第94話 トゥンアンゴの首都ディンガ
大変お待たせいたしました。
本日より最終章スタートです。
完結までどうぞよろしくお願いいたします。
「ちょっと!まだ歩くの?」
旅の中で、もはやお馴染みとなったキリロッカの文句が響く。
いかにも歩きにくそうな純白のドレスをやめたら?という恭之介の助言は先ほど、この旅七回目の却下を喰らった。
「もう少しだ。そろそろ首都ディンガ見えてくる」
「それ前も言ってたじゃない!」
「そうだったか?」
レンドリックがおざなりに文句を片づける。
恭之介たちは、トゥンアンゴ王国の首都に向かっていた。
一行は、リリアサ、レンドリック、キリロッカ、ヤクに恭之介を加えた五人。
道案内として、ララたちトゥンアンゴ出身の誰かを連れてきたかったところもあるが、いかんせん目的がエンナボに会うことである。
因縁のある者たちが初交渉の場に居合わせるのはさすがに酷だろうと、今回はあえて外すことにした。
「もう飛んで行きましょうよ!特別に背中に乗せてあげるからぁ」
歩くのが嫌になったキリロッカが、ドラゴンの姿で全員を乗せて飛ぶという提案である。
これも何度も聞いた文句だった。
「ドラゴンの背中に乗れるなんて、普通はできないわよ。それをさせてあげるってんだから、むしろ光栄に思いなさいよね!それに私とリリアサが認識阻害の魔法を使えば目立たないわよ。それでディンガから少し離れたところで降りて、そこから歩けばいいじゃない」
「地形を確認したいのだ。フィリ村からディンガまでどういう道で、どのくらいかかるのか」
「そんなの誰かが知ってるわよ!教えてもらえばいいでしょ?」
「大切なことだから実際に歩いて、自分の目で確認したいのだ」
「ほら、キリロッカちゃん、本当にもう少しだからがんばりましょう。ヤク君だって文句言わずに歩いてるんだから」
「キリロッカ様、がんばりましょう。フィリ村とトゥンアンゴの間の道がどうなってるか俺も興味あります」
「……もうっ!」
キリロッカの不満を押さえるまで、一つの流れができつつあった。
大体、最後はいつもヤクの言葉で収まる。
キリロッカも何だかんだでヤクには優しい。
旅に出て六日。同じようなやり取りを何度も繰り返して、何とかここまでやってきたのだ。
エンナボと同盟を結ぶ。
大国の統治者との交渉など、恭之介にはもちろん経験がないので、実際はわからないが、いきなり行ってエンナボに会えるものなのだろうか。
それにたとえ会えたとしても、話を聞いてもらえるものなのか。
そんなことを一度レンドリックに聞いてみたが、心配するなの一言だけ。
どうやらレンドリックには何かしらの成算があるようだった。
レンドリックがそう言う以上、任せるしかないので、恭之介はただ付いて行けばいいのだが、一応敵対国に小勢で入り込むわけだから、多少なりとも心配にはなる。
もっとも、この面子ならば逃げ帰るくらいは造作もないだろう。それこそキリロッカの背に乗って、飛んで逃げれば良いのだ。
「私はね、旅をしたいって言ったかもしれないけど、それはね、こういうことじゃなくて、観光。観光がしたかったの!」
「かんこう」
「何よ!何か文句あるの?」
「いや、ないよ」
キリロッカの言葉を無意識に復唱してしまったのが仇となった。
「だいたい何よ!涼しい顔しちゃってさっ。自分は旅慣れてます~みたいな。そんなに余裕なら、あたしのことおんぶするくらいの気概を見せなさいよ。ほら、早くっ」
苛つきの標的を恭之介に定め、ぶつくさと文句を垂れてくる。
確かに誰だって過酷な旅より、町や名所を見て回る観光の方がいいだろう。キリロッカの言い分もわからなくはない。
だが、旅にも目的というものがある。それを少しは考えられないものか。
まだ続く文句を聞き流しながら、心底ホノカへの旅に同行させなくて良かったと思った。
「あ、ほら!キリロッカちゃん。ディンガが見えてきたわよ」
「うそっ!?」
すぐさまキリロッカが恭之介の肩によじ登ってくる。ちょうど肩車のような形だ。
少しでも高いところから見たかったのだろう。だが、一言ぐらいは断りを入れて欲しいものだ。
「あ、ホントだわ!やった!やっと着いたぁ~」
「良かったですね、キリロッカ様」
