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 自分が園内のベンチに座りこみ、青空をボケっと見上げてることに気づくまで、多少の時間がかかった。フリーフォールから逃げるように去りここへ来るまで、俺は町田と何を話し何を話さなかった?

 すぐ横には俺と町田のリュックが置かれている。彼女のほうは開いたままで、ウェットティッシュと消臭剤リセッシュが見えた。やがて浮かび上がる、記憶のピースども。

 応急処置としてウェットティッシュやリセッシュを酷使し、服の汚れや異臭と格闘した彼女。俺の口元や服にも取りかかり、マトモな具合に仕上げてくれた。

 だが気持ちまでは晴れず、彼女への罪悪感を何重にも強く感じる。

 ……仮設テントの売店へ目をやると、分身どもを引き連れた町田が見えた。温かそうな湯気が両手から上がり、また何か買ってきてくれたとわかる。

 感謝で一杯だけど、今度はコーヒーじゃないといいな。ミルクや砂糖がいくら入っていようと、まったく入っていなくても、今日はもうゴメンだ。


 嬉しいことにコーヒーじゃなかった。

 町田が買ってきてくれたのは、温かいアップルティーだ。酸味を覚えさせる芳香が漂う。香りを嗅いだだけで、気分が少し晴れた。

「ありがと」

紙コップから右手一杯に温もりが広がっていく。三口飲む頃には、全身一杯に。

「そろそろ帰る? とりあえずその、今日はさ?」

彼女は「今日」という言葉を強調し言った。俺は考えこむフリをし、分身どもをカウントする。奴らはレモン色の陽光に照らされ、右半身を輝かせている。

 ……あと十五匹だ。「十五」という言葉から、自分たちの年齢を連想する。十五匹に十五歳。

「いや」

そう呟き、西空を見やった。斜陽が眩しい中、真新しい観覧車が存在感を放っている。

 フリーフォール同様、リニューアルに合わせ建てられた、珍しい二人乗りの観覧車だ。カップル向けのアトラクションだからと、クラスの立川に勧められていた。彼は、俺と町田が「次のステップ」へ上がるよう期待してるが、それは無理な話だ。

 それはさておき、フリーフォールに次ぐ高さのあの観覧車は、残党の皆殺しにちょうどいい。このいわゆる「遊園地デート」も潔く締められそうだ。


「あの観覧車を最後にどう?」

「んんっ、いいよいいよ!」

町田が快諾したのは当然だ。拍子に紙コップを落としかけたほど、彼女は無邪気に喜んでいた。ゲロの件などサッパリ忘れてくれたらしい。

 ……ここで俺の気持ちに乱れが生じた。

 あと少しで分身問題を解決できそうという期待と喜び、そしてやる気が湧いている。しかしそこへ、罪悪感の塊が猛スピードで突っこんできた。

 俺へ片思いする彼女だけでなく、勝手に応援するクラスメートや親への申し訳なさも湧いてくる。

「本当に大丈夫? 気分はちゃんと落ち着いた?」

ここで彼女の気遣い。ありがたいけど、今や彼女は罪悪感の根源と言えてしまう。

「かなり楽になったよ。けどお前、高い所はイヤじゃなかった?」

俺の問いかけに、彼女は首を数回横に振った。

「もし怖くなったら、目つむるから平気平気!」

パニック系じゃないし、観覧車なら高くても大丈夫だろう。

 ……どのみち怖くなくても、彼女には目をつむる展開が待っている。残党の分身どもが、次々死んでいく間も。

「何か食べてから行かない? すっかり腹ペコでさ」

吐いたせいで空腹だし、締める前に腹ごしらえだ。さらに体が温まり、スタミナのある物を食べておきたい。

「おおっ、いいね。じゃあ待ってて!」

彼女は駆け足で売店へ向かう。走り出す際、投げるようにコップを俺に渡してきた。今さらちっとも驚かない展開だ。

 ……そのスキマ時間を活かし、町田に一服与えられる。

 これは彼女に目をつむらせ、恐怖から遠ざけるためだ。自分にそう言い聞かせつつ、睡眠薬の粉末をコップへ注ぎこむ。

 けどその自己弁護は、湧き上がる罪悪感でたちまち消え失せた。粉を溶かすべくコップを揺する手は止まり、良心が俺に再検討を促す。「一度失敗したじゃないか」や「自分の分が無くなるだけのムダ」という声が、自分自身から届けられた……。


