スクランブル
「…誕生日に一緒にでかけようって誘ってくる男子って、どう思う?」
昼休み、いつも通り集まった有紗と由宇とあたしの前にはそれぞれ空になった弁当箱が並んでいる。ここからいつもなら予鈴までだらだら喋ってるのだが、今日だけは少し緊張しながらあたしから口を開いた。
あたしの言葉に、二人は固まってこちらをぽかんと見ている。そりゃそうだ、これまで恋バナなんかろくにしてこなかった。あまりにも急すぎる。そもそも誕生日にでかけると決まったのも急だったんだから。
「えっ…彼氏?」
恐る恐るという風に由宇が訪ねてくる。二人ともあたしの返事を聞き洩らさないように集中しているのがまるわかりだった。
「いや、まだ彼氏じゃない…」
「そっか『まだ』か~!」
「なるほど『まだ』ね~!」
こちらを伺うような少し緊張した空気から一転、途端にきゃっきゃとはしゃぎ始めて声のトーンがグッと上がる。いくら空き教室であたしたちしかいないとはいえ廊下には人がいるんだから勘弁してほしい。そんなに友達も多くないから噂にもならないと思うけど。
「同じ学校の人?」
「…いや、中学校の時の同級生」
少し考えてからとっさにしては上出来の嘘をでっちあげる。さすがにこの二人に「ネットで知り合った人で~」なんて言えない。絶対止められる。あたしがそっちの立場だったら絶対止めるし。
「誕生日にわざわざ誘うってことは絶対好きだよね」
由宇が真面目な顔で言うけれど、その口元は緩むのを抑えきれていない。くそ、人の恋愛をおもちゃみたいに思いやがって。ネットの炎上をおもちゃだと思ってるあたしが言えたことじゃないかもしれないが。
「告白されるんじゃない?」
「こっ…」
なんでもないみたいにさらっと言った有紗とは対照的にあたしは言葉を詰まらせる。告白とか、そんな、まだ会ったこともないのに。
まだ告白されると決まったわけじゃないのに、バカなあたしの脳みそはそのシチュエーションを考えて勝手に心の準備を進めてしまう。どんな表情で告白を受け止めて、どんな言葉を返せばいいのか。そもそもオッケーするのか断るのか。
ぐるぐると考えるあたしを見て、有紗と由宇が楽しそうに笑っている。
「いいな~、彼氏か~」
「…まだ告白されたわけじゃないし」
「誕生日に遊びにいって告白しないのはありえないでしょ」
由宇は結構ばっさりと言い切る。
でも確かに由宇の言う通りだった。友達が同じようなことになってたら、絶対あたしも同じことを考える。
てことは、誕生日にあたしは多分告白される。多分、とはいってるがこれはあたしの中で決定事項に近かった。そうなるといよいよその告白を受け入れるのか断るのかが問題になってくる。付き合いたいかそうじゃないかで言ったら付き合いたいけど、れおのことが恋愛的に好きかと言われたら微妙。だってまず会ったことないし。
どれだけ頭を悩ませても一向に心は決まらない。せめて告白の返事を決めてから土曜日になってほしい。
「…有紗と由宇さ」
「ん?」
「なに?」
「メイク教えて。あと当日の服決めるの手伝って」
小さく笑った二人はあたしのお願いを嬉々として受け入れてくれた。
この時あたしは初めてではないにしろ随分と久しぶりに、友達も悪くない、なんて思っていた。
十月三日、土曜日。勝負の日である。
あたしの住んでるところは県内の中心部まで電車で一時間くらいはかかる。だから、休みの日にも関わらず、学校に行く時と変わらない時間に起きた。ちょっとダルいけどそんなこと言ってられない。女子高生にとって結構なイベントなんだよ、告白って。
駅について電車を待っていると、手元のスマホが震えて通知を受け取る。れおからのメッセージだ。
『今出たとこ。会えるの楽しみにしてる』
外だから必死に抑えたけど、それでも多少なり口元がにやつく。下を向いて、いつもと違って下ろした髪で表情を隠した。実はちょっと巻いてある。何度か練習はしたけどうまく巻くのはやっぱり難しくて、洗面所で自分の髪と戦ってると休日の朝早くなのにお母さんが起きて手伝ってくれた。
『あたしも出たよ。楽しみだね~』