「さ、あと少しね。行きましょう」
そう言いながらも、キリロッカは恭之介から降りる様子がない。
そのまま歩けということか。
文句を言っても藪蛇なので、このまま歩くことにした。
目標が見えると、自然と歩くのも早くなるのか、あっという間に街が近づいてくる。
街の周囲に何やら多くの点が見え、更に近づくとその点の正体がわかった。露店である。
街の外には様々な露店が軒を並べていた。街の中に店を出せない者たちがここに出しているのだろう。
それにしてもずいぶんと盛況な様子だった。ララが王都では年がら年中、店が出ていると言っていたが想像以上だった。
「治世が安定してきている証拠だな。物も豊富だし、値段も安い」
「表情も明るいわね。旅人の私たちを見る目にも余裕があるわ」
確かに、ホノカの首都で感じたこちらを探るような視線はほとんど感じなかった。単純に旅人への好奇の目だけである。
ウルダンでは珍しい褐色の肌の人々がここにはたくさんおり、逆に恭之介たちはここでは少数派だ。旅装であることも含め、目立つのも仕方がないだろう。
「ちょっと!見てきてもいい?」
「……別に構わんが迷子になるなよ」
「誰に向かって言ってるのよ!銀嶺の女王に対して無礼ねっ」
「キリロッカちゃん、とりあえず一時間後にあの正門に集合ね。そこで待ってるから」
「わかったわっ」
リリアサの言葉を聞き流すような形で、雑踏へ消えていった。
本当にわかったのか。
「心配ね」
「まぁ万が一にも危険はないだろう。相手がどうなるかわからないが」
「……もしかして」
「布石は多い方がいい」
「呆れた。ずいぶんと乱暴な布石ね」
二人はキリロッカを気にした様子もなく、正門に向かって歩き始めた。
「先生、大丈夫でしょうか?」
「う~ん」
大丈夫ではないと思う。
だが、前を歩く二人の様子を見る限り、心配はいらないのかもしれない。
「まぁ……キリロッカは強いから」
「そうですね。それにキリロッカ様は、なんだかんだ無茶はしないでしょうし」
それはどうだろうと思ったが、余計なことは言わないことにした。
ディンガの城壁は、飾りっ気がなく、ウルダンやショーセルセの建築に比べると、いささか無骨に見えた。
だが、防御力さえあれば良いと割り切っている様相は逆に好感が持てる。
「さて、まずは宿泊場所だけ押さえてしまわないとな」
「聞いたら、この通りを真っ直ぐ行ったところに、宿屋の並びがあるって」
「よし、ではそこに向かおう」
フィリ村きっての有能な二人が、てきぱきと事が進めていく。
街の中にも、外と同じような露店が所狭しと並んでいる。
「同じようなものがたくさん並んでいますね。お互いお客さんを取り合ったりなどにならないのでしょうか」
「そうだね、どうなんだろう」
以前、ララが言っていたように、首都の店には物が豊富にあった。しかし、同じようなものも多い。
「まぁそれぞれ得意先を持っていたりして、一見さんはそれほど当てにはしてないんでしょうね」
恭之介とヤクの会話を聞いたリリアサが入ってくる。
「あとは、自分たちが食べるだけならそれほど躍起になって稼がなくてもいいとかあるのかも。この国は物々交換も多そうだし。まぁ何にせよ、のどかではあるわね」
リリアサの解説を聞きながら、正門から真っ直ぐに伸びる道を歩く。
最近整備したのか、道には真新しい石が並んでいた。
「ここはどうだ?部屋も空いているようだ」
レンドリックが指したのは、いかにも高そうな宿だった。
「私はどこでもいいのですが、こんな立派なところでいいんですか?」
「せっかく来たのだ。たまの贅沢ぐらい構わんだろう。もちろん、支払いは僕の財布から出すぞ」
どうやら私費で、恭之介たちの支払いまでしてくれるようだ。
「その分、働いてもらうことになるからな」
「わかりました。何なりと言ってください」
外国の要人を迎え入れることもある宿のようで、よく訓練された店員が対応してくる。
トゥンアンゴの文化なのだろうか。何やら人をかたどった様々な種類の木像が宿の中に飾られていた。
「よし、では宿も取ったし、うるさいのと集合するまで、僕らも軽く街を歩こうか」
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