第14話「この異世界に来てから、クラスメイトで恋人になるって話もあるから」
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睾丸を握りつぶした。
笑顔で語る猫の姿に、優斗は顔を真っ青にさせる。街外れの森。街道のある草原よりも、さらに奥深い森。鬱蒼と茂る深い木々は、人間の侵入を阻むようにだった。わずかに残っている獣道を頼りに、優斗は朔太郎の後を必死についていく。優斗の後ろには、ぽてぽてと舞穂が歩く。
「この森には、ワイルドベアーとか出現するから気をつけろよ」
朔太郎が注意するように声を掛けたのは、数分前のことだ。
過去に、別の依頼を受注したときに、この辺りの森で出くわしたそうだ。ワイルドベアーといえば、体長2メートルはあろう獣型の魔物だ。外見は熊に近いが、その鋭い爪や牙は紛れもなく魔物。たまに依頼の掲示板に討伐依頼が出ているが、その報酬金は薬草採取の20倍くらいだった。
「どうやって、討伐したんだ?」
優斗が虫よけのハーブを、舞穂の腕に塗りながら軽い口調で問うと。
朔太郎の隣を歩くチャイナドレスの少女、李猫々が満面の笑みで説明した。『拳法使い』のスキルで翻弄して、隙をつくって懐に潜り込み。気絶させた魔物の急所である、股のピンポン玉を素手で破裂させたのだという。
「……」
何かの冗談だと思いたかった。
誰かが冗談だと笑ってほしかった。
だが、その後。
急所を潰されてショック死したワイルドベアーを、毛皮を剥いだら良い値で売れた。そう嬉しそうに話す猫を見て、優斗は静かに下腹部を押さえる。
どこか痛いの? と舞穂が無表情で尋ねられるが優斗は答えない。雨宮は知らなくてもいいことだよ。そう言って、遅れないように朔太郎たちの後を追う。よく見れば、朔太郎も顔を青くさせて、ちょっとだけ腰が引けている。そりゃそうだ。そんな光景を目の前で見てしまったら、男なら誰だって想像だけで悶絶する。
「ほらっ、さっさと行こうぜ。盗賊退治によ!」
先頭を立つ朔太郎が威勢よく言った。
久しぶりに一緒に受ける依頼。それは、この森の奥にある洞窟の盗賊たちを退治してほしい、というものだった。依頼主は他の街の商人のようで、報酬もそれなりに良い。てっきり魔物討伐の依頼だと思っていたので、正直なところ意外だった。
「盗賊退治かぁ」
「なんだ、気が乗らないってか?」
「いや、相手が魔物じゃなくて人間っていうのがな。ちょっとやり辛い」
「そうだな。だが、人間が相手ということは言葉が通じるってことだ。そこに期待するしかねぇな」
言葉が通じる相手なのか? この依頼書を見る限りだと、旅の商人たちを次々に襲っている極悪非道な連中だぞ。とてもじゃないが、対話でどうにかなると思えないが。そんなことを優斗が告げると、前を歩いていた朔太郎が振り返る。
にやり、と悪だくみを考えているような顔だった。
「そうなったら、問答無用で殴り飛ばせばいい。完璧な正当防衛だ。なぁ、猫?」
「うん! 猫的には、そっちのほうが楽で助かるなぁー」
にぎにぎ、と何かが握りつぶすような仕草に、優斗が顔を引きつらせる。そんな優斗を見て、朔太郎たちがニタニタと笑っていた。
朔太郎と猫。
この二人の距離感はよくわからないところがある。
元の世界では、よく休み時間に一緒にいたような気がするけど、いつもベッタリとしているわけでもない。友達とダベっていても、無理に会話に参加するわけでもなく。放課後に女友達と遊びにいっても、別に怒る様子もない。いつも近い距離でにこにこと笑っている。猫本人も、その明るい性格から男女問わず友達が多い。
あえて言えば、腐れ縁。
仲の良い異性の友だち。といったところか。
二人とも小学生からの幼馴染だというし、お互いに恋愛感情など生まれる隙がないのかもしれない。まったく、距離が近すぎるのも困ったものだな。
盗賊たちがいる洞窟に向かっているというのに。この高身長イケメンと、クラスで一番のチビっ子ときたら、緊張感もなくふざけあっている。脇腹をくすぐるなんて、今どき小学生でもしないぞ。優斗はため息をつきたくなる渋顔で口を開く。
「随分と呑気なもんだな。これから盗賊退治に行くっていうのに。仲が良いことで」
「まぁな。この異世界に来てから、クラスメイトで恋人になるって話もあるから」
これくらい普通じゃね、という朔太郎の何気ない返答に。
優斗は、……静かに固まった。
「……え、今。なんて言った?」
「だから、クラスメイトの奴らが、恋人同士になることが多いって話だ」
あれ、優斗は聞いたことないのか?