返信して、それからついでに軽くタイムラインを眺める。これはもう習慣というか、瞬きとか呼吸と同じようなものだ。家に出る前に一通り見たから新しい投稿は少なかった。
ホームに滑り込んできた電車に乗って、空いていた端の席に座る。この時間はいつもなら通勤ラッシュですし詰め状態だけど、土曜日ということもあってむしろちょっと空いているくらいだった。
ここから約一時間。あと一時間もすればれおに会える。
ネットで知り合った人と会ったことがないわけじゃないけど、今日のドキドキは他の人に会う時より強かった。人に会うだけでこんなに緊張するのは、それこそきぃと会う時以来かもしれない。きぃはれおと違って住んでる県も違うけど、思い切って会ったことがある。あれはあたしの十七年の中でも一大イベントだった。
今日ばかりは電車に乗ってる間中タイムラインに張り付く気分でもなくて、有紗と由宇と選んだ淡いピンク色のスカートの上で落ち着きなく指先をいじっていた。普段あんまりこういう色は着ないから落ち着かない。変じゃないかな。
ぼんやりと窓の外を眺めていれば、やっぱり考えてしまうのはれおのことで。それは今日会うんだからしょうがないことだけど、好きな子を意識してるみたいで恥ずかしかった。
さっきのDMでのやりとりが頭に浮かぶ。会えるのが楽しみだって言ってた。なんだか恋人のやりとりのようにも思えるそれに、いまさら恥ずかしくなってくる。
いつもとは違う服も顔に張り付いたメイクも軽く巻いた髪が頬にかかるのも、全部落ち着かない。気を逸らそうと躍起になっていると、ポケットの中でスマホが震えた。またれおからかな。しかし、画面の通知には「有紗」の文字。なんだ。
『誕生日おめでと!デート頑張って~!』
絵文字で彩られたメッセージに続いてウサギが踊りながら祝福してくるスタンプが送られてきている。有紗の声と喋り方で再生されるそのメッセージにほんの少し緊張が和らいだ。
有紗と由宇は休みの日の買い物に付き合ってくれて、ああでもないこうでもないとわりと真剣に選んでくれた。あたしは普段スマホにばかり張り付いていて友達としてのレベルが低いというのに、だ。これからはもう少し友達を大事にしてもいいかもしれない、というか、大事にしないと申し訳ない。
お母さんもコスメのお金はくれなかったけど服のお金はくれたし、男の子と遊びに行くと正直に話したらそれはそれは嬉しそうにしていた。あまりにも嬉しそうだったから親孝行はもうしばらく先でもいいと思う。
おかげで今日のあたしは万全の装備だった。多分今までで一番可愛い。もしも今日告白されなくてれおと友達以外のなにものでもない関係に収まったとしても、積極的にお洒落してもいいかなと思えるくらいには可愛い。もうちょっと早めに興味持っとけばよかったと軽く後悔した。
一時間というのは思った以上にあっという間で、次があたしの降りる駅だと告げる車掌さんの声にハッとなって顔を上げた。もう駅に着いたわけじゃないのにそわそわして落ち着かない。窓の向こうはこちらが気圧されるようなビル群に変わっている。
そのビル群から駅のホームに移り変わったタイミングで腰を上げた。ほんの数センチのヒールでさえ慣れないけど、おかげで背筋が伸びてる気がする。靴擦れしなきゃいいな。それがこの靴の唯一の懸念点だ。それさえなければ可愛いし休みの日はずっと履きたいくらいだけど、どうみても靴擦れしやすそうな形をしてる。
さすがに都会のど真ん中なだけあって降りる人も多い。ぶつからないように他のお客さんの波に乗りながら改札を抜けた。何人からかすれ違いざまとか追い抜かれるときに肩にぶつかられたが、今日のあたしはその程度のことでは怒らない。舌打ちはした。
待ち合わせは南口の改札を抜けた正面にある時計の下。頻繁に来るわけじゃないけどたまにお母さんや友達と遊びに来るから、南口の時計といわれてすぐにピンときた。
どこかのデザイナーがデザインしたんだろうと一目でわかるような凝った造形の赤い時計台はよく待ち合わせに使われる。台座の部分がベンチみたいに座れるようになっていて、土曜日ともなれば満席だった。そこに座ってる人たちはみんなタイプは違うけど、それぞれ気合の入ったお洒落な格好をしている。なんだか場違いな気がして、そちらから早めに視線を逸らした。
