第18話「……来たよ。本命だ」
あはは、とりあえず。
よっ、と猫は身軽に態勢を整えると、中国拳法のような構えを取る。
「タダでは帰してくれなさそうだから、戦うしかないよねー!」
「だなー。だったら話は早ぇ。元から、俺たちの依頼は盗賊たちを追い払うことだからな」
朔太郎が腰のショートソードを抜き取る。
刃渡り50センチほどの小振りな武器。冒険者である朔太郎は、職業によって使いこなしやすい武器、……適正武器が豊富だ。槍や弓、斧から鈍器まで。その中でも、この男は小振りなショートソードを愛用している。豪快で自信満々な性格の朔太郎にしては、意外な選択であった。
「来いよ、盗賊ども。攻略組のリーダーの実力を見せてやるぜ」
朔太郎が自信満々に敵を誘う。
ショートソードを片手に盗賊たちを挑発する。
だが、しかし。
肝心の盗賊たちには、朔太郎のことなど目に入っていなかった。
「おらっ、死にさらせ!」
「ひっ!?」
長身の盗賊の曲剣を、優斗は紙一重で躱す
「頭領の仇だ! お前だけは許せねぇ!」
「ひえっ!?」
小太りの盗賊の突進を、優斗は地面を這いつくばりながら逃げていく。
「ちくしょう! お前のせいで、頭領は、頭領は!」
「ひぃーーっ!?」
スキンヘッドの盗賊の連続切りを、優斗は洞窟の中を転がって回避していく。
今、この瞬間。
下っ端の盗賊たちにとって、地獄の果てまで追いかけて、復讐を果たしたいと思っているのは。情けない声を上げながら逃げている『見習い騎士』の優斗であった。
「ちょ、ちょっと、タンマ! 話せばわかるから!」
ぜえぜえ、と息を切らしながら優斗が泣き言を口にする。
その姿はあまりにも格好悪かった。
「くそっ、頭領の夢はな! 可愛い嫁さんをもらうことだったんだ。お前が、その小娘を差し出せば!」
下っ端の盗賊が叫びながら飛び掛かってくる。だが、その盗賊の言葉に反応した優斗は。「うっせぇわ! てめぇらに雨宮舞穂を幸せにできるわがないだろうが!」とロングソードの鞘で盗賊の顔面を殴りつけながらキレ散らかす。
それでも、盗賊たちは止まらない。
男泣きをしながら、悔しさを滲ませながらも。優斗のことを追いかけていく。まるで無視されている朔太郎。カッコよく構えて、盗賊たちを挑発しているというのに。その雄姿を見ているのは、相棒の猫だけだった。
「あははー。サクちゃん、ガン無視だねー」
「ちっ、気に入らねぇな。この俺様の実力がわからねぇとは……」
そういえば、雨宮はどこにいったんだ?
朔太郎が周囲を見渡すと、猫が困ったように指を差す。そこには、洞窟の入り口付近まで逃げ出して、顔だけ覗かせている『魔法使い』の少女の姿だった。
「おいおい、優斗のことを放っておいて逃げるつもりかよ。薄情な奴だなぁ」
「いや。あれは逆だねー。本当は逃げ出したいけど、岸野がいるから、逃げ出せない的な―」
飼っている犬を山で自由にさせても、ご主人様の見える範囲からは離れず、こっちを見ている。あれと一緒だよー。猫はそう言って、上機嫌で笑う。
「んー、雨宮の考えていることはよくわからんな」
「まぁね。乙女心は複雑なのさー」
それが無自覚の感情なら尚更だよ、と猫は付け加える。
幼少時代から、誰よりも他人の顔色を窺って育った彼女が言うのだから、何か感じるところがあるのだろう。朔太郎は誰よりも信頼している相棒の言葉を、そのまま素直に受け取る。
「あ、戻ってきた」
しばらく待ってみると、こそこそと舞穂がこちらへ歩いていく。不安そうな顔で、背中を丸めて。それでも逃げ出すわけにはいかなくて、ゆっくりとした足取りで彼が見える場所まで戻ってくる。
……優斗の後ろに隠れていた時は。まるで不安などないような顔をしていたというのに。
「はぁ〜、この先が思いやられる二人だなぁ。……とりあえず、この盗賊たちを追い払って、依頼を完了して、……猫?」
朔太郎が緊張感のない声で、相棒の少女へ声を掛ける。
その猫は、まったく別のほうを見ていた。洞窟の奥。深淵の闇へと繋がる道筋。盗賊たちがアジトにしていた場所よりの、更に深いところ。
その闇の奥底を。
猫はわずかな瞬きもせず、じっと見つめていた。
「……来たよ。本命だ」
猫が静かに告げる。
朔太郎の顔から余裕が消える。口を結んで、すっと視線を細める。表情を硬くさせて、ショートソードを握る手にわずかに力を込める。五感を集中させると、足の裏からわずかに、……何かが近づいてくる振動を感じた。
「あぁ。当たりだな」
朔太郎が舞穂に向けて手のひらを出す。
これ以上、近寄るなという合図に、『魔法使い』の少女は困惑する。未だに逃げ回っている『見習い騎士』の優斗に、それを追いかけまわす盗賊の下っ端たち。まるでホームコメディのような微笑ましい状況に。
……それは。
……闇の奥底から、姿を見せた。
「優斗、伏せろっ!!」
朔太郎は叫ぶと同時に、洞窟の奥から姿を見せた怪物へと突進する。
彼の持つショートソードが、鈍い衝撃を受け止めていた。
巨大な魔物が、目の前に迫っていた。




