第10話「俺は冷静だぞ。目の前のゴミ野郎を、どうやってブチ殺すか考えているんだ」
優斗が無言で唸っている。
彼が黙って見つめる先にいたのは、美味しそうにクリームパスタを食べている少女。雨宮舞穂の姿だった。どこか拙い手でフォークを持って、ちゅるちゅると食べている。幸せそうな顔だった。
「……ん? 岸野君、どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
優斗はそっけなく返す。
余裕はあった。
余裕は、あったはずなんだ。
数日前に討伐した魔物の報酬金。それだけでも、しばらくは余裕のある生活を送れるはずだった。とりあえず、二人して街の公衆浴場に行って、風呂上がりに牛乳を飲んだ。腰に手を当てて、ぷはーっ、と大げさに言う二人の姿は、それなりに目立っていた。
その次の日。お金に余裕があるからと、少し高めなレストランで食事した。メニュー表の端から端を注文して、うめー、うめー、と二人して騒ぎながら高級な食事を口に放り込んでいく。満腹になったので、その日は働く気にならなかった。
そして、次の日。優斗と舞穂は働かなかった。
一日中、家の中でゴロゴロして、お腹が空いたら高級レストランに行った。端から端を注文して、暴食の限りを尽くした。
その次の日も、優斗と舞穂は働かなかった。
ゴロゴロと怠惰な時間を過ごしてから、二人で食事と買い物に出かけた。舞穂の魔法使いのローブを新調して、新しい服も買った。貴族が好むような最高級のシルク素材のパジャマも売っていたので、それもオーダーメイドで買った。まだお金に余裕はあった。
その次の日も、その次の日も。優斗と舞穂は働かなかった。
家でゴロゴロしてから高級レストランに行く。
流されるままに、暴食と傲慢の限りを尽くした。まだ、余裕はある。まだ、余裕はあるはず。そう自分に言い聞かせているうちに、金銭感覚は数日で狂っていた。
そして、運命の翌日。二人が住んでいる古民家、その持ち主である大家さんが来た。小太りのおばさんだった。
……今月から、家賃は前払いになったから。払えなかったら出て行ってもらうからね♪
よろしくー、と大家のおばさんが笑っている。
この時。まだ優斗の顔にも余裕はあった。一か月分の家賃くらい払えるはず。そんなことを考えながら、報酬金が入っていた布袋を掴んで。あれ、ちょっと軽くないかな、とか感じて袋の中を見てみると。そこにあったのは、数枚の小銭だけだった。
優斗の顔が青くなる。
大家さんが笑顔のまま見つめる。
舞穂が首を傾げる。
結果、手元のお金が足りず、買ったばかりの最高級のシルクのパジャマを売却することになった。あの時の舞穂の、涙ぐみながらもパジャマを売る姿には、かなり心が痛むものがあった。
予期せぬ大金は人間を不幸にする。
強欲、傲慢、暴食、怠惰、怠惰、怠惰、怠惰……。大罪である七つを軽々と冒してしまうのだから、そら恐ろしいものだ。どうにかして家でゴロゴロする生活ために、頑張ってお金を稼がないと。
悪い夢から覚めた気分だった。
だが、金はない。
結論として、優斗たちは貧乏生活から脱出することができず、こうやって馴染みの酒場で空腹に飢えている。
「……前々から思ってはいたが。この際、はっきりと言わせてもらおう。……お前ら、二人そろってポンコツだな?」
「ぐぬっ!?」
優斗の顔が歪む。
だが、反論することはできず、むしろ自分が一番わかっていることなので、歯ぎしりを立てて我慢するしかできなかった。
「ぐぬぬ。せめて、俺のロングソードを新品にしておくべきだったか」
「いや、お前。まるで反省していないだろう」
優斗が頭を抱えているのを見て、朔太郎がため息をつく。
「それで? また、金がないから依頼を受けに来たと。腹を空かしたまま」
「そうだな。ただ、あの薬草は採れなくなったから、別の依頼を探さないと」
「薬草採取の依頼か。だったら、クラスメイトの薬師寺に頼めば? 確か『薬師』でハーブの栽培とかしているんだろう?」
「薬草をわけてくれってか? そんなこと仲間に頼めねぇよ」
優斗は首を横に振って、カウンター席から立ち上がる。
そして、依頼が張り出されている掲示板を睨む。朔太郎も隣に立って一緒に見ている。
「むー。いい依頼はないものか」
「どんな仕事を探しているんだ?」
「そうだなぁ。楽な仕事で、比較的に安全で、できれば高収入なのがいい」
「そんな依頼あるわけがないだろう。……おっ、でも。これなんてどうだ? 繁華街の夜の接客業。10代から20代まで若い女性のみの募集で、短期で高収入も期待できるって。仕事内容はお客に酒を注いで、話を聞くだけだとさ」
これなら雨宮でも出来るんじゃないか。おっさんに酌をするだけだろう。もしかしたら、ロリ好きな連中から人気も出るかもしれないぜ。
そんなことを笑いながら言う朔太郎に。
優斗は―
「……は? 今、なんて言った? お前、雨宮のことをそんな目で見ていたのか?」
優斗の狂気に血走った瞳が、朔太郎を捉えていた。
そこには明確な殺意が浮かんでいた。さぁ、と朔太郎の背筋に嫌な汗が流れていく。
「じょ、冗談だよ? ちょっと落ち着こう。な?」
「俺は冷静だぞ。目の前のゴミ野郎を、どうやってブチ殺すか考えているんだ。お前はよく燃えそうだから、次の燃えるゴミの日にでもー」
「いや、ちっとも冷静じゃないだろう! 悪かったって。お前を試すようなことを言って!」
それは朔太郎の本心だった。
ポンコツな二人を心配するあまり、ちょっと揶揄っただけだった。
予想外だったのが、優斗の雨宮舞穂に対する感情のガチ度合いであったー
「明日も更新します」




