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第25話「……好きな人がいました」と薬師寺良子は昔を思い出す。


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ……好きな人がいました。


 彼はいつも一人で、いつも孤独の存在でした。

 学業成績は常にトップ。誰もが彼のことを天才と呼んだ。私は、そうは思わなかった。彼は優秀だ。自分より優秀な人間が目の前にいるのに、嫉妬など微塵も生まれなかった。


 なにより彼と話すのは心地よかった。


 科学、地学、天文学、宇宙、神学。彼とはいろんなことを話した。その話は新鮮で、私の知識欲を常に満たしてくれた。そんな彼でも、私が少し違った視点からの問いをすると、いつもは寡黙な彼が少しだけ饒舌になる。その時の彼の表情が大好きだった。目を輝かせて、少しだけ早口になって、論理的に反論を試みる。いつしか彼の隣にずっといたい、そう思うようになっていた。


 クラスメイトは、彼のことを天才だという。


 私は、そうは思わない。

 彼は誰よりも純粋で、真っすぐで、……そして。


「ハーハッハ! 久しぶりだな、我が敬愛する薬師寺ドクターよ! さっそくだが、この僕に相応しい素材を格安で提供してくれないか! コストは安ければ安いほどいいからなっ!」


 そして、とても面倒くさい厄介者になっていました。


 私、薬師寺良子のハーブ専門店に。元の世界のクラスメイトである岸野君の背後に隠れるようにして。その彼は。東野学は、我がもの顔で店内に入ってきていた。


 その時の私は。

 きっと、最悪に嫌そうな顔になっていたことでしょう。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「どうぞ、ハーブティーです。自家製のハーブを使っています」


「ハーッハハ! 気をつかう必要はないよ! この僕と薬師寺ドクターの仲ではないか。いつものように無礼講で、……ちょっと、待って! その殺虫剤から手を放してくれないか!?」


 優斗の後ろに、東野が慌てながら隠れる。

 ここは街で唯一のハーブ専門店。薬草になるハーブの販売から調合、乾燥ハーブなども販売している。店内の一部はカフェスペースにしていて、こうしてハーブティを楽しむことができる。


 と、穏やかな才女。薬師寺良子から説明を受けていた。


 クラスメイトの仲間で『薬師メディク』の薬師寺。『錬金術師アルケミスト』の東野と同じ才人として知られていたが、優斗との交流は皆無といってよかった。同じクラスにいる他人。この二人に関しても、いつもべったりではないが、一緒に話しているところを見かけたことがある。その時は、とても穏やかな表情だったのに。


「岸野君。そこをどいてください。害虫は駆除しなくてはいけないのです」


 穏やかな才女たる薬師寺が、感情の抜け落ちた瞳で東野を見下ろしている。片手にハーブティ、もう片手に殺虫剤。霧状に噴射するタイプだ。いったいどんなことをすれば、こんな状況になるというのか。


「ハーハハ、頼むから。その手に持っている殺虫剤を置いてくれ。もう下痢はたくさんなんだ。薬師寺ドクターよ!」


「その呼び方も辞めてください。私には、薬師寺良子というちゃんとした名前があるのですから」


「む? キミほどの才女を敬称なしに呼ぶのは、逆に失礼だと思うのだが? 事実、キミはこの街で最も聡明で思慮深い女性だ。診療所や貴族の医師も、キミが調合した薬草を重宝している。僕も心から尊敬している。そんなキミを、名前だけで呼ぶのは、少しばかり無粋だとは思わないかね」


「っ!?」


 東野の言葉に、薬師寺が驚いたような表情になる。


 頬を赤く染めて、わたわたと慌てては。恥ずかしそうに真っ赤になった顔で、そのまま手にした殺虫剤を彼に向ける。


「そ、そういうことは、面と向かって言わないでください! ……そんな真剣な目で見られたら」


「むむっ、どうしたんだい? 顔が茹でタコのように真っ赤だぞ。もしかして、重篤なアレルギーでもあるのかい? 花粉症なら治療薬があるぞ?」


「ち、近寄らないで! ほんと、何でもないですからっ!?」


 薬師寺は殺虫剤で威嚇しながら、わたわたと東野から距離を取る。

 そんな彼女を見て、「発熱があるようなら、街の診療所に行くことを薦めるよ。もしくは、『治癒術師ヒーラー』である白麻いのりに頼るといい」と東野は不思議そうな顔で話していた。


 薬師寺良子と東野学。

 この二人は異世界でも成功しているクラスメイトとも言えた。異世界で目を覚まして三ヶ月ほどで自分の店を持って、客相手に商売をして生計を立てている。『薬師メディク』と『錬金術師アルケミスト』という、戦闘には向いていないがアイテムを作る生産職であることが一番の理由であった。


 異世界で目を覚ましたクラスメイトたち。

 彼らには様々な生き方を迫られた。人生の選択とも言ってもいい。魔物と戦う力がない生産系職業ジョブたちは、自分で作ったものをアイテム屋に売って生計を立てるしかない。優斗の知っている範囲だと、あと『鍛冶屋スミス』とかもそうだ。


 その点。元の世界でも天才と秀才であった二人は、世渡りも商売も上手であったということだろう。……まぁ、その評価は天と地ほどの差があるが。


「まったく。酷いとは思わないかい? この天才錬金術師である僕の薬が、危険だからと夜間でしか営業を許されないなんて。キミもそう思うだろう、薬師寺ドクター?」


「思いません。東野君の思い付きで作る薬は危険極まりないものです。この前だって、貴族相手に訴訟問題にまでなっていたじゃないですか」


 今すぐにでも廃業するべきです。

 と、薬師寺が前のめりになって詰め寄る。


「おや、耳が早いねぇ。そんなに僕が作った新薬『夫婦間では嘘がつけなくなる真実薬』の効能が気になるのだね。それに、あれは僕のせいじゃない。不倫していた貴族様が、責任逃れのために僕の作った薬のせいにしただけさ」


「でも、裁判では負けていましたよね」


「もちろん。そんな争いに出廷するほど、僕は暇じゃない。自分の不義理を他人のせいにしたければ、そうすればいい。全ては自分に返ってくることさ」


「賠償金など大丈夫なんですか? 街の噂だと、相当な金額になっているとか」


 薬師寺の声が、どんどん心配するようなものになる。

 だが、彼女の問いに東野は、何事もなかったかのように静かに答える。


「問題ない。その金額の倍を、貴族たちから頂戴したからね。口止め料という奴さ。彼らは見栄や外聞を何より大切にしている。そして、僕はお金を必要としている。錬金術の素材は、時に高価なものになるからね」


 だからこそ、と東野が不意に前のめりになる。

 突然、東野の顔が近づいて、薬師寺は慌てて距離を取った。


 その頬は、また赤く染まっていたー


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― 新着の感想 ―
[一言] 厄介に鈍感が合わさってマジやっかいどん
[一言] 薬師寺さん、出禁にはしているが恋心は少し残っていそうですね。
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