表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/56

第19話 「な、なんで、こんなところにトロールが!?」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 この異世界には、様々な魔物が存在する。

 ゴブリンのような小柄の魔物だったり、ウルフハウンドのような獣の魔物であったり。それらの中には人知を超えた、人間が触れてはならない神秘の存在もいる。

 そんな魔物たちの中で、最も人間に恐れられているのが、人里に巣食う魔物だ。北にある神々の山を飛ぶドラゴンであっても、深海に潜む邪神の名を持つ魔物であっても、人の生活圏から離れているのならば、それほど脅威ではない。伝説、または神話の存在として畏れられるだけだ。


 だが、人里の近くに巣食う魔物は違う。

 それらは明確な害悪だった。それも相当にタチの悪いやつだ。酒場の依頼版を見ても、ドラゴンの討伐などは誰も依頼しないが、奴らの駆除に関する依頼クエストは後を絶えない。


 放っておけば、人が死ぬ。


 熟練の冒険者ほど、それらの危険な依頼クエストを好む。そして、その何割かは帰ってこない。それほどまでに危険度が高く、討伐するのに熟練の技量と覚悟を必要とするのが。

 ……目の前にいる巨大な人型の魔物。

 ……トロールだった。


「ひぃ!?」

「な、なんで、こんなところにトロールが!?」


 盗賊の下っ端たちが恐怖に声を震わせている。この洞窟は、彼らの拠点だった。数ヶ月前から住処にして、旅の行商人などを襲っていた。だから、その洞窟の奥深くにトロールが住み着いていたなど、彼らは予想もしていなかったのだ。


 トロールは、大型の魔物である。

 身長は人間の倍以上はあり。横幅は先ほどの盗賊の頭領と比べるまでもない。手に持っているのは、ただの丸太。力ずくで引きちぎったのか、先端は鋭利な刃のようにささくれ立っている。トロールはやる気のない表情を浮かべては、盗賊の下っ端たちを見下ろしている。


 トロールは、人を食う。

 それは食事のためではなく、彼らの知能が低いためだ。池を泳いでいるフナが、何でも一度は口に入れてから、食べられるものか判断するのと同じ。何となく食べられそうだから、という理由だけで。人を襲い、食らう。そして、食べられないとわかると吐き出す。学習をしない。何度も、何度も同じ失敗を繰り返しては、スナック感覚で人間を襲う。


 それは恐怖の存在だった。

 そして、優斗たちにっとっても、過去の光景を連想させるものであった。


「……っ!?」


 優斗の脳裏に蘇る、あの光景。

『塔』の攻略に失敗して、命からがら逃げだした。第一階層の(ボス)である巨人と重なるものがあった。そのトラウマに、心が震えそうになる。


「……あ、ああ」


 かすかに震える声がして、優斗は焦ったように振り返る。

 そこには恐怖に震えて。身動きのできなくなった『魔法使い』の舞穂の姿があった。


「っ!」


 優斗の行動は速かった。

 骨の髄まで染みついていた恐怖を跳ね返して、最大速度で舞穂の元へと駆け寄る。その顔に迷いなどなかった。わずかな恐怖もない。湿った洞窟の土を撒き散らしながら、彼女の傍で急停止すると、彼女に向けて冒険者のローブを舞い上げる。そのままローブの上から守るように抱き寄せた。


 ……雨宮。大丈夫か?


 優斗が無言のまま問うと、舞穂は緊張した顔のまま静かに頷く。思えば、彼女も成長したものだ。これまで薬草の採取のような、絶対に安全な依頼クエストを受けていたのも、舞穂のことがあったからだ。目の前に恐怖と感じる存在がいると、彼女はパニックを起こしてしまう。そのせいで危険な状況になることが何度もあった。


 そんな雨宮舞穂が。

 目の前にいる巨大なトロールを前にしても、逃げ出そうとせずに向き合っている。優斗のローブから、わずかに体を出して。ぎゅっと優斗の服の裾を握りしめてはいるが。その目は、確かに魔物へと向けられていた。


「ひぃーっ!?」

「た、たすけてくれーっ!」


 恐怖が伝染してパニックになっている盗賊の下っ端たち。

 そんな彼らを前にして、巨大なトロールは不気味に笑った。手に持った巨木を振り上げて、逃げ惑うと盗賊たちへと襲いかかる。そのまま力任せに薙ぎ払おうとして―


「おらっ! この朔太郎様から目を離しているんじゃねぇぞ!」


 その一撃を、朔太郎が全力で受け止めていた。

 得意武器であるショートソードを盾のようして、肘と肩で正面から受け止めている。ずんっ、と重い地響きが、洞窟内に響き渡った。


 朔太郎は挑戦的な笑みを浮かべる。

 鈍重なトロールは、自分の攻撃が跳ね返されたことに気がつかず、そのまま後ろに倒れた。それだけで洞窟が激しく揺れた。


「な、なんだ! なにが起こったんだ!?」

「あいつ、トロールの攻撃を弾き返しやがった!?」

「ありえねぇ! あの怪物に真正面から立ち向かうなんて、正気の沙汰じゃねぇぞ!」


 盗賊の下っ端たちが戦々恐々としながら、朔太郎の背中を見ている。泡を吹いて気絶している頭領を抱えながらも、彼らは目の前の現実を受け入れられない。


 そんな中、ただひとり。

 相棒の少女だけが上機嫌に声を出して笑っていた。


「あはは! いいぞー、サクちゃん。そのままぶっ飛ばしてしまえーっ」


「おい、マオ。見ていないで、お前も手伝えよ」


「え? やっていいの? わーい」


 朔太郎の声に。

 きゃぴっ、と嬉しそうに小柄な少女が笑みを見せる。


 まるでヒマワリのような笑顔だった。

 わずかに見える八重歯が実年齢よりもさらに幼く見せる。クラスで一番背の低い女の子。リー猫々マオマオは楽しそうな様子で上機嫌のまま準備運動を始める。いっちにー、さっんしー、とチャイナドレスの裾を揺らしながら柔軟をする。


 そうこうしている内に、トロールが再び動き出した。


 3メートルは越える巨体を持ち上げて、鈍重に辺りを見渡す。そして、眼下にいる朔太郎とマオのことを見る。正面から向き合っている朔太郎とは違い、離れた場所にいるマオのことは、ほんの豆粒くらいにしか見えていなかっただろう。


 トロールが笑う。

 小さい人間のほうが食べやすそうだ。ブヨブヨの灰色の皮膚を震わせて、にたりと不気味な笑顔を浮かべては。マオがいるほうへと手を伸ばす。そんな魔物のことを彼女が眼で捉える。そして―



「……師父しーふー直伝じきでん頂心肘ちゅうしんちゅう〉ッ!」



 小柄な『拳法使いクンフー』は、瞬時にトロールとの間合いを詰めて。その巨体へと鋭い一撃を放っていた。


 トロールの骨が砕ける音が、洞窟内の空気を震わせたー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これは勝ったな
[一言] 現れた魔物はトロール。 舞穗さん、逃げずに留まる。朔太郎は固く、猫さんの一撃は重く。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