終.修正
うわっ、これはこれは……。
暖房を利かせ過ぎたのか、寝汗でパジャマが上下ともびしょ濡れだ。起き上がる際に重みを覚えるほどで、汗の臭いが鼻につく。
「放りこむか」
母におねしょと誤解され、時間をムダにしたくない。月曜朝の時間は、一秒一秒が重いもの。入学先の高校が決まってるといえ、通知簿に傷つくのはゴメンだ。
シャツとズボンを着用し、リビングで両親と朝食を取る。テレビで流れる隣町の遊園地の映像に、自然と目が向いた。新型観覧車にズラリと二列で並ぶ、カップルの大群。寒風に吹かれながらも、今か今かと楽しげに待つ面々。
「二人乗りか」
羨ましい! もし叶うなら、クラスの檜原さんと行きたいところ。
「高校に入ったら直樹も、イイ子連れていきなよ? 変な虫は困るけど」
「見た目だけ求めるのは駄目だぞ。長いスパンで付き合える相手にしなさい」
ああクソッ、しつこいな! 両親に何回何十回言われなくても、俺なりに考えてるのに。
テレビから目を背け、朝食を済ませてしまう。他の新アトラクションの紹介にも興味をそそられるけど、身支度を適当にできない。このクセ毛だけじゃなく、今朝は寝癖も酷いからな。両親対応の余裕などない。
結局いつもの時間に家を出た俺は、ファミマの角から空を見上げる。ふと立ち止まり、辺りを伺いたくなった。中学を来春卒業すれば、この辺りには来ない。駅とは逆方向だ。
カラッと晴れ渡る冬空から、カラスが舞い降りた。そいつは歩道のゴミ置場を漁り、生ゴミビュッフェな袋を引き出す。誰かがネットかけをミスったせいで、リンゴの皮やらが散乱していく……。
「よう、おはよっ!」
そんなモーニングタイムを眺めていると、立川に声をかけられた。彼はファミマのレジ袋片手に、温かそうなチキンを食べかけている。
「おはよう。朝からよく喰えるな」
「コレ、クリスピーチキンだから平気平気」
そう言うとかぶりつく。俺はパサパサしたフライドチキンは好きじゃない。ローソンのLチキのように少々脂っこいほうが好み。
「もう二本あるけどいるか?」
ニヤニヤ顔で勧めてきた。
「いらん!」
今朝もこんなだけど、来春からは別世界だろうな。この程度のやり取りすら青春だったと、将来思い返すのは間違いない。今だって油断すれば、涙一粒流しそう。
「おっと」
教室に入りかけたとき、檜原さんと衝突しかける。同姓じゃなく、あの檜原さんと!
「ごめんね」
彼女はそう言うと、廊下を駆けていく。今の時間的にトイレだな。……しまった、謝り損ねた!
「ぶつかってたら、新たな展開へ持っていけたかもな」
立川がいかにも残念そうに言った。……罪悪感に悔しさやイラつきが加わり、彼を殴りたい気持ちに駆られる。もちろん耐えたけど。
自席につき、ふと周りを見回す。インフルエンザが流行してるのか、高校決定からのズル休みか、空席があちこちに目立つ。クラス全体で十二人分も空いてるとわかるなり、俺は寂しさや侘しさを覚えた。……まあ、檜原さんや黒板を見やすくなるからイイか。
その檜原さんが教室の席についたとき、前側のドアが開く。ほぼ同時に鳴り始める、朝の……。
「おはようさん、おはようサンタ!」
チャイム音や担任三宅の声が入ってこない。耳に届いているものの、脳が受け取れない具合だ。胸はドキドキし、一拍ごとにペースが早まっていく。教科書の「胸が締め付けられる思い」という表現を、たった今理解できた。なんでなんで、これはいったい。
乾いた笑いの後、担任は出欠を取り始める。しかし、耳にただ届くだけで、脳は受け取れずパンク状態。ああクソッ!
「日野。次、日野! ……んんっ、いるじゃないか!」
聞こえるのは確実に、担任その人の声だ。教卓から届けられる、いつもの声。
「あっ、ハイッ!」
俺は担任がいるほうへ言った。
「オイ、まだボケッとできる歳じゃないぞ?」
「すいません」
とりあえず平謝り。謝ろう。
……けど、相手はそこにいない。夢や勘違いじゃないとすれば、担任が今存在するのは黒板の向こう側、つまり壁の中だ。
狂った? 俺か誰か何かが?
終わり