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第72話 執着

 イチフルへの報告のため、恭之介は一人で城へ向かった。


 他の三人は、すでにササノ村へ向かって歩いている。恭之介が後から追いかけ、途中で合流する予定だ。


 報告へ行くのを恭之介だけにしたのは、ヤクの提案だった。

 

 わざわざ分けたのには、二つ利点がある。


 一つ目は、三人は先に行かせ、恭之介が後から追いかけた方が、結果的に時間の短縮になる。早く帰りたがっている恭之介の気持ちを汲んでのことだ。


 二つ目は、レイチェルを再びイチフルの前に出さなくて済むということである。イチフルのしつこい誘いを受けなくて済むというのは、レイチェルにとって大きな利点だろう。


 この案を話すと彼女は明らかにほっとした様子を見せていた。


「なんと、レイチェル殿はいないのか」

「はい、国に急ぎの用事ができまして。少しでも時間を短縮するため、先に進ませております」


 逆にイチフルは、レイチェルがいないことによる落胆の色を隠さなかった。


 明らかに不機嫌となるも、本人がいないのではどうしようもない。


 おざなりな礼と、幾ばくかの褒賞をもらい、イチフルとの会談はあっさりと終わった。こちらとしても大した苦労はしていないので、その扱いに不満はない。


 それよりも、無駄な時間がかからなかったことを思うと、やはりレイチェルを連れてこなくて正解だった。


 先日、城に泊った時もそうだったが、とにかくイチフルは、レイチェルへの執着を隠さない。近くにイチフルの妻たちがいるにも関わらずだ。


 イチフルのような身分のものならば多くの女性を侍らすのは当然のことなのだろう。恭之介もこういった事情についてはなんとなくわかっているつもりだった。


 しかし、実際に目の当たりにすると、あまり気持ちの良いものではない。


 ましてや、その対象がレイチェルだと思うと、より不快感は募る。


 だが、彼女たちも慣れたものなのか、表情を崩さず、口元に小さな笑みをたたえたままだった。その表情も、恭之介は空恐ろしく感じた。


 得も言われぬ不快感を抱き、恭之介は城をあとにした。


 急いだこともあって、先行していた三人とは早々に合流することができた。


 あとは、ササノ村でテッシンと合流したら、すぐにフィリ村へ帰ろう。やはりこの国にあまり長居はしたくない。刻一刻とその気持ちが強くなる。


 ホノカに対する印象はあまり良いものが残らなかったが、ヤクの刀を手に入れるという目的は、当初の予定以上に大きな成果が出た。何せ、凄腕の鍛冶師まで村へ連れて帰ることができるのだ。


 テッシンの言動を見る限り、きっと彼も早く村を離れたいと思っているはずだ。お互いがお互い、早くホノカを出たいと思っているのは、良い傾向である。それだけ早くフィリ村へ帰ることができる。


