第21話「攻略組に入ってくれるよな?」
……おいおい、マジかよ。
両手で構えていたロングソードを鞘に戻しながら、ローブの下に隠れていた舞穂が姿を見せる。いつでも助太刀できるように身構えていたというのに、その強さといったら、圧倒的の一言だった。
「なぁ。李さんって、俺たちの中で一番ヤバい奴なんじゃないのか?」
「猫って呼んでやれ。そのほうが、あいつも喜ぶぜ」
彼女の相棒である朔太郎は、いつものことだというように肩をすくめる。
「まぁ、確かに。あいつの強さは、俺たち攻略組でも最強クラスだ。戦うことに恐怖はないし、敵に容赦もしない。……でもな、それだけじゃダメなんだ」
「なにが、ダメなんだ?」
優斗にはわからない。あれだけの強さがあれば、どんな魔物だって倒せるはず。高い報奨金のかかった依頼を受注することもできるし、その腕を買われて警備隊や騎兵隊に雇ってもらえるかもしれない。将来の選択肢は多いほうがいい。その点、猫や朔太郎の未来は明るいだろう。魔物が跋扈するこの異世界では、戦えるというだけでひとつの立派な技能だ。
そんなことを考えていた優斗に、朔太郎は無感情に言い放つ。
「……猫ひとりでは、あの『塔』を攻略できない。俺たちは元の世界に帰りたいんだ。そのためなら何だってやる。猫も同じだ。だから、こうやって地道に仲間を増やしている」
「……そっか」
優斗は短い言葉で答える。
そうか。この二人は、すでに覚悟を決めているんだな。思い返せば、あの時だって。最初の塔の攻略に乗り出した時、クラスメイトが逃げ出したときも。この雁朔太郎という男は、常に戦うことを選んでいた。自分にできることを考えて、仲間たちを逃がそうとした。
この男は、もう決めているんだ。
この異世界で生きていくつもりはない、と。
「ん? そういや、仲間を増やしていくって言ったな? もしかして、その仲間に。もう、俺や雨宮も含まれているのか?」
「当然だろう? トロールに襲われるところを、攻略組の俺たちが助けてやったんだ。せめて、その恩義ぶんくらいは働いてくれよ」
にやり、と朔太郎が笑う。
「なぁ、いいだろう。お前と雨宮、一緒に攻略組に入ってくれよ」
「断るって言ってるだろう。俺たちに何の得があるんだよ?」
「お前らの家の家賃も肩代わりしてやるからさ」
「……だ、ダメなものはダメだ。これ以上、雨宮に危険なことに関わらせたくない」
「だから。なんで、ちょっと考えたんだよ」
けらけら、と朔太郎が笑う。
朔太郎のことだ。別に強要しているわけでもないだろう。
まぁ、友人として。手伝えることは手伝ってやりたいが。残念ながら、優斗と朔太郎では、この異世界で求めていることが違い過ぎる。優斗にとって、元の世界に戻れるかどうかは重要ではない。最も重要にしなくちゃいけないのは―
「……ん? なに?」
「いや、別に」
きょとん、とした顔で優斗を見上げる少女。
雨宮舞穂はトロールが倒されたというのに、優斗の傍から離れようとしない。ぎゅっ、と小さな手で優斗のローブを掴んで離さない。そんな彼女を見て、わずかな変化に気がつく。朔太郎と猫と一緒に行動している間も、舞穂が他人を恐れる様子はなかった。いつも他人がいる前ではフードをかぶって、誰かの視線に怯えているはずなのに。もしかしたら、元の世界のクラスメイトたちと交流していたほうが、彼女のためになるのかも。
そっと、舞穂の頭に手を乗せる。
彼女も嫌がる様子は見せず、無表情で首を傾げながらも。されるがまま頭を撫でられている。
見習い騎士と魔法使い。二人は言葉で会話をすることなく、視線だけを合わせている。その二人を盗み見ながら、朔太郎が猫に声をかける。
「おーい、猫。撤収だ。予定通り、トロール討伐の依頼をクリアできた。今日は、ご馳走だぜ!」
「わーい、ごちそう、ごちそう!」
猫が子供のように小躍りをしている。
背後に意識朦朧としているトロールがいなかったら、微笑ましい光景なのだろうが。優斗が苦々しい表情になっている。そんな彼を見て、朔太郎は悪戯好きの子供のような顔になる。
「あー、優斗。言い忘れていたけど。攻略組のことだけどな。別に俺は強要はしない。だけど、……猫の奴が許すかな?」
「は?」
どういう意味だ?
優斗は意味がわからないと返事をするが、朔太郎によって遮られてしまう。彼は猫に向かって手を振ると、一言だけ指示する。
「じゃ、トロールにトドメを刺してくれ」
「うん」
猫が笑みで応える。
まるでヒマワリのような笑顔を浮かべて、戦闘不能になっているトロールへと近づいていく。それを見守っている優斗と舞穂。そして遠巻きに見ている盗賊たち。
やがて、彼女はトロールの股へと手を伸ばして。
そこにある球状の何かを掴む。巨大な体格を持つトロールらしく、その球状は林檎くらいの大きさがあった。
そのまま、猫は。
喜色の表情を変えることなく、素手で掴んで。
……トロールの睾丸を握りつぶした。
魔物の断末魔が響く。
急所を握り潰されて、ショック死して息絶える。ひっ、と声を漏らす優斗。よくわからないと首を傾げる舞穂。あまりの惨状に、自分のことのように身もだえている盗賊たち。
そして、彼女の手のひらにある、元々は丸かったはずの肉片。無理やり引きちぎったのか、魔物の緑色の血がぽたぽたと垂れている。そんな返り血を浴びた顔で。
李・猫々はヒマワリのように笑った。
「岸野。サクちゃんと何を話していたの? 猫にも教えてほしいなー」
冷や汗を滝のように浴びながら、固まって動けない優斗に。
朔太郎は、にこやかに勧誘する。
「……なぁ、優斗。攻略組に入ってくれるよな?」
「……はい」
絶命した魔物の哀れな姿を見て、この『拳法使い』の少女には逆らわないようにしよう。と雨宮舞穂に無表情で見つめられる中で、優斗は強く心に誓った。洞窟を根城にしていた盗賊たちは。その日の内に、遠い地へと旅立ったという。気絶したままの頭領を背負って―




