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第20話『拳法使い』の李・猫々(リー・マオマオ)。


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 リー猫々マオマオは『拳法使いクンフー』である。


 元々、大好きだった日本人の祖父から教わった中国拳法を、大真面目に取り組んでいたのだが。その実は、祖父はただのカンフー映画が好きなだけの映画マニアだった。中国拳法に様々な流派や系統があることさえ知らず、映画に出てくる拳法の技を真似て、それを大真面目に猫々マオマオに教えていたのだ。結果として、リー猫々マオマオという少女は、流派や構えなど何も知らない、なんちゃってカンフーマスターになっていた。


 台湾からの留学生であるマオ

 祖父が日本人であることから在留資格を有している。だが、それが日本で馴染めることの同義ではない。


 生まれつき明るい髪の色。

 まだ完璧には話せない祖父の母国語。異なる国の感性。幼いころからマオは、他人の顔色を伺いながら、どうすれば大好きな祖父の母国に馴染めるのか悩んでいた。それでも学校では孤立した。両親は家から出ていって帰ってこない。祖父も年々、歳を取っていく。このまま自分は独りぼっちになるのだろうか。暗い未来に絶望して、何もかもが不安になって。……そんな時だ。雁朔太郎と出会ったのは


 先入観を持たず、いつも自信たっぷりに行動している男の子。


 気がついたら、彼の後を追いかけるようになっていた。一緒に過ごす時間が増えていった。学校をサボって、釣りにいくこともあった。一匹も釣れずに、二人して笑って帰った。


 それからも同じ時間を過ごした。

 よく夜の散歩に出かけた。ガラの悪い不良に絡まれることもあった。犯罪行為に加担する半グレ連中にも。その全てをマオが捻じ伏せた。腕をヘシ折り、顎を砕く。彼女が鍛えてきた技は、一撃で人間を破壊するものだった。その拳を受けて無事だった人間はいない。警官に補導されそうになった時は、全力で逃げようとして。結局、警察のお世話になって、祖父に笑われながら拳骨を食らった。


 その夜。

 深夜までやっている居酒屋で一緒にラーメンを食べた。

 マオも朔太郎も。そして祖父も。

 嬉しそうに笑っていた。

 その時間に、なにか救われたものがあった。あぁ、人生って。思っていたよりも気楽でいいのかもしれない。そんなふうに考えるようになってから、マオの世界は明るい色で満たされていった。


 ……だから。

 ……そんな世界から、この異世界で目を覚まして。隣に朔太郎がいるのであれば。


 マオが迷うことなど、なにもなかった。


 ……帰ろう。

 ……あの彩りあるクソみたいな世界に。サクちゃんと一緒に。そのためなら、どんな敵だって倒してみせるよ。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇――



「……八極〈鉄山靠てつざんこうッ!〉」


 洞窟が揺れるほどの足踏み。

 震脚から放たれるマオの強烈な一撃。その小さな体で放つ背中越しの体当たりは、トロールの態勢を崩すのに十分だった。


 ……ピギッ!?

 巨体の魔物が悲鳴を上げる。

 先に叩き込んだ高速の肘打ちは、トロールの分厚い皮下などものともせず。その衝撃を直に骨へと貫く。ミシミシと骨が軋む耳障りな音。そこに目掛けて、マオは追撃をしていく。


 息をつく間も許さない、超至近距離での連撃。


 体長3メートルという巨大なトロールを前にして、その距離は致命的だ。たった一撃。その太い腕に薙ぎられるだけで、小柄なマオなどあっという間に戦闘不能になってしまうだろう。

 更にいえば、トロールはその巨体ゆえに頑丈な体を有している。無尽蔵なスタミナに、分厚い皮膚は攻撃を通さない。鈍感のため、多少の傷など自分自身でも気がつかない。倒れるまで暴れ続ける。


