗たちには、とある特別な能力が与えられていた。それは異世界浪漫に相応しい素晴らしい能力。……『職業ジョブ』だ。

 見習い騎士、魔法使い、治癒術師メディック拳法使いクンフー錬金術師アルケミスト料理人コックなどなど。クラスメイトには様々な『職業』を与えられていた。


 ただし、どんな『職業ジョブ』でも好きに選べるわけではなかった。


 自分の性格や、生まれ持った才能。そして、これまでにどんな人生を歩んできたのか。それらを基準に『職業ジョブ』は決められていた。結果として、岸野優斗は『見習い騎士』という職業ジョブを得て、この異世界で目を覚ますこととなった。


 これまでの人生が、そのまま武器になる。

 それが、この異世界でのルールだ。


 クラスメイトたちに目覚めた『職業ジョブ』。

 その最大の特徴が、職業ジョブスキルの存在だ。職業ジョブには熟練度のようなものがあるみたいで、魔物を倒したりして経験を積むことで、その職業のスキルを習得することができる。戦士職であれば魔物を狩るための必殺技が閃くし、魔法使い職であれば新しい魔法が使えるようになる。それらによって、現実には存在しない大型の魔物さえ倒すこともできた。


職業ジョブ』は、唯一の個性だ。

 重複はしない。30人いるクラスメイトたちの間では、同じ職業ジョブの者は存在しなかった。それがわかったのも、この異世界に来てから一か月以上してからのことだった。 


 職業ジョブスキルを手にした優斗たち。

 彼らには、この異世界で。ひとつの使命が与えられていた。それは自分たちが倒れていた場所に存在していた。


 ……『塔』の攻略だ。


 五階建ての巨大な塔だった。

 正面玄関の他には入り口はなく、窓も見当たらない。その代わり、階層ごとに異なる装飾がされていて、辛うじて外観からでも五階建てということが想像できた。この塔には、それぞれの階層にいる主、……ボスキャラが存在していて、彼らを全て倒せば元の世界に戻ることができる。そのことは『職業ジョブ』スキルを得たのと同様に、誰に教わるわけでもなくクラスメイト全員が理解していた。


 ……たぶん、調子に乗っていたのだろう。


 突然の異世界での生活。元の世界にはない『職業ジョブ』スキルの存在。自分たちよりも遥かに大きな魔物でさえ、簡単に倒せるという達成感。魔法、チート、神スキル。そんな安易な発想が、仲間たちの万能感を満たしていた。自分たちは強くなった。どんな敵でも負けることはない。薄っぺらい経験に驕り、調子に乗ったクラスメイトたちは、『塔』の第一階層のボスへと挑んだ。


 そして、絶望した。


 第一階層の主は巨人だった。体中に体毛を生やした、3メートルくらいの人型の魔物。どんな敵が相手でも負けるはずはない。クラスメイトたちは自信に満ちた表情で、巨人へと戦いを挑んでいった。


 だが、現実は甘くはなかった。

 脆い自信で打ち付けた刃は、あっさりと折れる。巨人に彼らの攻撃を通じなかった。剣で切りつけても魔法で攻撃しても、傷をつけることさえできなかった。そして、巨人が振り下ろした一撃は、その浮ついた気持ちを砕くのに十分過ぎた。地面を抉り、仲間たちは吹き飛ばされる。絶対的な恐怖を植え付けられていく。血が出て、骨が軋み、痛みに体が動かなくなる。そこまでして、ようやく。目の前の出来事が現実だと理解した。遅すぎたくらいだった。


 逃げられたのは、奇跡に近かった。

 クラスメイトの不良たちは、その巨人の暴力にあっさりとビビッてしまい。他のクラスメイトを押しのけて、最初に逃げ出した。そんな彼らの不安に煽られて、他の仲間たちにも迷いが生まれる。

 そして、逃げ出した。だが、巨人は追いかけてくる。出口を目指して逃げていくクラスメイトたちを叩き潰そうと、どこまでも追いかけてくる。棍棒が振り下ろされて、地面が割れる。男子たちは恐怖に顔を引きつらせて、女子たちは泣き出す。まさに地獄のような光景だった。


 それでも、巨人は容赦しなかった。


 優斗たちを殺す。それだけしか考えていないかのように、容赦なく襲い掛かってくる。明確な悪意がそこにはあった。足が震えて、立ち止まり、泣き出したものから、順番に襲われていく。そんな状況でも逃げ出せたのは、追い詰められても機転を回せる数人の仲間がいたからだろう。


 優斗は、何もできなかった。

 彼だけではない。


 クラスメイトのほとんどが何もできずに逃げ出した。恐怖と絶望と、もう立ち向かいたくないという敗北感を刻まれて。


 ……あれから、三か月。

 誰も『塔』のことを話題にせず、元の世界に戻ることを諦めて。この異世界での生活に順応しつつあった―



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「おっ、優斗じゃねぇか。久しぶりだな。元気にしてたか?」


 中世ファンタジーの雰囲気がある街並み。そこの寂れた小さな酒場で、優斗は同じ境遇の仲間である男に声を掛けられる。

 彼の名前は、がん朔太郎さくたろう

職業ジョブ』は冒険者だ。旅人の服とマント。腰から下げているのは、小振りのショートソードだ。優斗の剣とは異なり、新品で買ったのだろう。鞘もピカピカだった。


 朔太郎も、異世界で目を覚ましたクラスメイトの一人である。

 高身長に自信満々なスマイル。そして、誰に対しても分け隔てない明るい性格もあって、クラスでも人気者だった。常に教室では人の輪ができていて、クラスメイトの中心にいた。県外受験組だったから、元の世界ではあまり話したことはなかったが。この異世界に来てからも、何かと仲間たちに気にかけてくれている。今では、皆の頼れる兄貴分みたいな存在だ。


