第24話「まったく、どうしてそんなことをするのか理解できないよ」と、天才錬金術師は真面目な顔をする。
「ハーッハッハ! なんだか、随分と酷いことを想像していないかい!?」
「してない。あと、うるさい」
厨房の奥から、『料理人』の五郎が見ている。
あのクラスメイトの良心ともいえる五郎に、こんな乾いた笑いを引き出させるのは、この男だけだろう。
まずは、その恰好。
……白衣だ。
平凡な私服の上に、科学者が着るような白衣を羽織っている。この中世ファンタジーのような異世界で。その珍妙な服装は街の人たちからも視線を集めるが、この男が気にすることはない。腰のベルトには、怪しげな薬品が入った試験管やフラスコをいくつもぶら下げている。不敵にも不気味にも見える笑みを浮かべながら、今日もこの男は白衣姿で街の風を切って歩く。
「くくくっ。岸野君、キミは勘違いしているぞ。この僕が! この東野学が! 何の意味もなく〈錬金術〉スキルで無駄な実験をしているとでも?」
「違うのか? ご自慢の錬金術のアイテム屋は、商会の許可が得られなくて。夜にしか営業できないと聞くぞ?」
「ハーハッハッ! それも誤解だね。僕の作った薬はとても強力なのだよ! 薬も大量に摂取すれば毒になる。そんなこともわからない連中に売ってやる薬はないのだよ!」
「そうかい。……で、お前の店は何を扱っているんだ?」
あまり興味がないが、優斗は話をそらすべく話題を振る。
すると、待っていたといわんばかりに『錬金術師』の東野は目を輝かせた。
「聞きたいかい!? それでは仕方ないな! 昨日、僕が〈錬金〉スキルで調合したのは、花粉症を完全に治療する薬だ!」
凄いだろう、東野は自画自賛する。
「僕は不治の病である花粉症に完全に勝利したのだ! くくくっ、褒め称えることを許そうではないか! ……まぁ、副作用として。鼻水と鼻づまりとくしゃみと目のかゆみに、ずっと悩まされることになるがね」
「……それ、本当に治っているのか?」
「失礼な! 花粉症とは本来無害であるはずの物質を免疫機能が有害がと誤認してしまうことで発症する症状で僕が作り出した薬は人間の免疫機能体のレセプターを不可逆的に麻痺させることにより花粉症という病を文字通りから根絶させている、……と僕は信じている!」
その代償として、体内ではアレルギー反応物質がドパドパ出続けるという反作用が生まれてしまうがね。そう熱心に語る東野に、優斗は呆れたように口を開く。
「ここは異世界だぞ? もっと、こう。一発で治る魔法のような薬は作れないのか?」
「岸野君。錬金術は魔法ではないのだよ。数学であり科学だ。例え、魔法と同じ結果を得られたとしても、そのアプローチ方法が全く違う」
「どれくらい違うんだ?」
「自炊とウーバーでデリバリーするくらいの違いはある」
なるほど、それは大きいな。
さすがは天才。本当に頭のいい奴は言うこともわかりやすい。優斗は感心しながら、他にはどんなものを作っているのか尋ねることにする。
「東野の店は、繁華街の裏通りの奥にあるんだろう。どんな商品を扱っているんだ?」
「むぅ、思いのほかリアクションが薄くないかい? そういえば、この異世界に来てから、キミの性格は少し歪んでしまったようだからね。仕方ないのかもしれないね」
東野は覗き込むように、こちらを見てくる。……ほっとけ。優斗が愚痴る。
「……まぁ、後は地味な商品だよ。飲ませた人間に好意を持たせる惚れ薬とか、相手の質問に正直に答える自白薬とか、秘めたる欲求を解放させる欲望解放薬とか。そんな程度の低いものさ」
「……なんか、ヤバそうな薬ばっかりだな」
「残念なことに、僕の店の主力商品だ。売り上げも良い。貴族や恋する貴婦人からは絶大な人気を誇っているよ」
それなのに、どうして昼間の営業を許してくれないのだろうか。こんなにも街の人たちに貢献しているのに、と『錬金術師』の東野は悩みながら呻く。
