第1話Bパート~転校生との初めての会話~
「次、氷室!」
「――はい」
その言葉と共に、氷室さんが校庭を走る。
白い砂を舞わせてグラウンドを駆け抜けた彼女は――白く伸びた足で、地面を強く踏みしめた。
フワッ……
「きゃーーーっ!」
「氷室さんすっげー! 校内記録だぁ!」
彼女が走り高跳びのバーを飛び越えた瞬間、歓声が上がった。まるで宙へ放物線を描くように飛んだ彼女は、そのままマットの上へ足から着地。一段他の人より高い場所へ立つ彼女は、まるで舞台女優のようだった。
「ひゃー、すごいなあの転校生。もうクラスの人気者になっちまったぜ」
木村君がまた話しかけてくるが、僕は言葉を返さなかった。
僕の視線は彼女にくぎ付けになっていた。グラウンドの中心で輝く彼女から目を離せない。
僕はいつの間にか、彼女に夢中になっていた。
……
「ね、氷室さん、ケーキ屋さん行こ! すっごく美味しいお店知ってるんだ!」
「うん、賛成! ねぇ、一緒に行こうよぉ~っ!」
放課後になっても氷室さんは人気だった。
席の周りには人だかりが絶えず、氷室さんを近くのケーキ屋さんへ連れて行こうとする。
氷室さんはそのお願いに静かにうなずく。その光景を、僕は窓際の遠くの席からずっと見ていた。
「氷室さん人気だよなぁ」
すると、また木村君が話しかけてきた。
「こうしてずっと浅谷が氷室さんに夢中になるくらいには、魅力的だからなぁ」
そうニヤニヤしながら見られるのが嫌だったので、僕は席を立って教室を出ようとする。
そして教室の扉へ近づいた、その瞬間だった。
「うわっ……!」
バタンッ!
僕は扉の前で尻もちをついた。誰かに当たって倒れてしまったのだ。
「きゃっ! み、皆のノートが……!」
そのせいで散らばったクラスメイトたちのノート。それを慌てて集めようとするも、あまりにも焦り過ぎてまた前のめりになって倒れてしまう。クラス中から笑い声が聞こえた後……冷たい視線を感じる。
「……浅谷君は何もしなくていいよ。大丈夫だから帰って」
「え、でも……」
「大丈夫だから。早く行って」
そうノートを運んでいた女の子に強く言われ、僕は何も言い返せなくなる。
こんな様になってしまったことを恥ずかしく想いながら、上を見上げると……
「――」
氷室さんが、そこにいた。
「あ……ッ!」
僕の横を通り過ぎる氷室さん。綺麗だ。その美しさに思わず見惚れてしまった。
「――ねぇ」
「え……な、何ですか!?」
「――そこにいると、教室から出られない」
「あ……」
そこでようやく冷静になり、自分がまだ教室の扉の前にいたことに気づいた。
「あ、あの、ごめんなさい! 僕、前を見てなくて……」
「――」
「あ……」
僕がすぐ扉の前から除けると、彼女は何も言わず僕の前を過ぎ去った。
そして友達と合流し、さっき言ってたであろうケーキ屋さんへと向かっていった。
「……」
そうだ。僕と さんでは住む世界が違うんだ。
氷室さんは、あの輝く舞台に立てる人だ。
一方で、僕は違う。どんなに努力しても、肉体機能障害のせいであの舞台には絶対立てないことが保証されている。
そんな僕と、氷室さんが関われるわけがない……そんな当たり前の現実を、僕は今になってわからされた。
……
「あ、ハツネさん! おかえりなさい!」
「只今戻りました梶野さん。司令は?」
「おう、今総理とやり合ってる。しばらくは戻らんな」
「そうですか、副司令」
「……んー?」
「どうしたの、小川さん?」
「うんにゃ、どうにもねぇ……怪しい反応があるんだよねぇ」
「え……まさか、ラスタ・レルラ!?」
「いや、まだそうと決まったわけじゃないけど……ていうかこのシステムでの検出が初めてだし……」
「どうしますか、副司令」
「なんで俺に聞くんだ」
「司令がいない今、あなたが最高司令官です。状況に対する対応をご指示下さい」
「……小川、解析進めろ。梶野はその補助。ハツネは今から現場に向かってくれ」
「ッ、海堂副司令! それはあまりにも……!」