 最後の一粒が溶けた時、町田はちょうど戻ってきた。彼女は何一つ怪しまず、紙コップを俺から左手で受け取る。右手の発泡トレーには、醤油の香ばしい匂いに包まれた焼き鳥が二串ある。それはつくね団子だが、食欲より先に戸惑いが湧く。

 ……飲ませないほうがいいか? 罪悪感から湧いた声と提案に、俺の決意がグラグラ揺れ動く。渡し間違えたと言い、コップを交換するべきか。

 だがそれは、パタンと収まる。決意が倒れる前に、彼女がゴクゴク飲み始めてくれた。助け舟を出されたと思うほど勢いよく……。


 町田の様子を伺いつつ紅茶を飲んでると、彼女が発泡トレーを差し出し、一串勧めてきた。五個の茶色いつくね団子は日に照らされ、テカテカと美味しそうな輝きを放つ。空きっ腹の俺は、すぐさま口へ運んだ。ついさっきの戸惑いは、幻のように消えている。

 一串だけど肉は肉! フワフワ食感の中で白ネギが香ばしく弾け、肉汁に新鮮さを添える。

「ジューシー、すっごくジューシーだよね!」

安っぽい感想を述べる町田。俺が二つ目を噛み潰すときには、一串食べ終えていた。

「これ、鶏肉だよな?」

美味いのは確かだけど、どうも違和感がある。妙に混じったスジの欠片にも……。

「せっかくだし当てて?」

意地悪く問いかけてきた彼女。

「カモか?」

「ええっ、騙してなんかいないよ?」

「……いや、鳥のカモなのかって?」

「ああっ、そういう意味ね。違うけど近い」

野鳥の何かだな。俺は目星をつけながら、三つ目を茶で流しこんだ。リンゴ果汁の酸味で阻みながらも、この違和感は拭えない。

「スズメか?」

そう言い、残り二つは彼女にくれてやった。

「うん、スズメなどだって!」

彼女はそう答えるなり、二つとも口へ運んだ。そして食べ終えると、茶をゴクッと飲み干した。睡眠薬が効いてないと思えるほど、彼女は達者でいる。

 溶け切った粉末は、哀れな野鳥と共に胃袋へ確かに収まった! 薬への耐性が、彼女にほんの少々付いてるだけに決まってる!

 俺は自分を安心させながら、茶を一気に飲み干す。それから紙コップを握り潰し、ゴミ箱へ放り投げた。……よし、成功だ。

「おっ、点数つけておこうか?」

彼女はニヤニヤ笑い、リュックからノートを取り出すフリを披露した。

 ……そのとき俺は、分身どもがニヤニヤ笑ったところを目にする。一秒いくかいかないかだけど、無表情に歪みが生じていた……。クソッ!

 心の中で毒づいた拍子に、俺は彼女の右手を握りしめる。世間一般的な愛情ある握り方じゃなく、少々荒っぽくいきなり。

「ちょ、ちょっと!」

彼女は当然戸惑った。目を見開き、口は文字通り魚のように。

 けど抵抗する気はなく、なんというかその、俺に身を委ねても構わないご様子。……いや、この表現は気色悪い。「受け身でいたい」が適切だろう。


 それから俺は町田の手を引き、観覧車へ向かう。転ばないように注意しつつ、突き進むような早歩きで。

「…………」

彼女は何も言わず、顔を伏せている。ただ、戸惑いながらも反感は抱いてない。胸の高まりや興奮の震えが、彼女の右手から俺の左手へ、ウザいほど伝わってくるからだ。

 ついてくる分身どもは、今は普段通りの無表情だ。しかし、いつ歪んでもおかしくない。心の準備をしておけよと、誰かに言われた気すらした。

 けどここで戸惑い、再び訪れた流れをムダにできない。このまま突き進んだ先には、少なくとも悪くない未来がある! ……俺は自分を安心させた。

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