 そんな彼は、すぐにでも冒険に出られるような装備で、依頼クエストが張り出されている掲示板の前に立っていた。これから依頼を受注するのだろうか。先を越されてしまったな、と優斗が考えていると。朔太郎は軽快な声で笑いながら近づいてきた。相変わらずの陽気な性格だ。馴れ馴れしく肩に手を置いて、爽やかに親指を立てる。そこまで近づいて、ようやく優斗の後ろに誰かいることに気がついた。


「よう、雨宮も一緒か。元気だったか?」


「っ!?」


 雨宮舞穂が怯えたように震えあがる。

 そのまま、慌てて優斗の後ろに隠れると、ぎゅっと彼の服にしがみつく。クラスメイトだった朔太郎を相手にしても、この反応だ。彼女の傷は深い。


「あれま。相変わらず小動物のように警戒するなぁ。もしかして、俺って嫌われている?」


「雨宮は、誰にでもこんな感じだよ。逃げ出さないだけマシだ」


「ふーん。そういうもんか」


 そう言って、朔太郎は。

 舞穂に無理には近づこうとせず、自然とそこから離れた。そのまま依頼の掲示板を通り過ぎると、酒場のカウンター席に腰を下ろす。あえて、舞穂から距離を取ったように見えた。こんなふうに無遠慮に踏み込まず、他人に配慮できるのが、朔太郎の良いところだった。


「優斗。依頼クエストを受けに来たんだろう? 先に選んでいけよ」


「いいのか? お前のほうが早く来てただろう?」


「構わないさ。どうせ、こっちも相棒を待っているところだしな。勝手に受注すると、あいつ怒るし」


 そういえば、朔太郎といつもパーティを組んでいる相方の姿が見当たらない。それならば、と優斗は遠慮なく、依頼が張り出されている掲示板を見ていく。


 優斗たちのような余所者が、手っ取り早く金銭を稼げる方法が、この依頼クエストの掲示板だった。酒場を介して依頼を受注。無事に達成できれば報酬が得られる。この異世界には、優斗たち以外にもたくさんの冒険者がいるようで。彼らも自身の生活のために危険な依頼に挑んでいるらしい。


「えーと、ゴブリン退治に、ワイルドウルフの毛皮を納品、あとは……」


「ゴブリン・ロードの討伐、なんてものもあるぜ?」


「そんな危険な依頼クエストやるわけがないだろう?」


「そうか? 報酬はいいぜ」


「報酬が良くても、命まで掛ける必要はない。……おっ、でもマジで報酬はいいな」


 そこに記載されている金額を見て、思わず目を丸くしてしまう。これだけの金があれば、しばらく遊んで暮らせるんじゃないか。


 などと思ってしまい、慌てて甘い妄想を払う。

 ゴブリン・ロードといえば、野良ゴブリンたちをまとめている野盗の頭領みたいなものだ。ただでさえ、人や家畜を襲うこともある危険なゴブリンなのに、集団を作っている奴らなんて相手にしていられるか。


「やめだ。こんな依頼を受けていたら、命がいくらあっても足りない。……コイツだ。これでいい」


「えーと、なになに? ……『薬草の採取』だぁ? こんなの東の平原に生えているじゃねぇか」


「そうだ。街からも近くて危険も少ない。しかも、平原の奥にある遺跡が穴場になっていて、簡単に採取できる」


「だが、報酬も安いぞ。こんなの夕飯で消えちまわないか?」


「俺たちなら、三日は食い繋げられる」


 キリッ、と優斗が自信満々に言い放つ。

 その後ろでは。ふふんっ、となぜか舞穂もドヤ顔を浮かべている。そんな二人を見て、朔太郎が呆れたように肩を落とす。


「わかったよ、もう何も言わねぇ。お前らには楽しい極貧生活が待っているぜ」


 ただし、と朔太郎が優斗の首に腕を回す。

 顔を寄せて、誰にも聞こえないように小声で話す。


「……雨宮のこと、ちゃんと守ってやれよ。あいつは女の子なんだから。お前がしっかりしろよ」


「……わかっているさ。そんなこと」


「……それと、あまりハメを外すなよ。あまり騒がれていないだけで、雨宮の可愛いんだから。狭い家で二人っきりでも、変な気を起こすんじゃねーぞ」


「っ!? うるせぇわ! お前たちと違って、こっちは普通のシェアハウスだっての! 貧乏人を舐めんな!」


 今度は、優斗が朔太郎の首を締め上げて、そのまま蹴り飛ばす。

 ぐえっ、とわざとらしい声をあげて、そのまま倒れる。おろおろと動揺していた舞穂だったが、優斗が解放されたのを見て、慌てて彼の後ろに隠れる。


「さて、無事に依頼クエストも見つかったし。雨宮、いこうぜ」


「うん」


 カラン、カラン。と酒場の扉の鐘が鳴って、優斗の後ろを舞穂が子犬のようについていく。


 しばらくして、ようやく朔太郎が起き上がる。

 いてー、と首を触りながら再び依頼の掲示板を見てみると。一番目立っているゴブリン・ロードの討伐依頼クエストの詳細を改めて見る。


 そして―


「おいおい、マジかよ。あいつら、大丈夫だよな?」


 その依頼内容には。ゴブリン・ロードが出現するのは、東の草原にある遺跡と記されていた。


 そこは、優斗と舞穂が向かった場所であった―

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 新作開幕。 今回は極貧苦労人な見習い騎士の優斗くんと、シェアハウスで同棲中の図太いぐうたら小動物系少女の雨宮舞穂さんのコンビ。 舞穂さん、転移して3ヶ月、既に川での水浴びを体験し、汚部屋が…
[一言] 堅実だなあ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