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第83話 振り返り進む

「おっと、いつまでもここで立ち話をしていてはいかんな。長旅で疲れているだろう」


 レンドリックが手を一つ叩く。


「まずは昼寝でもして、ゆっくり休んでくれ。それから今夜は僕の屋敷で食事をともにしよう。レイ、いいだろう?」

「もちろんです。せっかくですもの。ではまず何があるか食材を見ないと」

「いや、レイも疲れているだろう。今日は休め。食事の支度はセニアとリリアサにお願いする」

「ありがとうございます。でも、お兄様、私は大丈夫ですよ」

「無理をするな。今日ぐらいはゆっくり休んでいろ」

「そういうことを言うなら自分も働いてほしいわね」


 リリアサがレンドリックに向かって、恨み言を投げつける。


「僕は僕で忙しいのだ」

「リリアサさん、すみません。私も手伝います」

「冗談冗談。レイちゃんは今日はゆっくり休んで。みんな無事に帰ってきたから、腕によりをかけちゃうわよ~!」


 リリアサが腕まくりしながら、その場を後にする。おそらくセニアの所へ行ったのだろう。


「村全体でのテッシンの歓迎の宴は、三日後の夜にでもしよう。食材の準備などもあるだろうからな」

「いや、そんな大々的にやってもらわなくても大丈夫っすよ」

「何を言うか。こういうのは初めが大事なのだ。遠慮せず招かれたまえ」


 レンドリックはテッシンのがっちりとした肩を何度も叩く。


 恭之介は、何人かと軽く話したあと、自分の家に帰った。


 二か月以上家を開けていたのだが、ほこりもなく綺麗なものだった。どうやら誰か掃除をしてくれていたのかもしれない。


 何もない質素な家ではあるが、やはり自分の家というのは落ち着くものだ。


 慣れない土地への旅ということで、恭之介もどこか気を張っていたのだろう。それがようやく解放されたように感じる。


「先生、少し休みますか?」

「そうだね、少し昼寝でもしようかな。ヤクも休むんだよ」

「はい、でもその前にお土産や荷物の仕分けをしてしまいます」

「あ、そうか。じゃあ私も手伝おう」

「いいですよ。先生はゆっくり休んでください。これこそ従者の仕事ですから」


 そう言って、ヤクはいくつか荷物を抱えて出ていってしまった。


 恭之介が休むのに邪魔にならないよう自分の小屋で作業をするのだろう。相変わらず気の利く従者である。


 ヤクの言葉に甘え、恭之介は床に敷いてある粗末なござの上に寝ころんだ。


 ホノカでのことを振り返ろうと思っていたが、目をつむるとあっという間に睡魔に襲われた。


「先生!食事の準備ができたようです」


 ヤクの声で目を覚ますと、外はすっかり暗くなっていた。少しだけ寝るつもりだったのだが、結局晩飯の時間までたっぷり寝てしまった。


 ヤクが汲んできてくれた水で顔を洗い、目が覚めたところでレンドリックの屋敷に向かった。



「えぇ!そんなことがあったの!?」


 リリアサが大きく目を開く。


 旅から帰った五人と、レンドリック、リリアサ、計七人で夕食を囲んでいた。


 彼女が驚いたのは、ダコク・イチフルとの一件を話したからである。


 テッシンとの出会いとなった革命軍との戦いや魔物の洞穴への派遣については、「恭之介君だし、そんなこともあるでしょうね」と落ち着いて聞いていたが、さすがにイチフルとの一件は落ち着いて聞くことができなかったようだ。


 それも無理はないだろう。下手をすれば、レイチェルが大名の妾になっていたのだ。護衛をすべき立場だった恭之介としても痛恨の極みである。


「もう、恭之介君!レイちゃんはとびきり可愛いんだから、護衛もいないのに、信頼できなそうな人の近くに置いて行っちゃだめよ」

「いや、本当に面目ないです。すみません」

「いえ、それについては私にも責任があります。せめて私が残っていれば違ったと思うのですが」


 ララが横から口を挟んでくる。


 だが、ララには非はない。付いてきてくれと言ったのは自分なのだ。

 

「う~ん、ララちゃんは元は大きな家のお嬢様だし、恭之介君は恭之介君だし……世間知らずコンビだものねぇ。まぁ人の悪いところをあまり見ようとしないってのは美徳なんでしょうけど」