「他にも、飛んでいる蝶々だけに作用する超強力殺虫剤など、様々な便利アイテムを取り揃えているよ。よかったら、顔を出してみてくれ」
「なんで蝶々限定なんだよ。恨みでもあるのか?」
「知らないのかい? 蝶々は害虫なんだよ。畑を食い散らかす厄介者といってもいい」
やれやれ、そんなことも知らないのかい。と、東野は呆れるように肩をすくめる。
この場に、舞穂がいなくてよかった。
こんな男のペースに巻き込まれたら、あの『魔法使い』の少女は目を回している違いない。優斗の同居人である雨宮舞穂は家に置いてきた。朝になっても布団から出てこようとしなかったのだ。今頃、自分の部屋であるロフト空間で、ゴロゴロと怠惰な時間を過ごしているに違いない。
「それで? 本題に入ろうか。この依頼の依頼者は、お前なんだろう?」
「ハハッ、そうだね! 受注してくれたのが、キミでよかったよ。岸野君!」
東野は両手を広げて、わざとらしく応える。
黙っていれば理知的なイケメンなのに。その行動ひとつで残念な印象を与えてしまう。
数日前のことだ。
酒場の依頼版に奇妙な依頼が貼りだされていた。
しかも、依頼者の名前が元のクラスメイトの仲間だったのだ。報奨金も悪くない。肝心の内容が意味深だったが、クラスメイト相手なら仕事が楽だと思って、そのまま受注した。
ただし、痛い人が元のクラスメイトだと言ったら、舞穂が布団から出てこなくなってしまった。まだまだ、舞穂の人見知りは治りそうにない。
攻略組である『放課後の騎士団』の朔太郎からも、まずはメンバー集めからと言っていたしな。クラスメイトと顔を合わせるくらいはしてやるか。そんな思いもあって優斗はこの依頼を引き受けていた。
「この依頼書の内容だが、……コレはなんだ? 自分の代わりに錬金術に必要な素材を買ってきてほしいって?」
「そのままの意味だよ。ちょっとした事情があってね。僕は、その店を出禁にされているんだ。だが、素材は欲しい。だから仕方なく、こうやって依頼を出したってわけだ」
「誰か知り合いに頼めばよかったんじゃないか?」
「僕に、それほど親しい友人はいないよ。キミも知っているだろう」
すっ、と東野が目を細める。
その瞳の奥にある感情を、優斗は見たことがある。元の世界で、クラスメイトの孤高の天才として、他人から距離を取っていた時と同じ目だ。
そんな東野が、ただ一人。
心を許していたのが―
「まっ、元の世界のことなど、どうでもいいがね! 僕はこうして、この異世界での生活を満喫しているからさ!」
ハーッハッハ、と狂った科学者のように笑いながら。東野が優斗の肩に腕を回す。
この男が、こうやって愉快な男子高校生みたいに振舞うなんて、元の世界では考えられないことだった。クラスにいたときは会話すらしたことがなかったのに。今では、こうやって自然と打ち解けあっているのだから。
「では、行こうか! 僕の代わりに、彼女の店で貴重な素材を買ってきてくれたまえ!」
「彼女? 誰のことだ?」
優斗はなんとなく心当たりがあるのを感じながら、東野に問う。
東野は答える。
「この僕と同じ志を持つ最高の相方さ! 僕は彼女のことを敬意をもって、ドクター・薬師寺と呼んでいるがね。薬師寺の栽培するハーブは、最高級の素材だぞ。何としても手に入れたい!」
「普通に買えばいいだろう。何で依頼まで出しているんだ?」
「言っただろう。出禁になっているって。僕はね、薬師寺の薬草園に忍び込んで、こっそりと素材を盗んでいたんだが。それがバレてしまったようで、一週間くらい害虫除けのため殺虫剤漬けにされて、庭園で張り付けにされたのさ!」
それっきり、僕のことを見ると。
彼女は強力殺虫剤を振りまくようになったんだ。あれを浴びると下痢が止まらなくなるんだ。まったく、どうしてそんなことをするのか理解できないよ。
頭のネジが吹き飛んだ『錬金術師』は真面目な顔で、どうしてこうなったんだろうねぇ、と悩んでいたー