時計台の下に入れるスペースはないから近くの壁際に身を寄せる。何かのお店の壁だろうが、こちらも時計台からあぶれた人がずらりと並んでいる。
『着いたよ!時計台の横の壁際にいるね』
『わかった。俺ももうすぐ着く。どんな服着てるか教えて』
メッセージを打って送ればすぐに既読が付いて返信がくるのでさえ嬉しい。れおもあたしに会うのを楽しみにしてくれてる。
『白い花柄のシャツにピンクのスカート!』
『了解。見つける』
ああ、もうすぐだ。今日が終わる頃には、あたしも晴れて彼氏持ちになってるかもしれない。そしたらどうしよう。調子に乗って裏垢で「彼氏できたので浮上減ります」って呟こうかな。頭の中できぃが「それあたしの真似でしょ」と呆れたように笑うところまで浮かんだ。
都会のど真ん中の人混みらしく色んな声が行き交う。それぞれが何を言っているのか判別できないくらいに混じり合っていた。
そんな人混みの頭上をどこからかBGMが流れていく。きっと流行ってるんだろう。軽く口ずさみながら彼氏と腕を組む人や友達と揃って体を揺らす人もいる。あたしもこの曲には聞き覚えがあった。お昼の放送で一週間に二回もかかっていたからさすがに印象に残る。「あたしこの曲好きなんだよね」と由宇が言っていたのまでセットで記憶に残っていた。
れおはまだ来ない。
流行りの曲が終わりに近づくにつれだんだんと落ち着かなくなってきて、堪え性のないあたしは無意味に重心をかける足を変えたりした。
もうすぐってどれくらいだろ。この曲が終わる頃?それはせっかちかな。てっきりもう駅についててあとは改札抜けるだけってくらいだと思ってた。
駅に電車がつく度に改札からはドバっと人があふれ出てくる。その波がくるたびに顔も知らない男の子を探して無駄に視線を彷徨わせるけど、こちらに近付いてくる人はいなかった。誰かを探してる様子の男の人が、あたしの目の前で女の人と合流して歩いていく。
何かメッセージがきてるかも、と通知もないのにトーク画面を開く。もちろん何もきてなかった。通知がないんだからそりゃそうだ。
もしかして、待ち合わせ場所を間違えてるかな。けれど、メッセージをさかのぼって何度確認しても、待ち合わせ場所は南口の時計台だった。
あたしがついたのは約束の時間の数分前。人がたむろする時計台は十時から数分過ぎた時間を指していた。十時の集合だし数分は誤差だろう。男の子ってなんとなくだけど待ち合わせ時間ぴったりかちょっと遅れてくるイメージあるし。もしくは電車の関係でちょっと遅れたりしてるのかもしれない。ちょっとコンビニに寄ってるとか。
だとしたら連絡が来るはずだという常識的な考えには蓋をする。手元のスマホでちょっと調べれば電車の遅延情報とかもわかるけど、調べる気にはなれない。
暑くなんてないのに汗が出てきた。立ってるだけなのにしんどい。どれくらい待ってればいいんだろう。
また改札からドバっと人があふれてきた。縋るような気持ちで視線を上げるけど、みんな無情にもあたしの前を通り過ぎていく。
流行りの曲はいつの間にか終わっていて、聞いたことのないアップテンポの曲が流れている。その曲調は今のあたしに全くあってない。これがあたしのスマホから流れてるならすぐに次の曲に飛ばしてる。
嫌な予感がする。そしてその嫌な予感は今の時点で半分ほど当たってるようなもんだった。
早く来てくれないかな。早く来て、あたしを安心させてほしい。
『あとどれくらいで着く?』
十時十五分。送ったメッセージに既読はつかなかった。
あー、マジで最悪。
周りの人に聞こえないように小さなため息に抑えて、落ち着いたダークブラウンのカウンターに項垂れる。
時間は十一時十分。あたしは一人。つまりは、そういうこと。
