第9話「冒険者と『拳法使い』」
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……元の世界に帰りたいかって?
そりゃ、戻りたいよー。てか、絶対に帰るしね。
少女は満面の笑みで答える。
オレンジ色のチャイナドレスを着た、小さな体の女の子。体のラインがぴったりと見えるが、それは健全と呼べるほど平坦だ。そんな彼女の笑顔は、まるでヒマワリのように晴れやかだった。
多くのクラスメイトたちは、この異世界での生活に順応していた。生きがいを見つけた人。もっと楽しいことを見つけた人。ただ元の世界に帰りたくない人。そんな仲間たちを見ながらも、少女の考えが変わることはなかった。
元の世界に帰りたい。
そこに特別な理由があるわけじゃない。
両親に会いたいとか。元の世界で叶えたい夢があるとか。そういった考えではない。
……ウチに帰ってねー。サクちゃんとおじいちゃんと一緒に、深夜のラーメン屋で食べながら。あー、やっぱり世界ってクソだなぁ、って笑い飛ばしてやるの。彼女はそう言って遠くを見る。
「そのために猫はね。今日も頑張っているんだー」
チャイナドレスを身に纏った、小柄な『拳法使い』。
李・猫々は相棒の朔太郎に向けて笑みを零した。
「そうだな。じゃあ、さっさと元の世界に帰れるように頑張ろうぜ」
「うん! サクちゃん、見ていてね。猫がんばるから!」
少女は満面の笑みを浮かべて。
目の前で気絶している魔物へと歩いていく。大型の熊のような魔物だった。その魔物に近づき、オスの股だけにぶら下がっている玉へと手を伸ばすと。
……素手で、何か球状のものを握り潰した。
魔物の悲鳴が響き渡った。
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「おいおい、何を湿気た面をしてんだよ。優斗よ」
「なんだ、朔太郎か」
優斗は不機嫌そうに答える。
優斗にとって雁朔太郎とは、気兼ねなく話せる数少ない友人だった。職業は冒険者だ。元のクラスでは、ほとんど話したことがなかったが、この異世界に来てからは、一緒に依頼をするうちに自然と打ち解けていた。今では、こうして下の名前で呼び合うことが自然となっている。
「五郎、おかわり! 大盛りで頼むぜ!」
隣の席に座っている朔太郎が、カウンター越しに厨房へと声をかけている。そんな友人のことを、優斗は恨めしそうに見ていた。
「あ? 優斗は食わないのか? 今日の日替わり五郎メニューは、クリームパスタだぜ。うまいぞ?」
「……もう、お金がないんだよ」
「ふーん、そうか。……えっ、はぁ!?」
優斗が不機嫌そうに答えると、朔太郎は驚愕したような顔をした。彼が驚いた顔をするなど、滅多にないことだった。
「は? この前、ゴブリン・ロードを討伐したときの報酬金はどうした? あれだけでも、しばらくは遊んで暮らせるはずだろう―」
朔太郎が慌てながら質問するが、優斗は居たたまれなくなって視線をそらす。しばらくは遊んで暮らせるほどの大金を手にしておきながら。
優斗はこの一週間で、……破産していた。