 それこそが、この異世界でトロールの討伐を難しいものにしている原因だった。都市規模の警備隊、もしくは国家規模の騎兵隊まで出動する必要がある。正真正銘の怪物。そんな相手に―


「……化勁流動からの、太極〈双寸勁そうすんけい〉ッ!」


 小柄な少女が、圧倒している。

 トロールの剛腕から放たれる薙ぎ払い。目の前のいるものを全て振り払おうとする粗雑な動きに、マオは静かな表情で両手を構えていた。そして、トロールの一撃を待っていたかのように、その腕に触れて、受け流し、その勢いのまま最大至近距離での中段掌底を放つ。


 どすんっ、と深く重い音がした。

 魔物の内臓を直に破壊するかのような拳に、あのトロールでさえ顔色を変える。どろり、緑色の鼻血が垂れる。息を詰まらせて、苦しそうな声を漏らす。


 だが、マオは止まらない。

 わずかによろめいた、その隙間さえ惜しむように。超至近距離を保って、連撃を放ち続ける。


「……形意五行〈劈拳へき〉、〈炮拳ぱお〉、〈鑚拳さん〉ッ! ……からの太極〈旋風せんぷう二起脚りゃんききゃく〉」ッ!」


 掌で肉体を貫き。

 脚で態勢を崩す。


 この異世界で目を覚ましたクラスメイトたちは、職業ジョブスキルを持っている。自分を積み重ねていけば、おのずと職業ジョブの技量はあがり、新しいスキルを身につけていく。人生の経験値がそのまま武器となる。


 だが、マオは違う。


 彼女は、この異世界で目を覚ます前から、実戦経験のある拳法使いだった。祖父から教えてもらった、なんちゃって拳法。それを独自に解釈して、自由な発想で発展させて。マオは、猫のように自由に生きてきた。

 戦う相手が、夜の不良たちから、異世界の魔物に変わっただけ。倒すべき敵が目の前にいる。そこに変わりはない。


拳法使いクンフー』のリー猫々マオマオ


 彼女こそ、優斗のクラスメイトの中で。

 最速の近距離戦闘職であった。


「……師父しーふー直伝じきでん。螳螂〈穿弓腿せんしゅうたい〉ッ!」


 マオは腰を落として、まるでカマキリのようなポーズを取ると。トロールの攻撃を躱して、その懐に潜りこむ。そのまま片手で逆立ちをしながら、トロールの顎に向けて強烈な二段蹴りを食らわす。


 いかに巨体な魔物といえど、生物であるため急所への一撃は痛烈だ。マオの渾身の蹴り技は、魔物の脳を揺らして、その動きを封じる。


 そのまま、どすんとトロールが尻もちをついた。

 度重なる連撃に、脳幹という生物としての絶対の急所。そこを狙われて、巨大な人型の魔物は、目を回したように表情がうわの空になっている。あー、うー、と野太い声を漏らしながらも、立ち上がることはできず。顔を青くさせたまま動かなくなる。


 そこに、トドメの一撃を。

 マオは、顔色を変えることなく放つ。


「……師父しーふー直伝奥義じきでんおうぎ。八極〈猛虎硬爬山もうここうはざん〉」


 中段の突きからの連撃肘打ち。

 隙ができたところを、さらに追撃して。曝された弱点を、これでもかというほど打ちのめしていく。短い吐息を共に放たれた最後の掌底が、トロールの巨体をわずかに浮き上がる。そのまま、巨大な魔物は動かなくなった。


 圧巻の光景だった。


 この場にいる、誰よりも小さい女の子が。

 恐怖の象徴ともいえる巨大なトロールを、たったひとりで倒してしまうなんて。その場にいた下っ端の盗賊たちは、言葉にすることもできず。あんぐりと、ただただ口を開きっぱなしにさせている。


 そして、優斗も。

 冗談ではないという顔で彼女のことを見ていた―

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、つえぇなあおいw
[一言] 猫さん、圧勝
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