1.発生
増えている。今朝も彼女は増えていた。
彼女が増殖するたび、憂鬱な気分に陥ってしまう。例えるなら、苦手な数学で覚えづらい公式が、次々積み重なっていくような。
おかっぱ頭の彼女は、コンビニの駐車場の片隅に立っていた。一人ぼっちじゃなく大勢と共に……。
「おはよっ!」
俺に気づいた彼女が言った。そばの大勢が俺へ向ける、無言かつ無表情の顔。ここ最近のルーティンだ。
「おう、おはよう」
なかなか慣れることなく、不気味さが日に日に増すばかり。
ファミマの角を曲がり、地元中学校への一本道を進む俺たち。今朝も生徒指導役が校門に立ってるが、アレが脅威だと思わない。俺たちの背後につく「分身」どもと比べれば……。
さてと、分身は今朝で何人だっけ? 奴らを数えるのも、最近のルーティンの一つ。しかしそろそろ、カウンターが欲しくなる……。
……二十六人だ。最初の一人からこれほどの数に増え、増殖は止まない。
彼女は普段通り、素知らぬ様子で笑みを浮かべてる。本人は悪くないが、いい気なものだ。
分身という言葉は「子供」の例えじゃない。二十六という数字からわかるだろうけど。
俺こと日野直樹は中学三年生の男に過ぎず、彼女こと町田瑠梨は同級生の女だ。大人社会いわく、ビールやタバコ、セックスは法律でダメな御身分。髪だって同じ黒色で、平日はヘアワックスすら自粛してる。おかげで毎朝、クセ毛に苦労させられる。
ただ社会は、俺の抱えるマジな問題への解決法は教えてくれなかった。この「マジ」は、コンドームでの避妊や、高校の現実的な選び方とかじゃなく、別次元の厄介事。
「親友の分身が現れ、日々増殖していく」なんて、道徳や保健の教科書にも載っていない。そこで遠回しにクラスメートや親、賢そうな先生に尋ねたけど、時間のムダそのもので終わる。
この「町田の分身問題」を、海外の紛争程度で考えられれば気楽なもの。彼女から逃げれば解決できそうだが、誰でも簡単にできるわけじゃない。
半年後に俺は、近所の公園で桜が咲き散るのを見届ける。それも、無数の町田と共に……。
始めから話そう。中学生の俺が理解できた程度でも話せば、憂鬱な気分がマシになるかも。クソマジメに話した一度目も、数時間はマシになれたからな。
町田が増えた。つまり、彼女の分身が初めて現れたのは、夏休み前の木曜日の朝だ。来週からの夏休みで、どれぐらい本当に休めるか考えながら歩いていた。分身に気づけたのは、彼女へ挨拶を返したときだ。制服姿の上、日光の照り返しがキツく、クラスメートの誰かだと一度勘違いした。とはいえ、彼女と瓜二つの分身だとわかるまで時間はかからなかった。……理解のほうは全然だけど。
分身が初めて現れた日、彼女に恐る恐る尋ねた。「双子だったのか」から「幽霊を信じるか」まで様々な質問を。
しかし、「えっ、違うけど?」とか「疲れてるんじゃない?」といった返答で終わる。ミステリー系ドラマでありがちなやり取りを自分自身がやるなど、正直考えてもみなかった。
問題の答えを求めるだけで、何も行動していないわけじゃない。その努力は評価してほしい。なにせ、分身を見られるのは俺一人だけであり、彼女本人とも問題を共有できないんだ。
彼女の分身どもは、ずっと無表情かつ無反応で、何一つ喋らない。足音も立てず、彼女のそばで存在するのみ。
一学期終業式の暑い朝、分身を軽く殴ってみたが、悲鳴や非難の声はあげず、俺を凝視するだけ。しかし酷く不気味だった……。彼女本人には、「ど、どうしたの!?」と心配されたっけ。そう、彼女は悪くない。
分身どもは教室にも入りこみ、空き机に座ったり黒板を見えづらくする。彼女の机がすぐ右斜め前にあり、黒板はその向こうのため、視界に入りこんでしまう。こんな障害を受けるのは俺一人だけ……。
彼女は恋人じゃなく親友だけど、幼稚園以来の仲であり、放置するわけにいかなかった。何らかの悪影響が彼女に及ばないと限らない。……まあ、教室の後ろで列をなして並び、廊下に立ち見まで出る光景を目にすれば、誰でも行動に移るはず。
そして、解決へ動き始めると理解していけた。
まず増殖は、「平日」かつ「俺が接近する」と発生する。夏休み中、イオンモールで偶然会った日は増えなかったからだ。また彼女が、残暑にやられ学校を休んだ日もそうだった。
成績に響くのを覚悟で、仮病で午後から登校してみた結果、増殖する時間帯は朝に限らないともわかる。教室中の視線を集める中、分身が一人増えたとわかった際は、顔を歪めげんなりしたもの。
増殖させる神様は、日本製の腕時計やカレンダーを使ってるに違いない。身に覚えはないが、増殖は神様のイタズラか仕事か?