ちょっと早いけど昼時ってことでまだ整理のつかない頭でなんとかカフェに滑り込んだ。カフェといってもお洒落な雰囲気のところじゃない。そんなのあたし一人にはハードルが高すぎる。学校の近くにもある行き慣れたチェーン店だ。全く同じ店じゃないけど、チェーン店ということもあって雰囲気は似てる。おかげさまで少し落ち着いた。
あたしはもう数十分前からなんとなくわかっていた。これは単なるドタキャンとかじゃない。それを確かめるために、いつもならありえないほどの遅さでスマホをつけた。…ちょっと待って、その前にカフェラテを一口。多めに入れたシロップの甘ったるさで心を落ち着ける。
見慣れた青いアイコンをタップするのがこんな億劫になる日がくるとは思わなかった。緩慢な動きで開いたタイムラインは、幸か不幸か今まさに見ようとしていた表垢のものだった。
無意味に薄目になって自分のアカウントを確かめる。特に変わり映えはない。変わっていたのは、フォロー数とフォロワー数がそれぞれ一ずつ減っていたこと。
…ああ、やっぱり。誰がいなくなったか、なんて見なくてもわかる。それでも往生際悪く決して少なくない数を一つずつ確認した。結果は、予想通り。れおのアカウントだけ、どこにも見つからなかった。多分ブロックされたんだろう。そこまで自分の目で確認しようと思わない、思えない。
この期に及んでれおと連絡しようという気は起きなかった。そうまでして執着する自分がみっともないっていうのもあるし、多分そんなに好きじゃなかったんだと思う。それが唯一といっていいほどの救いだった。ただ降って湧いたような距離の近い異性にバカみたいに浮かれていただけ。一時間近くの待ちぼうけを代償に自分のバカさに気がついた。
SNSでブロックされた仕返しじゃないけど、メッセージアプリの方はこちらからブロックしてやった。何の腹いせにもならないけど、何もせずにはいられなかったから。
「ほんっとむり…」
店内のBGMで掻き消されるくらいの小さな声で呟く。なんとかこの感情を体の外に出さないと爆発しそうだった。
タイムラインを開いたついでに、いつもってわけじゃないけどそこそこの頻度でお世話になってるインフルエンサーもどきくん、エイムのアカウントを開く。
あたしは自分の身に降りかかった不幸というかなんとも言えない嫌な体験について、身に覚えはないが見覚えがあった。先月だかそこらの時期だったと思う。
エイムの投稿は誰かが炎上したり話題にならない限り更新されないから、先月のものでもさかのぼるのは簡単だった。すぐに見つけたお目当ての投稿は、まるで今日のあたしのことを書いてるみたい。
『ネットで知り合った男女がオフで会う際に起きたトラブルが話題に』
そんな文言で始まっているその投稿は、まあ要約すると、女と会う約束をした男が遠目に女を見てその見た目が、なんというか好みじゃないというか、包み隠さず言えばブサイクだったから声もかけず帰った、というものだった。まるっきりあたしじゃん。いや自分がブサイクだという自負はないけど、お眼鏡にかなわなかった可能性は全然ある。お洒落歴一か月未満なんだよこっちは。
ただ、あたしと話題にされていた女の違うところは、彼女はなかなかやってこない男にしつこく連絡を取ろうとしたということだ。SNSがブロックされていると気付いた後も何度も。
それを晒されてめでたく笑いものになっちゃったっていう顛末。可哀想だけど、今のあたしの状況的に同情はできても笑えない。むしろあたしも笑われる側だ。
まあネットだとオフで会って悪さされるなんてことも普通にあるし、何もなかっただけラッキーじゃん。…いや、何もラッキーじゃねえわ。あたしのこの踏みにじられたプライドと疲れ切った足はどうしてくれるんだ。自分の見た目に自信なんてなかったけど、今日のあたしは間違いなくこの十七年間で一番だった。それなのに帰ったんだ、あいつは。ショックを通り越してもはや怒りさえ感じる。色んな人に手伝ってもらったのに。
「はぁー…」
でも、自分と同じような目に遭った人がいるんだと思えば、少しは余裕が出てきた。
せっかく時間かけてきたんだし、ちょっと買い物して帰ろうかな。真っ直ぐ帰ると家に着くのが早すぎる。お母さんには遊びに行くことを言ってあるから、何かあったと思われるかもしれない。
