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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぼくたちの降霊術

作者: けろきち

 夏休みも間近に迫った、ある日の昼休み。教室の窓から校庭の水溜まりを眺めながら、悠希(ゆうき)は退屈そうにため息をついた。


 降り続く雨のせいで、ここ最近サッカーができず、彼の気分は梅雨空のようにどんよりとしている。



「あーあ、つっまんねーな。なんか楽しいことないのかよ、(かおる)



 前の席の少年に話しかけるが、返事がない。席を立って薫の目の前まで行くが、読んでいる本に夢中で全然気がつかないようだ。



「『教室の怪談』? お前、小6にもなってよくこんな幼稚な本を借りるよな」


「うわぁビックリした! ……ちょっと、まだ読んでるのに持っていかないでよ」


「見せてみろよ、どうせガキっぽい作り話しか載ってないだろ」



 声をかけただけで怖がった臆病な薫の手から、本を取り上げてパラパラとめくってみる。


 音楽室のベートーベン、トイレの花子さん、校庭の二宮金次郎……悠希でも知っているような有名な話ばかりだ。本を閉じようとしたその時、巻末のおまけページが彼の目に飛び込んできた。



「これ、おもしろそうじゃん。やってみようぜ」



 そう言って悠希は、『君にもできる降霊術』というコーナーを薫に見せた。幽霊を呼び出して、コミュニケーションをとる方法がいくつか紹介されている。



「ほら、深夜2時にFMラジオのダイヤルを66.6に合わせると死者の声が聞こえるんだってさ」


「今時ラジオなんて、持ってるわけないよ」


「薫んちの親はマジメだからさ。あるんじゃねーの? 防災用ラジオ」


「確かに非常用袋を探せばあるだろうけど、夜中に集まれる場所がないじゃないか」



 それもそうか。納得して諦めようとすると、ふいに後ろから声が聞こえた。



「うちに来る? 今日ちょうど親が夜勤なんだ」



 振り返ると、すぐそばに転校生の瑛人(えいと)が立っていた。やせた体で、表情の見えないぼんやりとした顔をしている。


 無口で普段は滅多に喋らないタイプなので、こんな風に話しかけられるのは初めてだ。



「うちは片親で、母さんが看護師だから。泊まりに来ても絶対バレないよ」


「おっ、楽しそうじゃん! 子どもだけで夜ふかしなんて、考えただけでワクワクしてくるぜ。明日は休みだし、薫も来るよな」


「えぇっ? あー……うん」



 薫は見るからに乗り気じゃないが、そんなことは関係ない。大して仲良くないヤツの家に泊まるのは、確かに少し気が引けるが、幽霊の声を聞いてみたいという欲求の方がはるかに上回っていたのだ。


