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第6話 新たな出会い

本日第7話。


初回は7話更新です。


今日はこれで終了いたします。

 門をくぐり、漆黒の闇の中をしばらく歩くと、前にかすかな明かりが見えてきた。


 歩き続けると、明かりはどんどん近づき、恭之介はとうとう門の出口に着いた。


 ここを抜けると新しい世界なのか。


 それほど躊躇(ちゅうちょ)せず、かすかな高揚感とともに外に足を踏み出す。

 

 外は、木が生い茂ったうっそうとした森。


 振り向くと時空の穴はすでに閉じかけるところだった。


 リリアサとの別れのような気がし、かすかにさびしくもなる。


 しかしそれ以上に新しい場所への期待感が強かった。


 木々の隙間から差す陽の光から、今が昼間ということがわかる。


 あたりを見渡す。


 あまり良い雰囲気ではない。肌に不快なものがまとわり付くような気配がある。


 今でも、うっすらとは感じることがあったが、今はずっと鋭く感じる。


 更に集中すると、周囲の小さな生き物のうごめく気配まで感じられた。


 色々と感じすぎて、うるさいくらいだ。


 自分の感覚神経が明らかに敏感になっている。


 これもリリアサの言っていた能力の補正というものだろうか。


「きゃー!」

 

 叫び声。子どもの声のようだ。

 

 恭之介は反射的に声のしたほうへ駆け出した。


 周囲の景色が一瞬で通りすぎていく。


 明らかに足も速くなっていた。我ながら尋常ではない速さである。

 

 しかし、今はそれが頼みの綱だった。


 声がした前方に注意を向けると、大きな気配が一つと、複数の小さな気配が固まっている。


 おそらく小さな気配が声の持ち主だろう。何者かに襲われているのだ。


 木がなぎ倒され、少し開けた場所に、とてつもなく大きな猪と二人の子どもがいた。


 猪は子どもたちを見据え、いつ襲い掛かってもおかしくない。


「おい、こっちだ!」


 恭之介は足元にあった太い枝を猪に投げた。


 思惑通り、こちらに注意を向ける。


 肩の高さが、恭之介の倍ほどの位置にある。まるで小屋のようだ。


 山で修行していた時期は長かったが、これほど大きな猪など当然見たことがない。


 これが魔物なのか。恭之介は新しい世界に来たことを実感する。


 猪はこちらに体を向け、闖入者(ちんにゅうしゃ)である恭之介を探るように見ていた。


 同時に恭之介も猪を観察する。


 見る限りでは、体と牙が大きいだけで、普通の猪とそれほど変わりはなさそうだ。


 ならば対処のしようもある。


「ブゴォォォ」


 猪が呻くような鳴き声を発すると、周囲からジジッという不可解な音が聞こえた。


 寒気。


 考えるより先に、恭之介は力の限り、横に飛び退く。


 次の瞬間、先ほどまで恭之介がいたところに、黒光りした稲妻のようなものが突き刺さり、地面に底が見えないほど深く大きな穴を開けた。


「妖術?あ、これが魔法というものか……」

 

 リリアサから説明を受けても、半信半疑だった魔法の存在。それを今、目の当たりした。


 一介の獣と思われた猪が魔法を使い、これまでの恭之介の常識を打ち破る。

 

 覚悟していたつもりだったが、まだ足りなかった。


 もう少し反応が遅かったら、間違いなく死んでいた。


 もっと慎重にならねば。どこかに自らの強さへの慢心がなかったか。


 今まで経験したことを基準に考えていては、早々に命を落とすだろう。

 

 改めて猪と向き合う。


 魔法をかわされたことに腹を立てたのか、鼻息がさらに荒くなる。


 猪はかすかに重心を下げ、四肢に力を入れたように見えた。


 経験上、猪が突っ込んでくる前の状態である。だが、経験があてになるのか。


 かすかに迷いはあったが、どのようにでも対処できるようにゆったりと構える。

 

 地が揺れるような感覚。


 今度は経験が役に立った。


 地響きとともに猪が突っ込んでくる。


 今まで経験したことがないような速さだったが、その動きははっきりと見えた。


 やはり身体能力は格段に上がっている。


 規格外の大型の獣だが、不思議と斬れるという確信めいたものがあった。

 

 ぎりぎりの間合いでかわし、首を狙って恭之介は刀を跳ね上げた。

 

 斬った。


 しかし、今まで感じたことがないような手ごたえ。恭之介は思わず暮霞を見る。見たところ変化はない。


 前進が止まった猪の首が大きな音を立て、地面に落ちた。


 猪の首はきれいに胴から離れている。


 恭之介はその様子に驚いた。


 猪の首回りの長さと刀身の長さを考えると、あんな斬れ方はしないはずである。


 せいぜい、首の半分くらいが斬れれば良いほうだろう。


 しかし、首も胴もきれいな斬り口である。


 斬った瞬間、刀身が伸びたような感覚を覚えたが、それが原因としか思えなかった。


 これも新しい世界がもたらす潜在能力の解放なのか。


 新たな力を手に入れたことの喜びを覚える前に、恭之介は不安を覚えた。


 この力を御せず、溺れてしまえば、きっと自分は弱くなってしまうだろう。


 これまで同様、いやこれまで以上に慢心しないようにと気を引き締めた。


「うわ~ん!」

「あ、ありがとうございますっ」


 二人の子どもたちが恭之介の下へ駆けてきた。


 特に小さい少女は大声で泣いている。


 刀をしまい、足元にすがりつく子どもたちの頭をなでる。


 正直、子どもはあまり得意ではなく、どう接して良いかわからない。


「なぜこんなところに?」

「む、村のみんなを手伝いたくて。食料を探しに来たんです」

 

