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第67話 待っていた刀

 引っ越しの片づけを手伝いながら、テッシンの小屋にある彼の作品を見せてもらうことにした。


 凄腕の刀鍛冶という印象が強かったので、勝手に武器関連の作品が多いのかと思ったら、鍬や鍋など、意外にも日常の生活で使う物が多かった。


「村での鍛冶師の仕事は、そういうものを作ったり直したりってのがほとんどだからな」


 言われてみれば、まったくその通りである。


 普通の村で武器の需要などほとんどないはずだ。


 それを踏まえて考えると、むしろ武器の数は多いように感じた。


 刀だけではなく、槍や斧のようなものもある。


「村じゃ使わなくとも、武器は他で売れるからな。時折商人が買いに来るよ。まぁいい小遣い稼ぎだ」


 一つ一つ見せてもらったが、どの武器も思わず惹かれて手に取ってしまいたくなるようなものばかりだった。


 やはりテッシンの腕は確かである。


 これほど腕を持つ鍛冶師が村へ来てくれるとは、なんとも幸運である。


「で、恭之介さんは、その弟子の、え~と」

「ヤクと言います。よろしくお願いします」

「あぁ、ヤクだな。改めて、よろしく頼む」


 頭を下げたヤクを、テッシンは子ども扱いせず、ちゃんとした挨拶を返した。


「恭之介さんたちは、このヤクの刀を探しに、はるばるホノカまで来たんだよな」

「はい。ですが都には、どうにもしっくりくるものがなく」

「あぁ、都のものじゃそうかもな。どうしても見たくれを優先するきらいがある。今は都より、各大名の城下町や地方に使える刀が流れている」

「地方に需要があるんですね」

「あぁ、昔俺がいたような辺境や国境地帯では、今でも斬れる刀を求めているよ。俺の作ったもんはほとんどそっちに流れるな」

「なるほど。それを知っていれば、わざわざ都に行く必要はありませんでしたね」

「まぁ仕方ないさ。それにな」


 テッシンが少し考えるような素振りを見せたあと、少し声を潜めて言った。


「ここ数年、国主とその一派に反発する輩が出てきている。そういう事情もあって、使える武器は戦が多い地域にも流れている。まぁ上の政治があまりにもまずいからな。反発したくなる気持ちもわからないでもない」

「昨日の山賊のようにですね」

「あぁ、そうだな」


 スクトモが発した革命軍という言葉。どうやらあれば本当のようだ。


「スクトモが率いている革命軍みたいなもんが、全国にいくつかあるんだ。それが少しずつ勢力を伸ばしている」

「結構大きな規模なのですね」

「そうみたいだな。まぁその辺りの詳しい話は正直、俺もよくわからん。ただ、じわじわと革命軍の勢力が広がっているのは確かだ。このままだと内乱が起こるかもな」


 自分の国のことだというのに、ずいぶんと他人事のように言う。


 すでにフィリ村へ行く覚悟をしたからか、はたまた、もともとあっさりとした性格なのか。


「なるほど、じゃあのスクトモという男は、革命軍の力をより高めるために、戦友であるテッシンさんを仲間に引き入れたいということですね」

 

 スクトモとしては、人となりも知っていて、なおかつ鍛冶の腕も剣の腕も優れた戦友を仲間に引き入れたいのだろう。


 確かに、革命という大望を果たす上で、この人物は能力的にも人格的にも信頼に足るように思えた。


「迷惑な話だよ」


 心底うんざりといった様子である。


「俺はさ、刀さえ打てればいいんだよ。政治だ革命だと、あんまり複雑なところに身を置きたくない。そういう色んな思惑のある場所にいると、なんか刀を打つ手が乱れていきそうな気がしてな」


 恭之介にも何となくわかる感覚だった。


 傲慢で偏屈かもしれないが、恭之介は刀の道に対して一途でいたい。


 そこに余分なものが入り、自分の剣が乱れることをつい恐れてしまう。


 テッシンにとっては、それが鍛冶なのだろう。


「じゃあますます、フィリ村に来てもらうのは、いいと思います。そういうものとは無縁です」

「そうかい、そりゃ楽しみだ」


 テッシンは無精ひげの生えた口元を緩めた。


 初対面が山賊との共闘という、極めて非日常的なものだったが、かえって良かったのかもしれない。


 互いに背を預け、死線をくぐるというのは、やはりそれなりに距離を縮める。特にテッシンのようなまっすぐな人物にとって、共に戦うというのは、わかりやすい信頼の築き方なのかもしれない。


