第17話「…雨宮舞穂はな。百年に一度の、千年に一度の美少女だぞ。この瞬間も世界一可愛い女の子だ。貴族が土下座しようが、王様が国を売ろうが、そんな奴らは俺が絶対に認めねぇ!」
「……このクソデブ野郎が。今、雨宮のことをなんて言った? しょんべん臭いだ? 俺の嫁にしてやるだと? なぁ、寝言は死んでから言えよ。てめぇみたいに口の臭いクソデブ野郎に、雨宮をやるわけないだろうが? あん?」
「ぐぎっ!? ぐぎゃぁぁああ!?」
ミシミシッ、と頭領の顔に優斗の右手が食い込んでいく。
突然のことに盗賊の下っ端たちは反応できなかった。盗賊の頭領も、その手を必死に振りほどこうとするが、その反抗もむなしく、ずぶずぶと壁にめり込んでいく。
ひ、ひぃーっと盗賊たちの悲鳴が上がった。
だが、優斗は止まらない。
狂気に血走った目で、盗賊の頭領を壁に埋め込ませていく。
「ぐぬぬぬっ! なんだ、このガキは!? ほ、本当に人間かっ!?」
「おい、喋んなよ。口が臭ぇだろうが。デブで口が臭いうえに、その目は節穴かよ。お前、雨宮のことを何て言った?」
感情のない声が、盗賊の頭領を問い詰める。
「……あと数年もすれば絶世の美女になるだと? そんなこと、てめぇに言われなくてもわかっているんだよ! 雨宮舞穂はな。百年に一度の、千年に一度の美少女だぞ。この瞬間も世界一可愛い女の子だ。貴族が土下座しようが、王様が国を売ろうが、そんな奴らは俺が絶対に認めねぇ!」
「そ、そこまでは言ってな、……ぎゃあぁぁ! 潰れる! 頭が、潰れちまうっ!?」
悶絶する大男。
その顔を掴んでいるのは、線の細い男だというのに。掴んだ腕を振りほどくこともできず、ずぶずぶと壁に埋め込まれていく。
しかし、それでも優斗は止まらない。
感情が完全に抜け落ちた表情で、盗賊の頭領の顔面を締め上げる。
「雨宮には、幸せになる義務があるんだよ。これは法律だ。鉄則だ。てめぇみたいな薄汚いコソ泥が触れていい女じゃあない。その眼球をくり抜いて、タコヤキでも焼いてやろうか? あぁん?」
「ぎゃば、あが、が、が―、……」
だらん、と頭領の腕から力が抜ける。
優斗のアイアンクローで締め上げられて、その巨漢の身体の半分以上が、洞窟の壁に埋め込まれていた。盗賊の頭領は、自分に何が起きたのか理解できないまま、その意識を手放した。
泡を吹いて、白目をむいて。
ぴくぴくと指先が痙攣している。
優斗が、その男をおもむろに地面に投げ捨てた。
どさっと地響きを立てながら、盗賊の頭領は地面に崩れ落ちる。その姿を見た下っ端たちは、ぱくぱくと口を開いて。
泣き叫びながら、その名前を叫んだ。
「「頭領――――っ!?」」
盗賊の下っ端たちは自分たちのリーダーの、無惨な姿に涙を流して、慟哭して、感情を爆発させる。
「ちくちょう、やりやがった!」
「頭領! しっかりしてください、頭領!?」
「くそっ! 頭領が何をしたっていうんだ!?」
下っ端たちの想いは、驚愕から嘆きに変わり。嘆きから怒りに変わって、そして彼らは哀しみの涙を流しながら。
その怒りを、岸野優斗へと向けるのだった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「……はっ、しまった。怒りに我を忘れてたか!?」
優斗は改めて冷静を取り戻す。
泡を吹いて倒れている盗賊の頭領に、何か変なことを言ってしまったような気がするが。怒りに我を忘れていた優斗にとっては、まるで憶えのないことだった。きっと、これは自分ではない誰かがやったことだ。
この非人道的な行いは、恐らく朔太郎に違いない。
おのれ、朔太郎め。ここまでする必要があったのか。
優斗が額に手を当てて嘆いていると、泡を吹いたままの頭領がうわ言を呟く。
「……お、おでの、ゆめは、……あの子みたいな女を、嫁にすること、……ぐへぇ!?」
どすっ、とロングロードを鞘ごと、その太った腹に突き落とす。……ちっ、まだ意識があったか。優斗は汚い言葉を吐き捨てながら、冷たい目で男を見下ろす。今度こそ盗賊の頭領は、完全に気絶してしまった。
「くそっ、どうする。朔太郎のせいで、最悪な状況になってしまったぞ。どうやって、このピンチを切り抜けるつもりなんだ!?」
「おい、聞いたかよ。こいつ悪ぶれることもなく、全ての罪を俺に擦り付けたぜ?」
信じられるか、という顔で朔太郎が猫を見る。
彼女もチャイナドレスの裾を揺らしながら、乾いた笑みで応えた。『拳法使い』である彼女は、いつものように緊張感のない顔で笑っていた―




