第13話「拳法使いの、李(リー)猫々(マオマオ)」
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李猫々は、クラスメイトの海外留学生である。
元々、優斗たちの高校は留学生を積極的に受け入れており、クラスメイトだけでも三人の留学生がいる。北欧、台湾、インドネシアだ。
猫は、台湾からの留学生だ。
祖父が日本人で、日本での滞在期間も長い。そのため日本語も流暢で、どちらかというと敢えてエセ日本語を使っているフシさえある。祖父がカンフー映画の大ファンで、その影響からか、祖父からなんちゃって中国拳法を教えてもらっていた。
職業は『拳法使い』。
近接格闘向きの攻撃専門職だ。その小柄な体は、同世代よりも幼く見える舞穂よりも小さく。クラスで最も身長の低い女の子だ。もちろん、胸部も外見相応に平坦だ。性格は明るく社交的。オレンジ色に近い髪が、彼女の性格を表しているといってもよい。朔太郎とは幼い頃からの同級生らしく、元の世界でも仲良くしていたのを覚えている。
「Hey,Hey、ニーハオ! きしのんに、まほちん! 久しぶりネー! 元気してたー!?」
そして、他人に深入りをしない朔太郎とは真逆で。
猫は、他人のパーソナルスペースに遠慮なく入ってくる少女だった。そういえば、こんな奴だったな。と、陰キャ代表ともいえる優斗と舞穂は、そっと心の距離を開ける。
そんな優斗たちの心情など知るわけもなく、朔太郎が片手をあげて返事をする。
「おー、猫。待ってたぜ。服の修繕は終わったのか?」
「ヘイ、サクちゃん! モチのロンよー! ランちゃんにお願いして、ちょっぱやで直してもらったヨー!」
ランちゃんって誰だ? と思ったけど、確かクラスメイトに『服飾師』の職業がいたな。ギャルっぽい感じの女子だ。猫々(マオマオ)が着ているチャイナドレスも、もしかしたらその女子が作った特注品かもしれない。この異世界の街並みで、こんな東洋じみたものを売っている店を見たことがない。そんなことを、優斗は漠然と考えていると。
「……っ」
ぎゅっ、と腕を掴まれる感じがして、優斗は後ろを振り向く。
そこには小さな手で優斗の腕にしがみついている、舞穂の姿があった。少し不安なのか、その顔色は思わしくない。
「んー、まほちん? どったの? 何か悩み事? 同じチビっ子だし悩みなら聞くよー?」
「っ!?」
突然、声をかけられたことに驚いたのか。舞穂の身体が小動物のように飛び上がる。そして、ぶんぶんと頭を横に振りながら、優斗の背中に顔を押し付けた。
どういうこと、と猫が優斗を見上げてくるけど。優斗は上手く答えることができず。代わりに朔太郎が口を開く。
「猫、ちょっとは落ち着け。雨宮がビビッているだろう?」
「ビビッている? なんで?」
「お前がズカズカと近寄っていくからだろう。見て見ろよ、陰キャ二人の哀れな姿を」
「……?」
ぽかん、とした表情で猫が二人のことを見る。
優斗は視線をそらしながらげんなりとしていて、舞穂がしがみついたまま離れようとしない。休日でも外には出ず、家でゴロゴロしている、そんな二人だ。騒がしいのは得意ではないし、他人に振り回されるはもっと苦手だ。それでも、優斗は。舞穂を庇うようにして、猫と向き合う。
「えー、と。李さん? 久しぶり。一か月ぶりだっけ?」
「猫でいいよー。岸野も久しぶりー」
「……俺のほうは、名字で呼んでくれると助かるんだが」
「あっそ? じゃあ、岸野君。まほちんの人見知りは、まだ治らないんだねー」
猫が心配そうに、舞穂のことを覗き込む。
雨宮舞穂の人見知りは、深刻だ。優斗もあまり他人とは馴染まず、初対面の人間は苦手だが。舞穂はその場から逃げ出してしまうくらい他人とは馴染まない。元の世界でも、いつもクラスでは独りぼっちで。話しかけてくれる女子も、猫を含めて少数だった。
それでも、少しずつだけど。
舞穂も他人と話せるようになってきている。
「……ひ、ひさしぶり。李さん」
舞穂が小さな声で挨拶を返す。
優斗の後ろに隠れながら、だが。ちゃんと猫の顔を見て返事をしていた。彼女が握っている手は震えていている。どうして、ここまで深刻になってしまったのか。それを思い出すだけで、胸の奥が暗く沈んだ感情になる。
挨拶を返された猫はきょとんとした顔になって。
驚いたような顔で朔太郎へと向き合う。
「さ、サクちゃん、サクちゃん! まほちんが挨拶をしてくれた!」
「おー、すげーな。俺なんて目さえ合わせてもらえないぜ?」
「えへへ。嬉しいなぁ。まほちん、まほちん。これから、もーっと仲良くなろうねー!」
李猫々(マオマオ)が笑顔で近寄ってくる。
朔太郎から注意されたばかりだというのに、舞穂の両手を握って、ぶんぶんと振り回す。「えっ、えっ!?」と慌てふためく舞穂は、助けを求めるように優斗を見上げている。そんな彼女のことを、優斗は静かに見ていた。
クラスメイトの全員が、こんなふうに優しければいいのに。いや、クラスメイトだけじゃない。あの世界が、もっと舞穂に優しかったら、彼女の心もここまで傷だらけになることはなかったはずだ。
だが、それを糾弾する資格は自分にない。
優斗が苦々しい思いで拳を握ると。そっと、舞穂が優しく包んでくれる。驚いて彼女のほうを見れば、そこにはコスモスのような穏やかな笑みがあった。
……そうだな。
……俺ばっかり過去を見ているわけにいかないな。
優斗はゆっくりと呼吸して、しっかりと目の前の二人を見る。冒険者らしい軽装備をした朔太郎と、チャイナドレスを身にまとった『拳法使い』の猫。この二人のことだから、きっと魔物討伐系の依頼に違いない。気を引き締めなくては。
「で、お前らが受注する依頼って何だ?」
さぁ、今日も。
異世界での日常が始ま―
「んーとね。魔物の睾丸を握り潰しにいくの」
「え」
『拳法使い』である猫が、屈託のない笑みを浮かべていた。