「仕方ねぇだろ、司令がいないんじゃ。大丈夫、きっと司令も同じこと言うさ」
「了解です、副司令。では、状況を開始します」
「あぁ。だが勿論第一命令優先だ。無茶はするな。自分がどれだけ貴重な存在か、わかってるな?」
「――はい」
……
「……はぁ」
僕は一人で山に来ていた。
ここは僕の秘密基地。誰にも知られていない秘密の場所だ。
「氷室さんに嫌われたかな……」
僕はそう一人ごちる。さっきの出来事のせいで氷室さんに嫌われたのではないかと思い、気が重くなる。
だからか、ここに来てた。昔から落ち込むと、この秘密基地に来ていた。高校の裏山の奥地、放置されたプレハブ小屋。そこの扉を開けると、中にはロボットがぎっしりと並んでいた。
「へへ……」
そこで僕はお気に入りの一体を手に取る。そしてそれを一人静かに弄り始めた。もちろん、音楽は僕の脳内になっている。このロボットに相応しい、熱血なBGMだ。
「さぁ行くぞ……必殺、ロケットパーンチ……ッ!」
そして僕はパンチの発射ボタンを押して拳を飛ばした。僕の中ではこの拳は数キロ先まで飛んだ。そんな妄想をするだけでさっきまでの憂鬱な気分が吹き飛んでいった。
小学生の時、偶然このプレハブ小屋を見つけた。放置された部屋は汚く最初はすぐ逃げたが、その後両親が僕の玩具を捨てようかと話しているのを聞き、ここにロボットを避難させたのが始まりだった。
当時の僕はここをどうにか掃除して、なんとか僕のコレクション部屋に変えた。日が落ちるまでしか過ごせないのが難点だが、その分日中は思い切り遊べる。その空間にいるのが楽しくて、以来高校生の今まで僕はここに通い続けていた。
ここで一人過ごすのが、僕にとっての唯一のストレス発散。幸い部活もしてないし友達もいない。そんな時間に縛られない世界が、僕はどうしようもなく好きだった。
「……氷室さんは、こんなの嫌いだよなぁ」
だが、ふとそんなことを考えてしまった。
何故だろう。なんで さんのことを考えてしまうんだろう。
さっきまでロボット遊びに夢中になっていた。なのに、今はまた さんのことで頭がいっぱいになっている。それが不思議で、いつの間にか僕はロボットを弄る遊びを止めていた。
そして、ついに寂しくなり、僕は小さくため息をついた。
「……氷室さんは、今何をしてるんだろうな」
「――現在秘密任務のため詳細は語れません」
「……ん?」
隣で何故か氷室さんの声が聞こえた。
空耳だろうと振り返ってみると……
「――あ。今のは話してはいけないのでした。どうぞ、聞かなかったことにして下さい」
さんがいた。
「ひゃあっ!?」
僕は思わず椅子から転げ落ちた。
ど、どうして氷室さんが僕の秘密基地に……!?
「――浅谷さんは、ロボットが好きなんですか?」
「え……な、なんで僕の名前……」
「――教室で見ましたから。それで、ロボットはお好きなんですか?」
「あ、あぁ、うん……」
氷室さんは僕のコレクションを冷静に見つめていた。そこには軽蔑も冷笑もない。ただただ僕のコレクションを眺めてるだけだった。
「どうしてロボットが好きなんですか?」
「え……えっと……」
突然始まった会話に僕は拙くも答える。
「え、えっと……ロボットってさ、かっこいいじゃん……すごく動けて、強くて……僕、そんなところに憧れててさ……」
「――元は、人を殺すための道具だとしてもですか?」
その言葉に、僕は言葉を詰まらせる。氷室さんが僕を見つめる視線は、とても冷静だった。ただただ疑問だ、そう言った風に。
「……そうかもしれないけど」
だから、僕は口を開いた。
「それでも、僕は好きだよ……だってそれは、誰かを守れた証でもあると思うから」
彼女が、答えを欲しそうにしていたから。
「――」
その言葉を聞いてしばらく僕を見つめた後、彼女は僕から視線を外した。
あ、あれ? 気に入らなかったのかな……
そう不安になった時……
「――伏せて下さい」
え……と言葉に出す暇もなく。
ドガシャアアアアアアッ!!!
「え……!?」
僕の秘密基地の天井が……崩れていった。