第15話「そんなわけないだろう。相手は危険な盗賊集団だぜ」
「とりあえず、もう少し歩いたら目的の洞窟が見えてくるはずだ。そこまでいったら休憩しながら、盗賊退治の作戦を練ろうぜ」
朔太郎は慣れた手つきで、蔦植物をショートソードで切り落としては、道を切り開いていく。
人里から離れた森の奥地には、凶暴な魔物が住んでいることが多い。巨大なオオカミのような魔物や、人を丸飲みにすることもある蛇の魔物。洞窟にいたっては、ゴブリンだけでなく。もっと凶暴な魔物の住処になっていることも珍しくない。そんなこともあって、優斗には常に一抹の不安が拭えなかった。
「……本当に獣道だな」
優斗には気になっていることがあった。
この雁朔太郎が、何の理由もなしに、盗賊退治なんて依頼を受けるわけがない。良くも悪くも、元の世界に帰ることを一番に考えている攻略組のリーダーだ。絶対に何かある。
その証拠に。
彼のポケットには。優斗に渡したのとは異なる、別の依頼書をねじ込んであった。
「……」
優斗は後ろを黙ってついてくる少女へと振り返る。
魔法使いのローブを頭から被って、両手に身の丈ほどもある杖を持つ『魔法使い』。雨宮舞穂は黙って歩を進めている。不意に目が合うが、感情が読みにくい無表情が返ってくる。まだ、元気そうだな。首を傾げている少女を見てから、優斗は朔太郎へと口を開く。
「……おい、朔太郎。先に言っておくが。危険だと思ったら、すぐに俺たちは逃げ出すからな」
「かかかっ、好きにしろ」
優斗の訝しむような問いに、朔太郎が一蹴する。
そもそも、朔太郎と猫は。この異世界において、数多くの依頼をこなして、数えきれないほどの実戦経験がある。この冒険者と『拳法使い』の近くにいたほうが、下手に逃げ出すよりも安全かもしれない。
そうこうしている内に、目的地に到着する。
森の茂みの先に見えるのは、石の壁にぽっかりと開いた自然の洞窟だ。よく見れば、洞窟の出口付近には、複数の人の足跡と、荷台を押したかのような轍が残っている。
優斗たちは洞窟を監視しながら、少しばかり休憩をとる。
軽い食事を分け合って、久しぶりのたんぱく質を口にする。それから朔太郎が欠伸を漏らすと、小柄な猫が彼の膝を枕にして寝る。
おいおい、こんなとこで昼寝かよ。
優斗が呆れ果てる。そのすぐ隣では、仲良く昼寝をしている二人のことを、舞穂がじっと見ていた。
「……ん」
「雨宮。どうした?」
「……べつに」
舞穂が優斗へと一歩だけ体を寄せると、座ったまま肩が触れ合う。それ以上は何をするわけでもなく、会話もなく穏やかな時間が流れた。
やがて、30分ほどして。
朔太郎が立ち上がると、その肩をぐるぐると回す。
「よーし、休憩終わり。それじゃあ、作戦通りにいくぜ!」
薄暗い洞窟を目の前にして、雁朔太郎が腰に手を当てて仁王立ちしている。
これから戦うかもしれない相手は、商人たちを襲っている盗賊たちだ。もちろん危険が伴う。だというのに、この男の自信はどこから湧いてくるのだろうか。
薄暗い洞窟だった。
中では、消えた松明が置かれていて、夜でも人が出入りできるように手入れがされている。隅に転がっている空の酒瓶が、盗賊の根城っぽさがでていた。
だが、そんな疑問よりも。
もっと重大な問題について仲間に問わなくてはいけなかった。
「なぁ、朔太郎。ひとつ確認しておきたい」
「あ? 何だよ。こっちがテンションを上げているっているのに。質問なら手短に頼むぜ?」
