第2話「この異世界と職業(ジョブ)スキル」」
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この異世界で目を覚ました時のことだ。
優斗たちには、とある特別な能力が与えられていた。それは異世界浪漫に相応しい素晴らしい能力。……『職業』だ。
見習い騎士、魔法使い、治癒術師、拳法使い、錬金術師、料理人などなど。クラスメイトには様々な『職業』を与えられていた。
ただし、どんな『職業』でも好きに選べるわけではなかった。
自分の性格や、生まれ持った才能。そして、これまでにどんな人生を歩んできたのか。それらを基準に『職業』は決められていた。結果として、岸野優斗は『見習い騎士』という職業を得て、この異世界で目を覚ますこととなった。
これまでの人生が、そのまま武器になる。
それが、この異世界でのルールだ。
クラスメイトたちに目覚めた『職業』。
その最大の特徴が、職業スキルの存在だ。職業には熟練度のようなものがあるみたいで、魔物を倒したりして経験を積むことで、その職業のスキルを習得することができる。戦士職であれば魔物を狩るための必殺技が閃くし、魔法使い職であれば新しい魔法が使えるようになる。それらによって、現実には存在しない大型の魔物さえ倒すこともできた。
『職業』は、唯一の個性だ。
重複はしない。30人いるクラスメイトたちの間では、同じ職業の者は存在しなかった。それがわかったのも、この異世界に来てから一か月以上してからのことだった。
職業スキルを手にした優斗たち。
彼らには、この異世界で。ひとつの使命が与えられていた。それは自分たちが倒れていた場所に存在していた。
……『塔』の攻略だ。
五階建ての巨大な塔だった。
正面玄関の他には入り口はなく、窓も見当たらない。その代わり、階層ごとに異なる装飾がされていて、辛うじて外観からでも五階建てということが想像できた。この塔には、それぞれの階層にいる主、……ボスキャラが存在していて、彼らを全て倒せば元の世界に戻ることができる。そのことは『職業』スキルを得たのと同様に、誰に教わるわけでもなくクラスメイト全員が理解していた。
……たぶん、調子に乗っていたのだろう。
突然の異世界での生活。元の世界にはない『職業』スキルの存在。自分たちよりも遥かに大きな魔物でさえ、簡単に倒せるという達成感。魔法、チート、神スキル。そんな安易な発想が、仲間たちの万能感を満たしていた。自分たちは強くなった。どんな敵でも負けることはない。薄っぺらい経験に驕り、調子に乗ったクラスメイトたちは、『塔』の第一階層の主へと挑んだ。
そして、絶望した。
第一階層の主は巨人だった。体中に体毛を生やした、3メートルくらいの人型の魔物。どんな敵が相手でも負けるはずはない。クラスメイトたちは自信に満ちた表情で、巨人へと戦いを挑んでいった。
だが、現実は甘くはなかった。
脆い自信で打ち付けた刃は、あっさりと折れる。巨人に彼らの攻撃を通じなかった。剣で切りつけても魔法で攻撃しても、傷をつけることさえできなかった。そして、巨人が振り下ろした一撃は、その浮ついた気持ちを砕くのに十分過ぎた。地面を抉り、仲間たちは吹き飛ばされる。絶対的な恐怖を植え付けられていく。血が出て、骨が軋み、痛みに体が動かなくなる。そこまでして、ようやく。目の前の出来事が現実だと理解した。遅すぎたくらいだった。
逃げられたのは、奇跡に近かった。
クラスメイトの不良たちは、その巨人の暴力にあっさりとビビッてしまい。他のクラスメイトを押しのけて、最初に逃げ出した。そんな彼らの不安に煽られて、他の仲間たちにも迷いが生まれる。
そして、逃げ出した。だが、巨人は追いかけてくる。出口を目指して逃げていくクラスメイトたちを叩き潰そうと、どこまでも追いかけてくる。棍棒が振り下ろされて、地面が割れる。男子たちは恐怖に顔を引きつらせて、女子たちは泣き出す。まさに地獄のような光景だった。
それでも、巨人は容赦しなかった。
優斗たちを殺す。それだけしか考えていないかのように、容赦なく襲い掛かってくる。明確な悪意がそこにはあった。足が震えて、立ち止まり、泣き出したものから、順番に襲われていく。そんな状況でも逃げ出せたのは、追い詰められても機転を回せる数人の仲間がいたからだろう。
優斗は、何もできなかった。
彼だけではない。
クラスメイトのほとんどが何もできずに逃げ出した。恐怖と絶望と、もう立ち向かいたくないという敗北感を刻まれて。
……あれから、三か月。
誰も『塔』のことを話題にせず、元の世界に戻ることを諦めて。この異世界での生活に順応しつつあった―
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「おっ、優斗じゃねぇか。久しぶりだな。元気にしてたか?」
中世ファンタジーの雰囲気がある街並み。そこの寂れた小さな酒場で、優斗は同じ境遇の仲間である男に声を掛けられる。
彼の名前は、雁朔太郎。
『職業』は冒険者だ。旅人の服とマント。腰から下げているのは、小振りのショートソードだ。優斗の剣とは異なり、新品で買ったのだろう。鞘もピカピカだった。