 悠希は無理やり彼を道連れにして、瑛人の家に泊まりに行くことにした。



◇◆



 薫の家でお泊まり会をするとウソをついたら、親はすぐに許してくれた。


 思った通り、幼なじみで親の信頼も厚い薫の名前を出せば楽勝だ。パジャマや着替え、歯ブラシなどのお泊まりセットを急いでカバンに詰めて、悠希は家を飛び出した。


 瑛人の家は、町はずれにある古くて小さなアパートだった。もう母親は仕事に出てしまったようで、彼が1人で出迎えてくれた。



「よく夜に留守番してるの? 家に誰もいなくて寂しくないか?」



 薫がなかなか来ないので、2人でゲームをしながら世間話をして時間を潰す。家の中があまりにも静かなので、気になって聞いてみると、抑揚のない声でこう返ってきた。



「別に。お父さんが死ぬ前の方が、ずっとつらかったし大変だったよ」



 瑛人の父親は、ここに越してくる直前に突然亡くなったと聞いたことがある。気まずくなって黙り込んでいると、インターホンが鳴る音がした。


 悠希が腰を上げたとき、隣に座っていた瑛人がポツリとつぶやいた。



「……それでも、ぼくはやっぱりお父さんには生きていてほしかった」



◇◆



「突然の話だったから親に怪しまれたんだ」



 薫はそう言い訳しながら、防災用ラジオと親に持たされたお菓子を悠希に手渡した。


 それから3人は、瑛人の親が作ってくれた夕飯のカレーを食べたり、近所の銭湯に行ったり、流行りの動画を見たりして、しばらく幽霊とは無縁の楽しい時間を過ごした。



 深夜1時、眠くなってきた悠希が「そろそろ布団を敷こうぜ」と呼びかける。



「ラジオはいいの?」



 危ない、目的を忘れるところだった。瑛人の言葉でハッとする。幽霊の声を聞くために集まったのだということを、悠希は思い出した。


 何度も眠りそうになりながらも、お互いを揺すったり、叩いたりして起こし合う。そうこうしているうちに、やっと例の降霊術を試すことができる時刻となった。



◇◆



「いくら雰囲気を出したいからって、電気まで消すことないじゃないか」



 薫の不満げな声を無視して、悠希は真っ暗闇の中で懐中電灯をつける。自分の顔を下から照らすと、怖がりの薫は予想通り「ギャー」と叫んだ。


 ダイニングテーブルに置いたラジオの電源を入れて、ダイヤルを66.6に合わせるが、「ザザザザ……」という不快な音しか鳴らない。



「ほっ、ほら。降霊術なんて嘘っぱちだよ。さっさとやめて寝よう?」



 このまま続けても、幽霊の声なんて聞こえそうにない。薫の本でも読んだ方が、まだスリルがありそうだ。


 そう思ってラジオを切ろうとすると、瑛人がボリュームを一気に上げた。



「真夜中なのにうるせーだろ」



 怒って注意すると、瑛人は指を口の前に当てて、低い声でこう言った。



「ねぇ……なんか、聞こえない?」


「ノ……ノイズしか聞こえないよ。早く切ろうよ」



 慌ててスイッチに手を伸ばそうとする薫を、悠希が止めた。


 耳をすますと、外の雨音や機械音に混ざって、かすかに人の声が聞こえる。



「おぉ……」


「うぅ……」



 地の底から響くような、男の暗いうめき声。


 しばらく経つと、声の主は同じ言葉を繰り返し呟くようになった。



「おま……たちが……した……」


「今……なにか喋ったよな」



 険しい表情の瑛人と、顔面蒼白の薫の顔を交互に見ながら、悠希はそう確かめた。



 ――お前たちが殺した――



 間違いない。ラジオの声は、はっきりとそう告げている。一体、どういう意味なんだ。



「まさか本当に、幽霊の声が聞こえるなんて」



 普段は冷静な瑛人も、恐怖で震えている。



「ちがう、違う。そんなわけないよ」



 薫が心霊現象を否定しながらスイッチを何度も押すが、音は一向に消えない。



「なんで電源が切れないの? どうして? どうして……? うわああぁぁ……!!!」



 錯乱した薫は、ラジオをつかむと壁に向かって思い切り投げつけた。


 ――ガッシャーン!!!


 大きな音をたてて壁にぶつかり、そのまま床に落ちたラジオからは、もう何の音も聞こえなかった。



◇◆


 

 瑛人がおもむろに立ち上がって電気をつけると、悠希はやっと恐怖から解放された気がした。だが薫はいまだにパニック状態のようで、持ってきた荷物を猛烈なスピードでまとめている。