朔太郎が真顔で首を傾げている。
これは、あれだ。マジな奴だ。
朔太郎は表情を変えることなく淡々と語る。
「……な、んだと」
あまりの衝撃に、優斗は言葉も出ない。
この異世界に来てから、というもの。元のクラスメイトたちが恋人になることが増えているらしい。
信頼できる人。安心できる場所。心細くて、孤独に押しつぶされそうになって。そんなときに支えてくれる人を、お互いに求めているのだとか。
幼い時は仲良しだったけど疎遠になっていた二人が、急に互いのことを男女として見るようになったり。口喧嘩ばかりしていた仲の悪い二人が、依頼の最中にコロッと恋に落ちてしまったり。ピンチの時を救ってくれた陰キャ男子に、明るい性格のギャルがウザ絡みするようになったり。そんな感じで、クラスメイトたちの距離感が近づいていって。パーティを組んで依頼にいったり、一緒に暮らすようになったり。
優斗とそれなりに交流があった友人でも、『農家』の苗野大地と『養蜂家』の大山蜜子さんという。ほんわか農業カップルが成立しているとか。
当たり前のことを話すように、朔太郎が説明していく。その後ろには、クラスで一番小さい女の子。『拳法使い』の李猫々が、なぜか得意げな顔をして腕を組んでいた。
そんな二人を見て、優斗は嫌な予感がした。
「まさか、お前たちも―」
「いや、俺らはそんな関係じゃねーよ。ただの腐れ縁だ。お前と雨宮と同じ、普通のルームシェアさ」
やれやれ、と冒険者の朔太郎が肩をすくめる。
朔太郎と猫。こいつらは異世界に来てから、少なくとも優斗が知る限りでは、一番最初に同棲するようになったはずだ。いくら小さい頃からの幼馴染で、異世界での生活が不安だからって、年頃の男女が同じ屋根の下で暮らしているのだから、何もないわけがなく―
「本当か? 一緒の部屋に住んでいるんだろう? それで特別な関係にならないってのは、健全な高校生としてあり得ないだろう?」
「優斗よ。お前の言葉を、そのまま金属バッドで打ち返してやるよ。街外れで人通りもなく、外に声が漏れる心配もない古民家で、若い男女が一緒に暮らしている。そんな奴らに言われたくない」
優斗の疑問に、朔太郎は真正面から返す。
すると、優斗は何も答えることができず。うぐっ、と小さなうめき声を出して黙ってしまった。
「……しかし。……なんてことだ」
優斗が、言葉もなく絶望する。
こんな異世界に来て、毎日を生きるのでさえギリギリだっていうのに。クラスメイトの中には、恋人同士になってイチャイチャしながら、異世界生活を満喫している奴がいるなんて。
「ぐぬぬ。許せん。許せんぞ」
「許せないって、お前。もしかして彼女が欲しいのか?」
「当たり前だ! 恋人がいらない男子高校生なんて、この世にはいないだろう!」
あぁ、羨ましい。
羨ましいぞ。俺も可愛い彼女が欲しいんだ!
そんな魂の叫びをあげる優斗を見て、朔太郎は心の底から呆れ果てる。
「……いや、だって、お前には―」
嘘だろう、と朔太郎は呟きながら。
優斗の後ろにいる『魔法使い』の少女を見る。
舞穂は無表情のまま、彼のことを見ていた。いつも視線のどこかで優斗のことを追いかけて、何かあれば彼の後ろに隠れてしまう。そこには絶対的な信頼があった。それなのに雨宮舞穂ときたら、優斗に対する感情がなんなのか。まだよくわかっていない。そう顔に書いてあったのだ。
恋人が欲しいと頭を抱える岸野優斗と。
自分には関係のない話だと思っている雨宮舞穂。
その二人を見て、友人たちは―
「あははー、これは重症だねー」
「いや。重症を通り越して、もはや致命傷だろう。手の施しようがない」
猫が呑気に笑う。
朔太郎は顔を引きつらせる。
「(……おい、マジかよ。こいつら、本気で無自覚じゃないだろうな?)」
二人で一緒の古民家に住んで、一緒にご飯を食べて、一緒に危険な依頼に向かって。休日は二人だけでゴロゴロしながら、おはようからおやすみまで。同じ時間を過ごしているというのに、何の関係も進んでいないとでもいうのか。少なくとも、雨宮舞穂のほうは完全に無自覚だ。自分の感情に気づいていない。
……お前ら。
……本当に、それでいいのか?
朔太郎は違う意味で、友人である二人のことを心配していた。
何かが歪んでいる、と肌で感じながら―