有紗と由宇になんて言おう。服もメイクも色々手伝ってもらったのに全部パァだ。ほんとのことを言う気にはならない。申し訳ないっていうのもあるけど、そっちより見栄の方が大きかった。踏みにじられてぺちゃんこになった薄っぺらいプライドをあたしはまだ守ろうとしている。
さすがにSNSは開く気にならなくて、有紗と由宇とのグループチャットを開く。そこに一言だけ書き込んだ。
『ドタキャンされた』
ウソではない。…ほんとのことでもないけど。
事情を全部知らせるつもりはないけれど慰めの言葉は欲しい。別にいいでしょ。せっかくお洒落して遠出したのに相手は来なかったんだぞ。多少のわがままくらい許せ。
すぐにスマホが数回震えて、立て続けにメッセージを受信する。
『は?マジ?』
『ありえなくない?最悪じゃん』
あたしに百パーセント寄り添ってくれる返信にスッと心が軽くなる。あんな男いなくても別にいいや。
有紗と由宇は会ったことのない男に非難の嵐で、やんややんやとチャットが活気にあふれた。終いには『そんな男と付き合わずに済んでラッキーじゃん!』とまで言われる始末。あたしだけじゃなく二人からの反感も買った男に、心の中でざまあみろと毒づいた。
『マジで最悪だった。でもせっかく服選んでもらったしメイクもしたからちょっと買い物して帰る!』
ウサギが小躍りしてるスランプと一緒に送る。慰めてはほしいけど変にへこんでるとは思われたくない。厄介なプライドを抱えたものだ。自分のめんどくささに、よくこの二人あたしと友達でいられるなと思ってしまう。
『今度その服であたしらとデートしよ!』
嬉しいことを言ってくれる。
意外だったのは、そう言ってくれたのが有紗ではなく由宇だったということだ。仲がいいわけではないと思っていたけど、実は案外そうでもなかったのかもしれない。スマホにばかり構ってて昼休み以外の関わりがなかったせいか。
調子のいいあたしは、友達のことなんて大して大事にしてこなかったくせに、ちょっと優しくされるとそこに平気でつけ込んでいく。さすがにここまで言ってもらって、しばらくしたらぞんざいに扱うほど落ちぶれていない。たった二人の友達くらい大事にしてみようかな。できるかは知らない。
自分の欲しいものを探すついでにお礼として二人に何か買っていってもいいかもしれない。ペンとかがいいかな。
そう考えたら早く買いに行きたくて、カップの底に溜まっていた温いカフェラテを一気に喉へ流した。
だいぶ失敗した一日だけど、案外悪くないんじゃないか、とさえ思う自分の単純さに嫌気がさす。けれどこれがあたしだから仕方ない。前向きになれてるんだから、まあ悪くはないんだろう。今のところ。
席を立つ前に随分軽くなった指先でMの垢のタイムラインをなんとなく開く。休日の昼間だというのにあんまり更新はない。一つだけ新しい投稿があった。
『彼氏と喧嘩した。腹立つ』
数分前のきぃの呟きだった。
嬉しいとは違うけど、でも心が少し浮つくような心地ですぐにリプライを送る。
『恋愛なんかろくなもんじゃないよ』
実体験こみこみの恨み交じりの言葉。送る瞬間れおを待ってるあの時間を思い出して辛くなったりとかしていない。そんなのあたしの負けみたいで腹立つじゃん。
すぐにいいねがついたリプライに満足して、きぃの返信を待たずにスマホを閉じた。カフェの前に人が並んでる。早く出ないと。
もうすぐ最後に会ってから一年が経つ。そろそろきぃと遊びに行きたいな。今日帰ったら誘ってみるか。
今日の失敗はめちゃくちゃデカいし、きっとしばらくの間思い出したりもするんだろうな。まあいっか。そんなに気にすることじゃないでしょ、多分。
れおに関することには全部見ないフリをしてカフェを出る。履き慣れない靴も着慣れない服も、その奥には全部れおの存在が透けて見える気がするけど、窓ガラスに映った自分は街に馴染んで見えたので全部オッケー。
有紗と由宇に何を買って帰ろう。頭の中にいくつか候補を浮かべながら、あんまり高いのは嫌だな、なんてせこいことを思った。
今日の失敗、両足の靴擦れ。以上。