今さら怖気づいたとか言うなよ、と不機嫌そうに言う冒険者に。優斗は真面目な顔で言った。
「じゃあ、聞くが。……お前の言う、『作戦』って何のことだ」
こいつは言った。作戦を練ってから盗賊退治に行こうと。それが、どうだ。この男ときたら、休憩だといって昼飯を食って、呑気に昼寝までして。目が覚めたら、そのまま洞窟に乗り込もうとしているのだ。
「まさか、その場のノリで乗り込もうって言うんじゃないだろうな?」
「そんなわけないだろう。相手は危険な盗賊集団だぜ。優斗。お前、本当はバカなんじゃないか?」
朔太郎の人を小馬鹿にしたような態度に、さすがの優斗も顔が引きつる。そして、なぜか。優斗を馬鹿にされて、舞穂もむすっと不機嫌な顔になる。
「いいか、優斗。よく聞け。これから重大な作戦を言う。これは俺たちの連携が要だ。もし、失敗したら俺たちの身も危ないかもしれない」
優斗が息を飲む。
舞穂は話を聞いていない。
そして、朔太郎は真剣な眼差しのまま言った。
「……まず、俺がぐわーって行く。そしたら、猫がばばばばっーてやるから、お前たちも良い感じにやってくれ!」
良い作戦だろう、と朔太郎が自信満々な顔をする。
そんな彼を前にして、優斗は茫然と立ち尽くした。
……。
……え? 今、なにか説明された?
ぽかんと優斗がしていると、朔太郎の隣にいた猫が口を挟む。「それはないよー」と唇を尖らせている。さすがに、この異世界で朔太郎と組んできた相棒だ。『拳法使い』である彼女にも、今の説明では理解できなかったらしい。
「サクちゃん。そこは『ぐわーっ』じゃなくて、『ぐしゃしゃしゃーっ』ってやるほうが良くない? こんなときこそ先手必勝だよー」
「それもそうだな。よし、作戦変更。俺がぐしゃしゃしゃーっ、って行くから。猫がばばばばっーと片づける。だから、優斗たちも良い感じにやってくれ!」
朔太郎が信頼するような目で優斗を見る。
その手を肩に乗せて、わずかに力を込める。
仲間に命を預けるように。
「頼むぜ、優斗。この作戦は一瞬の連携ミスが命取りになる。俺はお前のことを信じている。だから、お前も俺のことを信じて、……ぶぼへっ!?」
我慢の限界だった。
優斗は無表情のまま、朔太郎の腹を殴りつける。
「な、殴った!? お婆ちゃんにしか腹パンされたことがないのに!?」
「何をやったら、お婆ちゃんに腹パンされるんだよ!? お前、何をした!? ……じゃなくって、そんな説明で連携なんて取れるか!?」
「えーっ。俺と猫は、これで通じるぜ。なぁ?」
「黙れ、脳筋コンビ。お前ら戦闘民族と一緒にするな。こっちは怠惰を心から愛する高尚な文化人なんだぞ。ちゃんとした作戦が立てられないなら、俺たち降りるぜ。もちろん報酬金の半分は頂く」
こんなところまで来たんだ。
タダ働きなんてできるか。優斗にしては珍しく感情を剥き出しにする。そんな彼に、朔太郎は優しく諭す。
「まぁまぁ、優斗よ。とりあえず落ち着け」
「あ? 落ち着いていられるか!?」
「だから、冷静になって周囲を見ろよ」
「いんや。俺たちは帰らせてもらう。雨宮、こんな奴ら置いて、さっさと帰るぞ」
「……もう、囲まれているのに?」
「は? なにをいったい―」
優斗が苛立ちながら、辺りを見渡す。
そこには悪党面の男たちが、優斗たちを取り囲んでいた。剣やナイフを持った盗賊たちが、不審そうな目を向けている。
……そういえば、ここって盗賊たちの住処だったな。今にも襲い掛かってきそうな盗賊たちを前にして。
優斗は愛想笑いをすることしかできなかった―