「まぁそう責めるな。レイも何事もなく無事に帰ってきたのだし、問題はない」


 妹のことだというのに、レンドリックは落ち着いていた。もしかしたら、旅にやると決めた時からどんなことがあっても仕方がないと覚悟していたのかもしれない。


「はい。恭之介様もララ様も、その時できることを懸命にしてくださいました。おかげで私は今こうして笑っていられるんです」

「良い子ねぇ、レイちゃん。もっと怒っていいところよ?私を置いていくなんて、朴念仁の恭之介様には愛想がつきました!とかね」

「いえ、そんなこと微塵も思いません。むしろ私が思っていた以上に素晴らしい御方だと、認識を新たにしたところです」

「ちょっと聞いた?恭之介君、女神のような少女よ」

「えぇ、本当に。レイチェルさんは女神のような人です」

 

 恭之介の言い方が面白かったのか、レイチェルが口元を押さえて笑う。


「それに、今回の件で私も少し成長できたような気がします」

「……そうね、確かにどこか大人っぽくなったというか、色気が出ているというか」


 リリアサがじろじろとレイチェルを見る。


「み、見た目は変わっていませんよ、リリアサ様」

「いえ、私の目は誤魔化されないわ。これは恭之介君と何かあったのかしら?」

「なに?!そうなのか、恭之介!?」

「何もしていませんよ」


 恭之介は本当に何もしていないのだ。最後にちょっと戦っただけで、実際に戦ったのはレイチェル本人だった。


 彼女が成長したのであれば、彼女自身が修羅場を乗り越えたから。その一点に尽きる。


 長時間結界を張り、魔力を空にしながらも恐怖や孤独に負けず、邪悪な者たちを退けた。並みの経験ではない。


「まぁ、何かあったならあったで僕は構わないんだがな」

「お兄様!」

「はっはっは!ところでヤクはどうだ?人を斬ったのだろう?気持ちは落ち着いたか」

「え!?そ、そうですね……」


 ヤクは、少し思い悩むように顔を下げた。


 食事時にするような話ではない。だが、第三者を交えたところで話したいことでもあった。


 当事者から離れたところで話すことでまた違うものが見えてくる。レンドリックはよく話を振ってくれた。


 ヤクが意を決したように息を吸い込む。


「……斬ってからしばらくは気が動転して、落ち着きませんでした。変な汗も出ましたし、夜飛び起きてしまうこともありました」

「ふむ。今はどうだ?」

「今は……だいぶ落ち着きました。気を乱さず、その時の状況を思い出すことができますし、時には剣の運びを考えることもあります」

「そうか、なら大丈夫だな」

「本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ。もう落ち着いてその時のことを考えられるのだろう?しかも剣のことを考えられるようになっている。間違いなく前進しているよ。大丈夫だ」


 ヤクの背中を押すように、レンドリックが何度も大丈夫と言った。


 それで安心したのか、ヤクは一息つくと、パンを口に運んだ。食欲ももう以前と変わりない様子である。


 よほどのことではない限り、時間が解決してくれる。そのことを恭之介はよく知っていた。


 今のヤクを見る限り、その時の経験をしっかりと自分の技に落とし込もうとしている。こうなれば、もう心配はないだろう。


 だが、同時にヤクが厳しい道に一歩足を踏み入れたとも言えるかもしれない。それが良いことか悪いことかわからない。しかし、ヤクが望んだ道でもある。


 今の段階で良いか悪いか考えても仕方がないだろう。少なくとも、この世界において力は邪魔にならない。きっとヤクの助けになるはずだと恭之介は信じていた。


「テッシンはどうだ?この村に来たばかりだが、何か感じるものあるか?」

「えぇ、まだ少ししか見ていませんが、いい雰囲気だなと思います。ちょっと歩いただけで、色々な人が声をかけてくれましたよ。穏やかな村ですね」

「そうか、それなら良かった。家と工房については問題ないか?希望があれば言ってくれ」

「それはもう。遠慮せず大工に注文付けさせてもらいました」

「おう、良い物を作ってくれよ」


 テッシンは、工房については新参ということを一切気にせず、大工に細かいところまで色々と希望を言っていた。


 レンドリックから遠慮するなと言われていたのもあるのだろうが、妥協をしたくないという職人の血が騒いだのだろう。


 だが、それは逆に恭之介を安心させた。変に遠慮されるよりずっといい。


 彼ももう村人なのだ。それにテッシンのことだから、お釣りがくるぐらい村のために精一杯働いてくれるだろう。


 その後も、旅であった出来事を話し、夜遅くまで話が尽きることはなかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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