第70話 死にゆく村
恭之介たちはイチフルの城で一泊し、日の出とともに、洞穴があるという村へ出発した。
距離もさることながら、山深い道のりで、その村に着いた頃には、すでに陽が落ちかかっていた。
「これは大変だな」
村を見た瞬間、恭之介は思わず独り言を呟いてしまった。
着いたところは、ササノ村がとてつもなく裕福な村と錯覚するほど、さびれた村だった。
正直、これではイチフルが武士の派遣を渋るのもわからなくもない。
山を切り拓いたであろう畑や田んぼも、見る限り痩せた土壌で、お世辞にも良い土地とは言えない。水もあまり豊かではないのだろうか。ところどころ枯れた土が顔を出していた。
恭之介のような流れの冒険者に依頼をするわけである。
「村の方々を見る限り、生活が苦しそうですね」
レイチェルが辛そうな表情で周囲を見渡す。
あばら家という言葉がぴったりの家屋が並んでおり、その一角におぼつかない足取りで、水を運んでいる老人がいた。
時間的に夕食の時間である。普通ならば家々から、多少は談笑の声が聞こえてきそうなものだが、聞こえてくるのは虫の声のみ。
「俺も一つ違えば、こうなっていたのかもしません。あのスクトモという人が、革命を志すのがわかる気がします」
ヤクは、かつての自分を思い出しているのか、神妙な顔つきで、力なく座っている村人を見ていた。
本当はレイチェルとヤクは、イチフルの城に置いてくるつもりだった。
魔物の洞穴にいる護り手退治は、ララと恭之介で片づけた方が、移動も含めて手っ取り早いと思ったからだ。イチフルもレイチェルたちが城に残ることをすすめた。
しかし、イチフルのレイチェルに対する態度が気になった。
どうやらレイチェルのことが相当気に入ったようで、道中や城へ着いてからも、しきりに自分の下へ来ないかと求愛していた。
そんな城に残しておくのも不安だったので、結局二人を連れてくることにしたのだ。
イチフルは相当渋ったが、彼が起き出す前の早朝に、半ばこっそりと城を出てきた。
戦闘中は離れたところで結界を張っていれば、大事には至るまい。レイチェルの結界は相当強力である。
「先生、どの村人も瘦せ細っています。満足にご飯を食べられていないのでしょうか」
「うん、飢饉があったっていうのは、本当のようだね」
「都のジナやイチフル殿の城では、まったくそのようには感じませんでしたが」
ララが苦々しい顔で言う。部族の長の娘として、何か思うことがあるのかもしれない。
この現状を見る限り、どうやら地域ごとに大きな格差があるようだ。
ササノ村には、それほど貧しさを感じなかった。街道に近く、宿場町という役割があるからかもしれない。
立地で貧富の差が出るのは仕方がないことなのだろうが、いくらなんでもこの差はひどすぎる。
為政者がやるべきことをやっていないと言われても仕方がない惨状である。
束の間、スクトモたち革命軍のことを思い出す。きっとこの状況が彼らのような存在を生み出したのだろう。
村内には子どもの姿があった。しかし、子どもは、駆け回るでもなく、ただその場に立ち、こちらをぼんやりと見ている。
その目には子ども特有の好奇心はなく、生気のない眼差しだった。そして、枯れ枝のような手足。
「農作物を作っている者たちから飢え、上層部に近い者たちほど肥える。国の仕組みとして破綻しつつありますね。民を何だと思っているのでしょうか」
ララの怒りももっともである。
恭之介も、日に日にホノカの乱れを感じていた。
ジナで感じた、どこか刹那を感じさせる享楽的な空気。イチフルに感じた、自分の周囲だけ栄えていれば良いという独善的な姿勢。
そして山賊たち、いや革命軍と言ったほうがいいのか。国に反抗する者たちの隆盛。
もうこのホノカという国は、限界に来ているのかもしれない。
この村に来る途中でも、一度山賊に襲われた。そしてそれは、悲しいくらい瘦せ衰えた山賊だった。
襲われた身にも関わらず、恭之介が感じたのは怒りではなく哀れみ。
恭之介は、もうこの国にあまり長居はしたくないと感じていた。見るもの、感じるものに、心地よいものがあまりにも少ない。
一刻も早く依頼をこなし、テッシンを連れてフィリ村へ帰りたかった。
そう長く離れていないのに、フィリ村に対する郷愁を感じている。いつの間にか、恭之介もすっかりフィリ村の住人になっていたようだ。
とりあえず、この村の村長に会い、情報を収集することにした。
村長の家は、他の村民と比べれば多少大きいといって程度で、ところどころ傷みが激しく、それが更に粗末さと貧しさを演出していた。
これと比べると、同じ村長だというのに、ササノ村の村長の屋敷は非常に豪勢なものだった。
「せっかく来ていただいたにも関わらず、何のおもてなしもできず、申し訳ありません」
村長が深々と頭を下げる。
出されたお茶は、ほとんど白湯と変わらないほどの色みしかない。
それでも客人である我々に対し、お茶を出そうとしてくれた心をありがたくいただいた。
「せめて、夕食だけでも食べていってください」
「いえ、自前の食料がありますから、お気になさらず。その分の食料は村の方々に」
「……ありがとうございます」
また村長は深く頭を下げた。
こちらへの感謝の気持ちはあるのだろうが、それ以上に目立つのは暗い諦念。
色々なものを諦めた老人。恭之介は微かな切なさがこみあげてきた。
「しかし、この状態で魔物に襲われて、よく村が滅んでいませんね」
「発見が早かったので、まだそれほど魔物が育っておりません。ですから、今は何とか狩りを生業とする者たちで追い返すことができています」
魔物の洞穴は、洞穴本体を潰さない限り、魔物を生み出し続ける。そしてその生み出された魔物を倒し続けることで、魔物の質と量はどんどんと上がっていく。
それを考えると、この村はまだ初期も初期の状態なのだろう。その点においては幸いだった。
すでに日も落ちていたので、魔物の洞穴に行くのは翌日とし、空き家を借りて一泊することにした。どうやら空き家はいくつもあるようだ。
住人が離散したのか、死んだのかはわからない。
確かなのは、この村は緩やかに死に向かっているということだ。このままではこの村は滅んでしまうだろう。
恭之介は、割れた戸板から、真っ暗な夜空を見る。
この村の住人でも、寝る時くらいは安らかな気持ちでいられるのだろうか。
そんなことを思いながら、恭之介も眠りについた。
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