 他の三人も同じ気持ちなのか、恭之介たちはいつも以上に、足早にササノへの道を急いだ。


 時間の関係で、途中の村に一泊したこともあり、ササノ村へ着いたのは、翌日だった。


 村に一歩踏み入れると、妙な気配が漂っているように感じた。


 村人たちが、どこかよそよそしい。


 恭之介は、嫌な予感がして、テッシンの小屋に向かった。


 小屋は無人。


 しかし、特に荒らされた様子もなく、ちょっと出かけているといった感じでもある。


 だが、嫌な予感は続いていた。


「恭之介様、村長さんのお屋敷に参りましょう。依頼が片付いた報告もしなければなりませんし」


 レイチェルの手が恭之介の背中に優しく触れる。


 そのおかげで、急いていた気持ちが落ち着いた。


「そうですね。レイチェルさんの言う通りでした。まずは村長さんに報告が先ですね」


 きっと村長ならば何か知っているだろう。


 幸いにも、村長は屋敷にいた。恭之介たちの来訪を予想していたようである。


「おぉ、恭之介様、おかえりなさいませ。村人から帰ってきたと報告があったので、お待ちしておりました。そしてダコク様の依頼の首尾はいかがでしたかな?」

「無事に片付きましたよ」

「そうですか、それは良かった」


 言葉とは裏腹に、村長は目を泳がせ、どこか落ち着きがない。その額には汗が浮かんでいる。


「ところで、村長さん。テッシンさんがどこにいるか知りませんか?前に伝えていた通り、一緒に旅に出る約束をしているのですが」


 テッシンの名が出ると、村長の身体がびくりと動いた。


「何か知っているんですね。どうか話してください」

「テ、テッシンは……」


 村長はそこで一度言葉を切り、袖で汗を拭う。


「例の山賊たちに攫われました」

「……攫われた?」

「は、はい」

「すみませんが、その時の状況を詳しく教えてもらえませんか?」


 そう複雑な話ではなかった。


 恭之介たちが村にいないのを知った山賊たちが、再び村へやってきて、テッシンが仲間にならなければ村を破壊すると脅したそうだ。


 さすがのテッシンでも、一人であの山賊たちを相手取るのは厳しい。


 それゆえ、村を守るため、テッシンは山賊に降ったという。


 自分を厄介者扱いし、明日にも出るはずの村だったとしても、テッシンは見捨てることを潔しとしなかったのだろう。


「み、見殺しにしたつもりはないんです。で、ですが、村を守るため、仕方なく」


 村長が、畳に頭をこすりつける。


 いくら謝られようが、恭之介の興味はすでにそちらにはなかった。それに村長の気持ちもわからないでもない。


 村の爪はじき者一人の命で、村が救われるのだ。村を守る立場の人間としては間違った決断ではない。


 だが、その爪はじき者は、今や恭之介の仲間だった。


 このまま手をこまねいているわけにはいかない。


「村長さん、あの山賊たちの根城はどこかわかりますか?」

「ね、根城ですか」

「はい」

「確か……南西にある山を住処としていると聞いたことがあります」

「南西の山ですね。地図はありますか?」

「あ、あります!おい、お前、地図を持ってきてくれ!」


 村長は、妻に地図を持ってくるように指示を出す。


 持ってきた地図を畳の上に広げる。


 この近辺の地図のようだ。あまり精巧なものではない。だが、今は大体の場所がわかれば良い。


 地図で確認した限り、ここからそれほど遠くはない。


「もしや、テッシンを取り戻しに行くので?」

「はい、そのつもりです」

 