朔太郎も、異世界で目を覚ましたクラスメイトの一人である。
高身長に自信満々なスマイル。そして、誰に対しても分け隔てない明るい性格もあって、クラスでも人気者だった。常に教室では人の輪ができていて、クラスメイトの中心にいた。県外受験組だったから、元の世界ではあまり話したことはなかったが。この異世界に来てからも、何かと仲間たちに気にかけてくれている。今では、皆の頼れる兄貴分みたいな存在だ。
そんな彼は、すぐにでも冒険に出られるような装備で、依頼が張り出されている掲示板の前に立っていた。これから依頼を受注するのだろうか。先を越されてしまったな、と優斗が考えていると。朔太郎は軽快な声で笑いながら近づいてきた。相変わらずの陽気な性格だ。馴れ馴れしく肩に手を置いて、爽やかに親指を立てる。そこまで近づいて、ようやく優斗の後ろに誰かいることに気がついた。
「よう、雨宮も一緒か。元気だったか?」
「っ!?」
雨宮舞穂が怯えたように震えあがる。
そのまま、慌てて優斗の後ろに隠れると、ぎゅっと彼の服にしがみつく。クラスメイトだった朔太郎を相手にしても、この反応だ。彼女の傷は深い。
「あれま。相変わらず小動物のように警戒するなぁ。もしかして、俺って嫌われている?」
「雨宮は、誰にでもこんな感じだよ。逃げ出さないだけマシだ」
「ふーん。そういうもんか」
そう言って、朔太郎は。
舞穂に無理には近づこうとせず、自然とそこから離れた。そのまま依頼の掲示板を通り過ぎると、酒場のカウンター席に腰を下ろす。あえて、舞穂から距離を取ったように見えた。こんなふうに無遠慮に踏み込まず、他人に配慮できるのが、朔太郎の良いところだった。
「優斗。依頼を受けに来たんだろう? 先に選んでいけよ」
「いいのか? お前のほうが早く来てただろう?」
「構わないさ。どうせ、こっちも相棒を待っているところだしな。勝手に受注すると、あいつ怒るし」
そういえば、朔太郎といつもパーティを組んでいる相方の姿が見当たらない。それならば、と優斗は遠慮なく、依頼が張り出されている掲示板を見ていく。
優斗たちのような余所者が、手っ取り早く金銭を稼げる方法が、この依頼の掲示板だった。酒場を介して依頼を受注。無事に達成できれば報酬が得られる。この異世界には、優斗たち以外にもたくさんの冒険者がいるようで。彼らも自身の生活のために危険な依頼に挑んでいるらしい。
「えーと、ゴブリン退治に、ワイルドウルフの毛皮を納品、あとは……」
「ゴブリン・ロードの討伐、なんてものもあるぜ?」
「そんな危険な依頼やるわけがないだろう?」
「そうか? 報酬はいいぜ」
「報酬が良くても、命まで掛ける必要はない。……おっ、でもマジで報酬はいいな」
そこに記載されている金額を見て、思わず目を丸くしてしまう。これだけの金があれば、しばらく遊んで暮らせるんじゃないか。
などと思ってしまい、慌てて甘い妄想を払う。
ゴブリン・ロードといえば、野良ゴブリンたちをまとめている野盗の頭領みたいなものだ。ただでさえ、人や家畜を襲うこともある危険なゴブリンなのに、集団を作っている奴らなんて相手にしていられるか。
「やめだ。こんな依頼を受けていたら、命がいくらあっても足りない。……コイツだ。これでいい」
「えーと、なになに? ……『薬草の採取』だぁ? こんなの東の平原に生えているじゃねぇか」
「そうだ。街からも近くて危険も少ない。しかも、平原の奥にある遺跡が穴場になっていて、簡単に採取できる」
「だが、報酬も安いぞ。こんなの夕飯で消えちまわないか?」
「俺たちなら、三日は食い繋げられる」
キリッ、と優斗が自信満々に言い放つ。
その後ろでは。ふふんっ、となぜか舞穂もドヤ顔を浮かべている。そんな二人を見て、朔太郎が呆れたように肩を落とす。
「わかったよ、もう何も言わねぇ。お前らには楽しい極貧生活が待っているぜ」
ただし、と朔太郎が優斗の首に腕を回す。
顔を寄せて、誰にも聞こえないように小声で話す。
「……雨宮のこと、ちゃんと守ってやれよ。あいつは女の子なんだから。お前がしっかりしろよ」
「……わかっているさ。そんなこと」
「……それと、あまりハメを外すなよ。あまり騒がれていないだけで、雨宮の可愛いんだから。狭い家で二人っきりでも、変な気を起こすんじゃねーぞ」
「っ!? うるせぇわ! お前たちと違って、こっちは普通のシェアハウスだっての! 貧乏人を舐めんな!」
今度は、優斗が朔太郎の首を締め上げて、そのまま蹴り飛ばす。
ぐえっ、とわざとらしい声をあげて、そのまま倒れる。おろおろと動揺していた舞穂だったが、優斗が解放されたのを見て、慌てて彼の後ろに隠れる。
「さて、無事に依頼も見つかったし。雨宮、いこうぜ」
「うん」
カラン、カラン。と酒場の扉の鐘が鳴って、優斗の後ろを舞穂が子犬のようについていく。
しばらくして、ようやく朔太郎が起き上がる。
いてー、と首を触りながら再び依頼の掲示板を見てみると。一番目立っているゴブリン・ロードの討伐依頼の詳細を改めて見る。
そして―
「おいおい、マジかよ。あいつら、大丈夫だよな?」
その依頼内容には。ゴブリン・ロードが出現するのは、東の草原にある遺跡と記されていた。
そこは、優斗と舞穂が向かった場所であった―