 年上と思われる少年が、まだ怯えを残しながらもしっかりとした口調で説明をする。十歳くらいだろうか。


 少年の視線の先を見ると、籠が転がっており、その近くには木の実や山菜がちらばっている。


「村は近いの?」

「はい、歩いて二十分くらいです」

 

 この森深さから考えると、思った以上に近かった。


 もっとも子どもの足で来られるくらいと考えればそんなものかもしれない。

 

 こちらに向かってくる複数の気配を感じた。


 おそらく人間だろうが、その中の一人は相当腕が立つ。


「少し離れて」

 

 恭之介は刀に手をかける。


 こちらに向かっている者は、先ほどの猪など比べものにならないほど手ごわい。


「おーい!ヤク!ラテッサ!聞こえたら返事をしたまえっ!」

「あっ!レンドリック様の声だ!こっちです!」

「レンドリックさまぁっ!ここ~!」

「そっちか、今行くぞ!」


 子どもたちが力の限り叫ぶ。


 その甲斐あって、向こうにも聞こえたようだ。


「知り合い?」

「はい、領主様です」


 どうやら味方のようなので、恭之介は刀をしまった。 


「お前たち!大丈夫か」

「レンドリック様」

 

 金髪の青年が木の陰から現れた。


 こんな鬱蒼とした森が場違いに感じるほど、品のある顔立ちをしている。


 この男が村の領主なのか。まだ若い。年は恭之介と同じか、少し上くらいだろう。


 年下の少女は見知った大人に安心したのか、さらに激しく泣いた。少年も安心したような表情を見せる。


「大丈夫か!?けがはないか!」

「ぐすっ、平気ですぅ~」

「ヤクも大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。この人が助けてくれました」

 

 ヤクと呼ばれた少年が恭之介を指さす。


「そうか、君が助けてくれたのか」

 

 レンドリックと呼ばれた青年と目が合う。


 燃えるような赤い瞳だ。


 引き締まった表情からは、強い意志を感じさせた。


「レンドリック様、速いっすよ」

 

 がやがやと数人の男たちが現れた。


 付き添いの者たちだろう。


「うわ!ヘルゲートボアだ!」

「ひえぇ、首が落ちてるよ」

「あの男がやったんか……」 

 

 男たちは猪の死体を見て叫んだ後、レンドリックの前に出る。恭之介を警戒しているのだろう。


「無礼なことをするな」

 

 レンドリックが男たちを制して、自ら前に出る。


「村の子どもたちを救ってくれてありがとう。このオールビー・レンドリック、深く感謝する」

 

 優雅な所作で深々と頭を下げてくる。


「成り行きですよ」

「成り行きで相手をするような獲物ではないのだがな」


 レンドリックが猪を一瞥し、言葉を続ける。


「強いな」

「いえ、未熟です」

「その腕で未熟と言い切るか!うむ、おもしろい男だな」

 

 興味深々といった視線をこちらへ向けてくる。


「名を聞いてもいいか?」

「音鳴恭之介です」

「音鳴、恭之介殿か、少し珍しい発音だな。ホノカ国の発音に似ているか。恭之介殿、礼もかねて、僕の村に来てくれないか。何もない貧しい村だが、恩人に食事を振る舞うことくらいはできる」

 

 正直、願ってもないことだった。


 とにかくこの世界の情報がほしい。村へ行けばいろいろ話を聞けるだろう。


 そして、多少だが腹もすいている。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

「そうか、来てくれるか。それはうれしい」

 

 レンドリックが満面の笑みを浮かべる。


 ずいぶんと素直に感情を出す人だ。


「ではすぐ案内したいところだが、その前に内々のことを片づけさせてくれ」

 

 レンドリックが子どもたちに向き直す。


「それにしても、お前たちどうして森の中に入ったんだ。大人と一緒じゃなきゃだめだと言っただろう」

「すみません。俺が悪いんです。ラテッサはたまたま森に入る俺を見つけてついてきただけで」

「ヤク、どうした。お前は言いつけを破るようなやつじゃないだろう」

「……レンドリック様たちが、食料が足りないって話し合っているのを聞いてしまって、それで……」

「そういうことか」 

 

 近くに転がっている籠と食料に気が付いたようだ。

 

 レンドリックは地にひざをつき、子どもたちを抱いた。


「子どもであるお前たちに気をつかわせてしまってすまん。ふがいない僕たちを許してくれ」

「そんな!俺たちはそんなこと思っていません。ただ少しでも村の助けになりたくて」

「お前たちの気持ちはうれしい。しかし、森での食料調達など子どものやることではない。僕たち大人たちに任せておけば良いのだ」

「でも」

「お前たちは毎日村の畑を手伝っているだろう。それで十分なのだ。それにな、食料が足りないとは言っても、別に全くないわけではないぞ。単に僕が大食らいで心配性だから、つい話し合いで愚痴をこぼしてしまっただけだ。ははははは!だから、心配などするな」


 レンドリックのわかりやすい誤魔化しに、子どもたちは何か思うことがあるようだが、レンドリックの気持ちを察してか、何も言わない。


 レンドリックは二人に優しく微笑むと頭をなでた。


「でも、ありがとうな」

 

 レンドリックは落ちていた籠をひろい、散らばってしまった木の実や山菜を再び籠に入れる。


 それを大人も子どもも当たり前のように手伝った。

 

 なんとなくだが、恭之介はこの光景を見て、良い出会いをしたのかもしれないと思った。



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