そこで彼女を連れ、近所の神社へお参りした。彼女はバカじゃないからごまかすのに苦労した。いくら話しても、彼女は分身の話を信じてくれない。
……正直あまり期待してなかったが、神頼みもダメらしい。
校門を過ぎ、校庭から校舎へ歩く間に、分身は二十六人じゃなく二十七人だと気づけた。分身どもはゾロゾロ歩きながら、数え間違えた俺へ視線を向けている。
二十七人全員が無口かつ無表情を保つ。不愛想な調子でずっと、町田のそばを絶対離れない。きっと授業やプライベートだけでなくて、トイレや風呂へも……。
「んんっ、どうかした?」
「い、いやその、何でもない!」
変な想像をしてしまった俺は、頭から邪念を払いのける。
美術の教科書に載ってそうな、町田および分身のシュールな光景には、吐き気を何度も催している。周囲には疲れや体調不良だとごまかせているが、自分自身にはそういかず……。分身どもを見せつけられるだけで、焦燥感が出てくるんだ。
同じクラスかつご近所の彼女から離れるのは簡単じゃない。まさか彼女を不登校へ追いやるわけにいかないし、俺にも将来がある。
けれど、分身が十二人まで増えた日、また大人に頼ってみようと決めた。自力で解決できないと認める形だが、プライドよりも健康を優先した。
帰宅後、健康保険証を持ち出して、眼科と心療内科にかかった。前者はいいが、後者には正直抵抗あった。「クソマジメに話した一度目」が、その後者での件だ。決して安くない、三割負担分の価値があると願いつつ、俺は足を運んだ。
……しかし、どっちも解決につながっていない。眼科で眼精疲労の薬を、心療内科で睡眠薬を出され終わった。保険証をそっと戻す際、せめて何かの難病だったらと、つい思った俺。
翌日の木曜日は、町田とファミマの角で合流せず、寂れた裏門から登校した。用務員の老婆が花壇に夢中だったおかげで、すんなりと早く教室に着けた。
普段と違う空気で満ちた学校に、賑やかさが増していく教室。入学当初のような新鮮さまで覚えたな。俺は一人感慨に浸りつつ、自習で時間を潰した。
彼女が教室に着いたのは、朝礼のチャイムが鳴る五分前だ。分身と同じ無表情だけど、彼女のそれには寂しさが浮かぶ。けど俺の顔を見た途端、彼女は普段の明るさを取り戻してみせた。
彼女たちを避けたい気持ちが、その日は朝から強烈だった。町田が嫌いになったわけじゃないが、心理的というか本能が受けつかなかった……。
俺はその、ひどく疲れていたんだ。彼女本人は悪くないけど、短時間でも離れていたかった。分身ども全員の世話を押しつけられたというやるせなさが、俺の中に降り積もっていた。
何かさせられたり、攻撃されたりもないけど、自分の日常を妨げる存在に変わりつつあったんだ。
そして、分身が二十人に達した日、俺はひとまずギブアップ……。
こんな状態で問題解決に動き続けても、ホントに頭が狂いかねない。そう考えた俺は、分身とその増殖は自然現象だと割り切り、時による解決や慣れに期待した。
問題を理解し解決できる能力が、俺に足りてなかった。悔しさや情けなさは湧いたけど、もはや諦めつつある。
大人たちの間に、困惑し放置してしまう難しい問題が存在するのはわかった。それも「耐えろ、受け入れろ」という類だ。
こうして俺は、増える分身問題を浅く考えることにした。気色悪さはあるけど、分身は数えるぐらいに留めなきゃダメらしい。周りは深く考えず、自分自身を生きるべきというわけ。
……そんな経緯があり、今日に至った次第だ。彼女と二十七人の分身どもと共に、今朝も教室へ入る俺。