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第23話 「『薬師(メデック)』と『錬金術師(アルケミスト)』」


   挿絵(By みてみん)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ……今日も朝日が気持ちいですね。


 うららかな朝の日差しを受けて、彼女は優しそうに微笑む。理知的な雰囲気を持つ少女だった。年齢は16歳。背中におろした長い髪に、白衣のような白色のローブ。そして、彼女の特徴でもある、赤いアンダーレフの眼鏡。彼女は穏やかな気持ちのまま、自分が育てている薬草園へと足を踏み入れる。


 彼女の名前は、薬師寺やくしじ良子りょうこ


 優斗たちと異世界で目を覚ましたクラスメイトだ。職業ジョブは『薬師メディック』。薬草の調合やハーブの栽培を得意とする〈薬草学〉のスキルを持っている。


 薬師寺は、穏やかな少女だった。

 元の世界のクラスでも、いつも穏やかに微笑んでいて。ケンカになりそうになると優しく諫める。そんな心優しき少女である。


 また、才女でもあった。

 試験結果も常に学年トップクラスで、それを鼻にかけない穏やかな性格。クラスメイトのほとんどが彼女のことを慕っていた。


 そんな薬師寺であっても、この異世界で目を覚ましたときの戸惑いは隠せなかった。今でこそ、ハーブの栽培と調合した薬草の販売によって、生計を立てているが。当時のことを思い出すと、今でも背筋が冷たくなる。


 だが、そんな出来事も過去になろうとしていた。

 この異世界で目を覚まして、三ヶ月が経った。薬師寺は日課である朝の庭園の散歩をする。


「あら、テントウムシさん。おはようございます」


 ハーブの葉の上で眠っていたテントウムシに、笑顔で挨拶をする。テントウムシは庭園の小さな守護者だ。悪い虫から大切な薬草を守ってくれる。


「おやっ、小蜘蛛さんもいたんですね。おはようございます」


 薬師寺は膝をついて、植木鉢に巣を張っている子蜘蛛にも挨拶をする。蜘蛛は益虫えきちゅうだ。その外見とは裏腹に、悪い虫と戦ってくれるダークヒーロー。心優しい彼女は、人の通り道に巣を作らないでくださいね、とお願いするとその場から離れる。


 それからも、土の中から顔を出したミミズにも挨拶を交わす。ミミズは畑を耕してくれる働き者だ。街の外の湿地にいたのをスカウトして、ここで働いてもらっている。そんなミミズさんは文句も言わず、今日も庭園を耕してくれている。


「ハーブの皆さんも、とても元気に育っていますね。そんな皆さんを見ていると、私も嬉しく思います。やっぱり自然が多いと気持ちも軽くなりますね。……おや?」


 薬師寺が眼鏡を直しながら、花壇の隅を見ると。

 そこには、一匹の蝶々が飛んでいた。


 モンシロチョウだろうか。淡い白色の羽に、黒い斑点がとても可愛らしい。まるで庭園の妖精のようだ。その蝶々はひらひらと花壇の隅から、庭園の真ん中へと飛んでいき、ハーブの葉っぱの先端で羽を休める。薬師寺が心を込めて育てているハーブに止まる。


 そんな蝶々を見て、薬師寺は穏やかな表情を豹変させて―


「あ? この害虫が。どっから侵入してきたんだよ」


 その可憐な蝶を、鬼の形相で追い払った。

 その顔は、まさに般若。恨みを晴らさんとする悪鬼羅刹の顔だった。


「ちっ、このクソが! お前らのために栽培しているんじゃないんだよ、こらぁ!」


 赤いアンダーリムの眼鏡の奥には、光彩を無くした薬師寺の瞳があった。完全に感情が死んでしまっている目だった。


 庭園や畑にいる蝶々は、……害虫だ。

 放っておくと、卵から産まれた青虫が全てを食い散らかしてしまう。しかも、この異世界の青虫は貪欲だ。ハーブだろうと、何だろうと、とにかく食べてしまう。


 この異世界で最初に手掛けた庭園は、散々な結果に終わった。

 可愛い蝶々だと微笑んでいた薬師寺だったが、なぜかハーブの葉っぱが虫食いになっていて、小さな黒い粒々が大量に転がっていた。何か植物の病気かも思った。だが、その次の週のことだ。丸々と太った青虫が薬師寺の育てていたハーブを蹂躙していたのだ。庭園の植物は全滅。残されたのは、茎だけになったハーブと、食い散らかすだけ食って、そのまま干乾びている青虫だった。黒い粒々は奴らの糞だった。


 その出来事が、薬師寺の清い心を真っ黒(ダークサイド)に染めた。


 もう一度、言おう。

 蝶々は害虫だ。

 育てているハーブを食い散らかす庭園の天敵だ。虫よけの薬や庭園全体に防虫ネットまでしているのに、どこから侵入してきたというのか。


「ちっ。やっぱり、もっと強力な殺虫剤が必要か。また毒薬店に発注しないと」


 元の世界で心優しかった薬師寺良子は、もういない。

 ここにいるのは、育てたハーブを守るためなら手段を選ばない。心を闇に染めた『薬師メディック』だけだった。


 ……今日も異世界は平常運転である。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「ハーハッハッハ! まぁ、座りたまえ!」


 やかましい声に、思わず耳を塞ぎたくなる。

 いつもの寂れた酒場。優斗は注文したカツサンドを頬張りながら、さも当然のように隣に座っている男を見る。


 理知的な外見の男が、そこに座っていた。


 朔太郎とは別のタイプのイケメンだ。鋭い観察眼を持っているような細い目に、知性と深い知識を感じさせる顔立ち。身長はそれほど高くはないが、すらりとした体格は思慮深い学者肌を思わせる。実際、頭が良かった。異常なほどに。試験結果は常に学年一位。寡黙で俗世に関わらない態度は、まさに天才に相応しい。クラスでも彼と一緒にいたのは、同じ才女であった薬師寺くらいだろう。


 それも、過去の話だ。


 この異世界で目を覚まして、クラスメイトたちは大きく変わってしまった。現実が受け入れなくて内向的になったり、どうしていいのか分からずパニックになってしまった奴もいる。


 この男の場合、その逆だ。

 頭のネジが、吹き飛んでしまったのだ。


 理性という人間として、一番重要なものが自己融解を起こしていた。

 もっと正確にいえば、はっちゃけてしまった。職業ジョブスキルを習得してから、それが更に拍車をかける。目新しいものを見つけては、実験、実験。また実験。この異世界では経験値そのものが武器になる。それを知ってか知らぬか、この男は怪しげな研究に没頭するようになった。


 今では自他共に認めるマッドサイエンティスト。この世界の住人だろうと、クラスメイトの仲間であろうと。この男に深く関わろうとする人間はいない。


 男の名前は、東野ひがしのまなぶ


 この異世界に最も順応して、最も異世界での生活を楽しんでいる。最高に狂った『錬金術師アルケミスト』だー

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― 新着の感想 ―
[一言] 秀才サイエンティストコンビ、恐ろしい。
[一言] やべえ奴しかいないのかw
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