「もう嫌だ! 家に帰る!!」


「バカ、嘘がバレるだろ」



 必死で止めようとするが、悠希の話などまるで聞こうとしない。


 リュックを背負って出ていこうとする薫と格闘していると、背後から瑛人の声がした。



「さっき聞いていたラジオの周波数と、ほとんど同じ局があるよ」



 瑛人は電池が飛び出たラジオを片手に、穏やかな笑みを浮かべていた。それがかえって不気味で、悠希は思わず顔をしかめる。



「そんなの、一度も聞いたことがないぞ」


「ぼくが引っ越してくる前に住んでた町にあったんだ。ドライブの時、よく聴いていたんだよ」



 それだ! そう叫んだ悠希の顔に血色が戻ってきた。



「さっき聞いたのは、そのラジオ局の番組だよ。エリア外でも電波を拾うことがあるって聞いたことがあるもん。絶対それだよ!」


「あんな不気味な声のDJ、いるわけないだろ……」



 なおも疑問を口にしようとする悠希を、ものすごい勢いで薫が遮った。



「夏だから怪談特集でもやってたんだ、悪趣味だよなぁ~。瑛人も早く言ってくれればよかったのに。驚いて損しちゃった」



 そう言って方向転換した薫は、さっさと部屋の中へと戻って行った。


 でも瑛人って、新幹線で数時間かかる所に住んでいたんじゃなかったか……? 瑛人の説明に納得がいかない悠希だが、薫が帰りたがると厄介なので黙っていることにした。



◇◆



 怖がり疲れたのか、薫は布団に入るとすぐに眠りについたようだった。2枚の敷布団に3人で寝ているので、すぐ隣で寝息が聞こえる。


 悠希は目を閉じているが、ラジオのことが気になって眠ることができない。


 声を聞いている間じゅうずっと、氷のように冷えた手で心臓をぎゅっと掴まれるような、おぞましい感覚に襲われていた。あれが血の通った人間のものとは、悠希にはどうしても思えなかった。



 どれくらいの時間、横になっていたのだろう。外がうっすらと明るくなってきたのを感じて、悠希はそっと目を開いた。


 寝室の隅に、黒っぽい影の塊が見える。薫か瑛人が座り込んでいるのだろうか。悠希は起き上がろうとしたが、体がずっしりと重く、ぴくりとも動かない。まるで、誰かにのしかかられて手足を抑えつけられているようだ。



(これって……金縛りか?)



 影は立ち上がり、悠希たちの方に向かってゆっくりと近づいてきた。体の自由を奪われている悠希は、その場から逃げ出すことも、恐怖のあまり悲鳴を上げることもできない。


 目が慣れてきたのだろうか。初めはぼんやりとしていた影の輪郭が、はっきりと見えてきた。


 知らない男が、悠希たちの足元に立ってじっと見下ろしている。顔は青白く、頬がこけて、うつろな表情をしている。



「ごめんなさい、お父さん……」



 隣から、瑛人のか細い声が聞こえてきた。男は、何も映していないように見える(くら)い目を瑛人の方に向けると、口の端をゆがめてニタァっと笑いだした。


 すぐ傍に、ひんやりとした気配を感じた。男の腕が、瑛人に向かって伸びていく。



(やばい、襲われる……!!)



 悠希の意識は、そこで途切れてしまった。



◇◆



 気がついた時には、悠希は薫と一緒に玄関先で靴を履いているところだった。朝の8時半。もうすぐ瑛人の母親が帰ってくる時間だ。


 着替えも朝食も済ませているが、不思議なことに全く記憶に残っていない。



「泊めてくれてありがとう。今度はうちにも遊びにきてね」



 状況が理解できずに呆然としていた悠希は、薫の声で我に返った。急いで立ち上がると、カバンを手に取り、お礼の言葉を告げる。


 瑛人は、何事もなかったような顔をして2人に別れの挨拶をしてくれる。



(明け方に見たことは、全部夢だったっていうのかよ……?)



 外に出て振り返ると瑛人と目が合うが、なんの感情も読みとることができない。


 無言で扉を閉めようとすると、ささやくような声が聞こえた。



「……ありがとう」



 瑛人の口の端が、かすかにゆがんで笑みを作る。


 その顔は、彼が『お父さん』と呼んだ幽霊とそっくり同じ表情を浮かべていた。



◇◆



 悠希と薫は、それきり瑛人に会うことはなかった。


 あの日から『家庭の事情』で学校を休むようになった瑛人は、夏休み前にどこか遠い町へと引っ越してしまったのだ。


 どうやら、瑛人は祖父母に引き取られたらしい。母親については、逮捕されたとか失踪したとか色々な噂が飛び交ったけれど、悠希には真相を知る(よし)もなかった。



 家族旅行の道中、車内でラジオを聴いていると、県境を越えた頃に不快なノイズが混じるようになる。


 悠希はその音を聞くたびに、瑛人と彼の『お父さん』の仄暗(ほのぐら)い笑顔を思い出すのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか。

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