第78話 新たな朝
恭之介たちは、戦から逃げる旅人という体で、そのままササノ村から立ち去ることにした。
別れ際、スクトモと少し話す機会があった。
「よほど運が悪くなけりゃ、お前たちが疑われることはないだろう」
「どういうことですか?」
「察しの悪い男だな。イチフルの首の礼で、後始末はすべてこっちがやってやるって言ってるんだ」
「え?いいんですか?でもどうやって」
「もういい。話してる時間がもったいない。さっさと行け」
煩わしそうに手を振りながら、スクトモが立ち去っていく。
詳細はわからなかったが、どうやらこちらにとって悪い流れにはならないようだ。
「多分、今回の件は、俺たちがやったこともすべてスクトモたち革命軍がやったことになるのだと思う」
テッシンがスクトモの後ろ姿を見ながら言う。
「なるほど。でもいいのでしょうか」
「別にいいだろ。向こうからすれば、ダコク家との戦に勝ったという名声を得られる。それにイチフルの首はとにかく大きい。これでホノカは大きく動くぞ。何せ、四大大名の首を取っちまったんだからな」
「そうなんですね」
「スクトモのことだ、俺たちのこともうまくやるだろう。きっと俺たちが犯人の一味ということは、ばれないはずだ。まぁだとしても早めにホノカを出るにこしたことはねぇな」
テッシンの提案もあり、疲れはあったものの、少しでも国境に近づくため、恭之介一行は宿場町へと急いだ。
宿場町が近くなった頃、恭之介に背負われていたレイチェルが目を覚ました。
「皆様、本当にありがとうございました」
最初にレイチェルが発した言葉は御礼だった。
実際のところ、彼女の頑張りが全てを決めたので、恭之介たちは大したことをしていない。
そう伝えると、彼女はにこやかに言った。
「皆様が助けに来てくれると信じていたので、ああいう無理ができたのです。ですから皆様のおかげですよ」
寝顔こそ、まだ少女のものだったが、起きて話す彼女はどこか大人びて見えた。
自らの手で一つ、修羅場を超えたからだろうか。
到着した宿場町では、すでにササノ村での戦の件が伝わっているようで、あることないこと、様々な話が飛び交っていた。
こちらが思っていた以上に、スクトモの属する革命軍は力があったようだ。今回ダコク・イチフルを討ったことで、国内の勢力状況が革命軍側に傾くのでは、と話している人が多かった。
もしかしたら、ホノカはこれから本格的な内乱の時代が来るのかもしれない。
今夜の宿を手配した後、その近くの食堂で、夕食を取ることにした。
夕食前に、まだ本調子ではないのにレイチェルがララとヤクを連れて、色々な食材を買い込んでいた。
「都でも村でも、ゆっくりお買い物をする時間がありませんでしたからね。ここで買っておかないと」
どうやらレイチェルは、行きの関所で言っていたように、村へ戻ってからホノカの料理を作る気でいるようだ。
「せっかく都に行ったのに、あんまりゆっくりしなかったのか?」
テッシンが不思議そうに言う。
「えぇ、先生がテッシン様の話を聞いて、すぐにササノ村へ行こうって言ったんですよ。先生が急かすから都の観光は全然できませんでした」
「へぇ。恭之介さん、意外とせっかちなんだな」
「お恥ずかしい。すみません、レイチェルさん」
「ふふふ」
否定も肯定もせず、レイチェルは微笑むだけである。
「でもこれから内乱になるかもしれないと考えると、いい時にホノカに来たのかもしれませんね。テッシンさんにも出会えましたし」
「ちょっと恭之介さん、レイチェルさんがあんな目にあったんですよ」
ララがたしなめる。
「あ、そうでした。レイチェルさん、すみません」
「いえいえ。結果的に良かったのは確かですから」
レイチェルが楽しそうに笑う。
「村に着いたら俺もしっかりと働くからよ。あ、そうだった」
テッシンが何かを思い出したように、荷物を漁り始めた。
「ほら、ヤク。約束のものだ」
「あ!」
テッシンが少し短めの刀を差し出してきた。
「しっかり研いだからよ。気をつけてな」
「……はい」
ヤクは少し迷ったような素振りを見せながらも、しっかりと受けとった。そして、恐る恐ると言った様子でゆっくりと刀身を抜く。
「すごい」
ヤクがため息とともに小さく呟いた。
先日テッシンの小屋で見た時も良い刀と思ったが、テッシンによってしっかりと研がれたことで、更に素晴らしい刀に仕上がっていた。
恭之介でも思わず見入ってしまう妖艶さすらある。
ヤクは口を開けたまま見つめている。
まだ人を斬ったことによる葛藤あるようだが、この様子なら大丈夫だろう。きっと前に進めるはずだ。
「私もいつかテッシンさんの刀を使ってみたいですね」
「暮霞があるのに、そう言ってくれるか……わかった。一生の目標としよう」
「そんな、私の刀はついででいいですよ」
「恭之介様、それではテッシン様に失礼ですよ」
レイチェルが少しいたずらっぽく言う。あまり見たことない表情で、思わず恭之介は見つめてしまった。
以前の彼女にあった硬さのようなものが取れたように見える。
やはり、この旅でレイチェルは何かが変わったようだ。そしてそれは良い変わり方だと思えた。
翌朝、日の出とともに出発した。
「あ、先生!」
「何?」
「この刀に名前を付けてください」
ヤクが新しく手に入れた刀をこちらに掲げる。
「ヤクさん、いいんですか?恭之介さんのネーミングセンスは、その……」
ララが腫れ物に触るように言う。
「いいんです!どんな名前であろうとも、先生に名前を付けてほしいんです」
ヤクが期待に満ちた目でこちらを見てくる。
思いがけない重圧である。
どうしたものか。
そう思い悩んでいる恭之介の目に、綺麗な朝日が飛び込んできた。
夜を斬り裂くような、まぶしい朝日。
「曙光」
「え?」
「曙光というのはどうだろう。私の国の言葉で、夜明けに指す陽の光のことなのだけど」
「すごい!ありがとうございますっ」
「うむむ、恭之介さんらしからぬ」
驚くララを尻目に、ヤクは鞘から刀を抜き、刀身を陽の光に当てる。
「曙光かぁ」
「いいな、これから成長していくヤクにぴったりだ」
テッシンがまぶしそうに、曙光を眺める。
恭之介は、刀ではなくヤクに視線を移す。
ヤクは少しずつではあるが、人を斬ったことを心にしまい込めているようだ。過酷な環境で生きてきたからか、恭之介の想像よりずっと立ち直りが早い。
レイチェルしかり、ヤクしかり、みな成長しているのだ。
当たり前のことなのだが、それが妙に強く感じられた。
「どうしたのですか?恭之介様」
レイチェルが、恭之介の顔を覗き込んでくる。
「いえ、人間は成長するのだなぁ、と」
「ふふふ、そうですね」
間の抜けた恭之介の発言に、レイチェルは疑問も否定も見せず、ただ優しく笑ってくれた。
お読みいただきありがとうございました。
第4章は、これにて完結です。
恐縮ですが、第5章開始まで少しお時間をいただければと思います。
今しばらくお待ちくださいませ。
どうぞこの先もよろしくお願いいたします。