 そう言うと村長の顔に不安がよぎった。


 おそらく、恭之介が余計なことをすれば、山賊が腹いせで村に危害を与えるのではと思ったのだろう。


 その不安もわかるが、明け透けに自分本位の考えを見せるのはあまりいい気はしない。


 しかし、その気持ちは押さえ、恭之介は村長に説明する。


「大丈夫です。テッシンさんを取り戻したら、私たちはこの国を出て、ウルダンへ帰ります。テッシンさんがいないこの村を、山賊が襲うことはないでしょう」


 なおも不安な顔を崩さなかった村長だが、面と向かって文句を言う気もなかったようで、小さく頷いた。


「急ぐ必要もありますし、もしかしたら相当な大立ち回りになるかもしれません。申し訳ないですが、レイチェルさんはヤクと、この村で待っていてもらってもいいですか?」

「……わかりました」


 何か言いたげな様子ではあったが、レイチェルは何も言わず、恭之介の目をまっすぐに見つめて、ゆっくりと頷いた。


「先生」


 ヤクも何か言いたげだったが、それ以上の言葉は発しない。


 一緒に来たいのだろう。同時に、自分が足手まといになるのも理解できているのだ。悔しそうな表情を隠さなかった。


「ヤクはここでレイチェルさんを守るんだ。それも大切な役目だぞ」

「……そうですね。わかりました。先生、お気をつけて」

「よし。すみません、ララさんは私と一緒についてきてもらえますか?」

「もちろんです」

「危険なところへ行くことになりますが」

「気にしないでください。今はテッシンさんを救うことが最優先です」

「ありがとうございます。本当に心強いです」

「ふっふっふ、恭之介さんのその言葉で百万馬力ですよ」


 ララは身体の前で拳を二つ作る。やる気を示す時の彼女の癖なのだろう。最近よく見る光景だ。


 レイチェルとヤクには、先日も泊った宿で待ってもらうことにした。一応村長にも二人を残すことを伝え、恭之介はララとともに山賊の根城へ向かった。



 勝手の知らない土地ということもあり、少し迷いながらの移動にはなったが、時折急いで走った甲斐もあり、予想の時間とそうずれることなく、山賊が巣くう山の麓に到着した。


 山は木々に包まれており、その全貌を隠していた。なんとなく人の気配はするが、さすがに遠くてその詳細まではわからない。


「どうやら山には罠や仕掛けがありそうですね」


 ララの言う通り、山からは不穏な空気が感じられた。山に人の手が入っている。おそらく侵入者や軍を防ぐための仕掛けがあるのだろう。間違いなく山を砦化している。


 山賊ではなく革命軍として、本気で国と戦うつもりのようだ。


「あそこから進めそうです」


 ララが指した方を見ると、木をきれいに刈り取り、整備された道が現れた。いかにもここを通れと言わんばかりの道である。


 おそらく道には大量の罠が仕掛けられているのだろう。


「しかし、あそこから進むしかなさそうですね。さすがに森の中を進むのは危険すぎます」

「恭之介さんと私なら罠など問題ありませんよ」


 確かに、大抵の罠ならば恭之介も看破する自信があった。それに機転が利き、多彩な魔法が使えるララもいる。ここは進む以外に選択はないだろう。


 道の入り口が近づいたところで、笛の音のようなものが聞こえた。


「もう私たちのことがばれたようですね」

「すぐに襲ってくることはないと思いますが。ララさん、いつでも攻撃できるようにしておいてください」

「わかりました」


 道は遠くから見ると歩きやすそうに見えたが、実際に歩いてみると、足が取られやすく、また一定の方向に誘導するような作りだった。そして誘導した先には必ず罠が仕掛けてあるのだ。


 途中、溝のようなところを歩いていると、上から大岩が転がり落ちてきた。


「ゴコ・ブユタ!」


 すかさずララが爆発の魔法で、岩を吹き飛ばす。


「助かりました」

「いえいえ、こんなものなんの問題もありません」


 ララが笑顔を向けてくる。


 そんな調子で、罠を一つ一つかいくぐり、なんとか山の山頂付近までたどり着いた。


 途中で襲われるかと思っていたが、意外にも、罠以外の攻撃は一度もなかった。不可解である。罠と組み合わせる形で襲撃をした方が、絶対に効果があるはずだ。


 しかし、罠だけだったとはいえ、相当練り込まれた防備だったため、登りきるのにかなりの時間を費やしてしまった。これで戦闘があったら、どれだけの時間がかかっていたことか。それにしても、何故攻めてこなかったのか。


 山頂には、石を積んだしっかりとした砦がそびえていた。途中の道や罠の作りも含めると、恭之介の想像以上に革命軍の守りは固い。どれほどの規模の戦を想定しているのだろうか。


「どうしましょう、恭之介さん。この門、耐魔法シールドがかけられています。さすがにこれを破壊するのは骨が折れますね」


 恭之介にはわからないが、どうやら魔法に対する対策もしっかりしているようだ。


「思い切って、上から入りますか?精度は保証できませんが、風の魔法を使えば、大きなジャンプができると思いますけど……」


 上空は上空で何か備えがあるに違いない。これだけの防備で、空には何もしていないということはないだろう。


 だが、ララの言う通り、それしか方法はないかもしれない。中に入ってさえしまえばどうとでもなるだろう。もっとも精度が保証できないというのは気になるが。  


 どうしたものかと考えていると、いきなり周囲に大きな鐘の音が響いた。


 何事かと身構え、そのまま音の方向を見ると、門が少しずつ開いていた。


「何故?」

「どうして門を開いたのでしょうか」


 言いながら、ララが腰の細剣を抜いた。


 考えられるのはただ一つ、敵が一挙に攻めてくるということだろう。


 恭之介も暮霞を抜き、敵が出てくるのを待った。


お読みいただき、ありがとうございました。

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