第16話「「へへっ。その小娘は俺たちが貰うから、お前らはさっさとお家に帰って、……ぎゃあぁぁ!?」
「あ、あははー。……おい、どうするだよ! 盗賊たちにバレているじゃないか!?」
「そりゃ、あれだけ大騒ぎをしていたら、嫌でも気づかれるだろうが」
問い詰める優斗に、朔太郎が呆れたような表情になる。
この余裕はどこから来るのか。優斗はじわりと危機感を募らせながら、舞穂のことを庇うように立つ。何があっても、雨宮舞穂だけは逃がす。そう自分に言い聞かせて。
優斗たちを取り囲んでいる盗賊たち。
その数は、およそ20人。
ほぼ全員が絵にもかいたような極悪人面で、手にした刃物と下劣な笑みが妙にサマになっている。間違っても、会話なんてものは通じないだろう。
朔太郎は悠然とショートソードの鞘に手を当てている。その表情には余裕すら垣間見えた。緊張感のない笑みの『拳法使い』の猫。じわっと嫌な汗をにじませている『見習い騎士』の優斗に、無表情のまま首を傾げている『魔法使い』の舞穂。
そんな四人を前にして、一人の大柄な男が歩み出る。
盗賊たちの首領だろうか。樽のように肥えた腹に、不潔な無精ヒゲが、まさに盗賊頭というのにぴったりだった。
「なんでぇ。騒がしいと思って一味総出で来てみたら、ガキばっかりじゃねーか。こんなところに何をしにきたんでぇ?」
へへへっ、と大振りの曲刀を肩にのせて、巨漢の盗賊頭が問う。
なんて答えたら正解だろうか。
そんなことを必死に考えている優斗を尻目に、朔太郎が腕を組んだまま堂々と向かい合う。
「おうおうっ、盗賊ども! 耳をかっほじって、よーく聞け。俺たちは、てめぇら悪党を退治に来た冒険者様よ! お前らには恨みはねぇが、たっぷりと賞金が掛けられているんでね。大人しく、ここから出ていってもらおうか!」
朔太郎が威勢よく言い放つ。
お前らを追い払いにきた。そう言われて、盗賊たちが互いに顔を見合わせる。そして、次々と笑い声が上がった。
「はっはっは! 何考えているんだ、こいつらは!?」
「馬鹿じゃねーのか!? ママのおっぱいでも吸ってろ」
「おい、こいつらの身ぐるみを剥がせ。ちっとは金になるものを持っているだろうぜ」
そんな下劣な声が、優斗たちを取り囲む。
好き放題に言われて、悔しさに奥歯を嚙みしめる。だが、どうすることもできない。これだけの大人数の盗賊を相手に、いったい何ができるというのか。せめて、残り少ない手持ちのお金で、なんとか許してもらえないだろうか。優斗はだらだらと冷や汗をかきながら、必死に愛想笑いをする。
あ、あはは。本当にすみません。
なんか騒がしてしまって。ぼくたち、もう帰るんで。見逃してもらえませんかね? 少しでも好印象を与えようと誘い笑いを浮かべて、盗賊たちの頭領へと声をかける。
そんな優斗に、盗賊の頭領は見下すような顔になる。
「へへっ、お生憎だが。俺たちは盗賊なんでね。タダで帰すってわけにはいかねぇな。生きて帰りたければ、有り金を全部置いていきな」
「あはは、それはもちろん」
優斗は薄っぺらい財布を取り出すと、そのまま盗賊たちに向けて差し出す。下っ端の盗賊が奪うように受け取ると、改めて中身を確認する。そして、額に青筋を立てた。中に入っているのは小銭だけだった。それでも全財産だ。
優斗は愛想笑いで返す。
だって、それしかないもの。おかしいなー。ちょっと前までは、もっと余裕があるはずだったのに。
「……なぁ、ガキども。俺たちを舐めているんじゃねーだろうな?」
優斗の財布を投げ捨てて、盗賊の頭領も頭に血を昇らせる。大振りの曲刀を、左手の手のひらでトントンさせながら、威圧するように優斗の前に立つ。
極悪面が臭い吐息がかかる距離でメンチを切ってくる。
めちゃくちゃ怖ぇ!
そして、口が臭ぇ!
「俺様は寛容だからよ。もう一度だけ聞いてやるぜ。……他に金になるものはねぇのか?」
「……ないっす」
「宝石でも指輪でもいい。冒険者なら魔物除けの装具くらい持っているだろう?」
「……ないっす」
「その腰に下げている剣は? 値打ちものじゃないのか?」
「……値打ち、ないっす。刃こぼれしている売れ残り品なんで」
盗賊の頭領の問いに。
優斗は全身から冷や汗を滝のようにかきながら、ありのままを答える。その様子を、舞穂が隣で見上げていた。何が起きているのかよくわからない、というような緊張感のない顔だった。
やばいよ、やばいよ。
絶対にぶっ飛ばされるよ。優斗はガタガタと震えながら、どうすれば無事に帰れるのか必死になって考える。
だが、そんな時だった。
盗賊の頭領が、ビビっている男の隣にいる『舞穂』のことを見て。
その目を輝かせたー
「あ? お前たちのツレ。チビの男だと思ったが、もしかして女か?」
え、と優斗が戸惑いの声を上げる。
髭面で強面、ぶっどりと太った巨漢の頭領は。先ほどまで魔法使いのローブの顔を隠していた雨宮舞穂のことを、ねっとりと興味深そうに見つめる。
「……いいねぇ。悪くない。この小娘。今はしょんべん臭いガキだが、将来はエライ別嬪さんになると見た」
「は?」
「よし、決めた。お前らの命を見逃してやる代わりに、その小娘を渡してもらおうか。これだけの器量なら、あと数年もすれば高く売れるぜ。変態の貴族にだったら、豪邸が立つくらいの売れ値がつくだろうな。なんだったら、この俺様の嫁にしてやっても―」
にやにやとブサイクな顔で思案する盗賊の頭領。彼の頭の中には、手にした大金をどうやって使うか、それくらいしか考えていないのだろう。
故に、頭領は気がつかない。
目の前に立っている優斗の瞳から、感情が消えていることに。
「へへへっ、そういうこった。その小娘は俺たちが貰うから、お前らはさっさとお家に帰って、……ぎゃあぁぁ!?」
舞穂のことを舐めるように見ていた盗賊の頭領。
その男の後頭部が。
一瞬にして。
ずごんっ、と洞窟の壁に叩きつけられていた。
「……いま、なんていった?」
穏やかながらも気迫の迫る声。
それを発しているのは、盗賊の頭領の顔面を掴み、後頭部を洞窟の壁に叩きつけながら、そのままアイアンクローで締め上げている。
……岸野優斗の姿だった。