 テッシンほどの刀鍛冶と、このように出会えたのは、とんでもない僥倖だったと思える。


 恭之介は改めて、周囲の武器を見た。どれも見事な仕事だ。


 これほどの刀鍛冶はそう見つからないだろう。


 スクトモが村を襲ってまでテッシンを仲間に引き込もうとしたのがよくわかる。


 きっと革命軍からすれば、長い戦を考えると腕の良い鍛冶師を抱えておきたいのだろう。そうすれば、自前で質の良い武器をある程度用意できる。特にテッシンほどの鍛冶師がいれば心強いはずだ。


「素晴らしい。本当に素晴らしい腕ですよ、テッシンさん」

「恭之介さんほどの腕の人にそう言ってもらえるとうれしいけどよ」


 テッシンは恥ずかしそうに頬をかく。


「ヤクは今いくつだ?」

「十二歳です」

「そうか。その腰に付けてる脇差は恭之介さんのかい?」

「えぇ、私のです」

「これだと、もうちょっと短いかもな」

「はい、そう思って刀を作ってもらいに来たんですよ」

「そうか」


 そう言うとテッシンは顎に手をやり、少し考え始めた。


「どうでしょう、フィリ村へ帰ってからでいいので、ヤクのために一本、刀を打ってもらえないでしょうか」

「いや、打たない」


 テッシンがぶっきらぼうに言い放った。


 ヤクは一瞬驚いた表情を浮かべた後、何も言わず悲しそうにうつむいた。文句を言わなかっただけ上出来と言える、


「あ、すまんすまん!」


 ヤクの表情を見て、テッシンが慌てたように言う。


「そんな顔をするな。打たないと言ったのは、今はって意味だ。言葉が足りなかったな、俺の悪い癖だ」

「今は、ということはいずれ打ってもらえるんですか?」

「あぁ、俺を村の一員にしてくれるんだろ?仲間の頼みをそう簡単に俺は断らねぇよ」

「本当ですか!」

「あぁ、本当だ」


 ヤクは先ほどの落ち込みようから、一気に喜びを露わにする。


「今、十二歳でその身体なら、まだまだでかくなるだろう。ヤクだけの刀を打つならば、ある程度身体ができあがってからの方がいい。その方が本当にしっくりくる刀を打てると思う」


 まったくもって、テッシンの言う通りだ。考えなしでいた自分を束の間恥じる。

  

 恭之介はヤクくらいの年の頃から、暮霞を振らされていた。そのおかげで暮霞は、自分と一身同体と思えるほど身体に馴染んでいる。


 しかし、当時の恭之介にとって、暮霞は明らかに長かった。満足に振れるようになったのは、身体が成長してからである。


 暮霞は恭之介の身体に合って作られたものではない。どちらかと言えば、恭之介が暮霞に合わせて成長したと言っても過言ではない。


 自分の身体に合わせて作る刀。


 きっと暮霞とは違った感覚なのだろう。ヤクの話をしているのに、自らも興味が沸くのを押さえられなかった。


「まぁそんなわけだからな。今はこれでも使っていてくれよ。大丈夫だ、悪い刀じゃない」


 テッシンは、部屋の奥に引っ込む。


 そちらを見ていると、テッシンは奥に置いてあった箱をゆっくりと開け、中から一振りの刀を取り出した。テッシンが無造作に鞘を払う。


 これまで見てきたテッシンの作品はどれも素晴らしかったが、目の前の刀はこれまで見てきた他の武器とは一線を画す。


 テッシンの本気を感じさせる一振りだ。


 手に汗がにじむ。恭之介は思わず、拳に力を込めてしまった。その美しさ、鋭さに目を惹かれてしまう。


 よく見ると、通常の刀に比べると短い。脇差と刀の中間くらいだろうか。


「見りゃわかると思うが、短いだろう?めちゃくちゃ良い鉄が手に入ったんだが、少し量が足りなくてな。他の鉄を足しても良かったんだが、なんかそれはしたくなくてよ、そのまま作っちまった」


 テッシンは不出来な作品の説明のように言うが、どこか満足そうにしていた。


 きっとあまりにも良い鉄だったからこそ、混ぜ物を作りたくなかったのだろう。それにより刀の本質が変わってしまうことを恐れたのではないか。


「短いってことで、あまりいい値じゃ売れねぇし、でも安易に手放すには惜しい出来だしってことで、部屋で眠らせてたんだが、ちょうどいい使い手が現れてくれた。あまりにも出来すぎた話だから、もしかしたらヤクを待ってたのかもな。ほれ」

 

 テッシンは抜き身のまま、刀をヤクに渡す。


 ヤクはしばし刀を見つめたあと、恐る恐るといった様子で手にとった。


 今のヤクにちょうど良い長さだ。ヤクは放心したように、刀身に見入っている。


「成長するまで、それを使ってくれ」

「いいんですか!?」


 ヤクが目を見開く。


「いいよ、眠らせてるよりずっといい。刀は使ってこそだ」

「で、でもこんな素晴らしい刀……」

「いいさ。もし、ただでもらうのが嫌なら、村を救ってくれた礼と村を紹介してくれた礼だと思ってくれればいい。んで、でかくなったら今度こそ俺がヤクのための刀を打ってやるよ」

「ありがとうございます!」


 ヤクは何度も何度も頭を下げる。


「テッシンさん、ありがとうございます。ヤク、良かったな。とてもいい刀だよ。そうお目にかかれないほどの名刀だ」

「はい!こんなすごい刀が俺の刀……」

「ヤク、ちょっと私にも持たせてもらってもいいかな」

「恭之介さん、ちょっと大人げないですよ」


 呆れたように言いながら、ララも嬉しそうだ。レイチェルはいつも通り、穏やかな笑みを浮かべている。

 

「そこまで喜んでもらえたら俺もこの刀も本望だよ。ただ渡すのは、少しだけ待ってくれ。しばらく研いでなかったからな、今夜にでも研いでおくよ。明日には渡せるようにしておく」


 再び刀を受け取ると、テッシンはゆっくりと鞘に納めた。


 ヤクは興奮して、顔を赤く染めている。


 思いがけず、こちらの想像以上の刀が手に入ってしまった。今のヤクにとって、これ以上の刀はまず手に入らないだろう。


「ヤクさん、良かったですね!」


 ララがヤクの肩に手を置く。


「では恭之介様、どうしましょうか?」

「どうとは?」


 レイチェルの質問に、質問で返してしまう。


「ヤクさんの刀が手に入ったとなると、この旅の目的は達成できたと思うのですが」

「あ、そうですね。刀に加え、こんな刀が打てるテッシンさんまで村へ来てくれることになりました。これ以上ホノカに長居する必要はないですね。村も心配ですし、帰りましょうか」

「はい、その方が良いと思います。ですが、山賊の動向は気になりますね」


 レイチェルが少し心配そうに口を引き締める。


「まぁ、俺がいないとわかれば山賊たちも無理なことはしないだろう。スクトモは容赦ない男だが、無駄なことは嫌う。俺がいなけりゃこんな大したものもない村をいちいち襲わんよ」

「そうですか、それは安心しました」


 一度でも関わってしまった以上、全く気にしないというのは意外と難しい。


 気休めかもしれないが、テッシンの一言で、レイチェルは多少は安心しただろう。


「さて、おかげで片づけも目途がついた。あとは俺一人で十分だ。出発は明日でいいんだよな?」

「はい。私たちも、フィリ村へ帰る旅の準備をします」

「そうか。じゃ、あんま居心地のいい村じゃなかったが、それなりに世話になった奴もいるから、多少は挨拶周りをしておくかな」


 改めて、テッシンが村へ行くことを決めてくれて良かったと思う。ヤクの刀以上に大きな収穫である。


 武器だけの話ではない。


 村には専属の鍛冶師がおらず、手の器用な村人が鍋や農耕具の修理を請け負っていた。テッシンが行くことで彼の負担も減るだろう。


 テッシンのおかげで、フィリ村がまた一つ前進する。


 早くレンドリックやリリアサに会わせたいものだ。


 テッシンの家をあとにし、恭之介たちも、フィリ村へ帰る長旅の準備をするため、村にある店を回った。


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