第66話 勧誘
翌朝、恭之介たちはテッシンの家を訪ねた。
昨日のこともあって、気まずさはあったが、行かないわけにはいかない。
そもそも彼と話すことが、当初の目的だったこともあるし、何より昨日のことを謝りたかった。
テッシンの家は、昨日戦いがあった広場とそう遠くないところにあった。
小さな小屋の横に、工房のようなものがあった。あちらが作業場だろう。外から少しのぞかせてもらう。
それほど大きくない作業場ではあるが、素人目にもしっかりと手入れされているのがわかる。テッシンの丁寧な仕事ぶりが感じられた。
「おぉ、恭之介さんたちか。どうしたんだ?」
テッシンは小屋の中で荷物をまとめているところだった。やはり本気でこの村を出ていくようである。
「昨日はすみませんでした」
「ん?あぁ、もしかして宴会でのことか?」
テッシンは少し伸びた坊主頭をかきながら笑う。
「あんたたちのせいじゃないさ。どのみち、賊の狙いが俺とわかった以上、村長は俺をほっておかないよ」
「でも、余計なきっかけになってしまいました」
「どうせ遅かれ早かれだ。気にしないでくれ」
「ですが」
「それより、俺の方こそすまなかったな。せっかくの宴会を変な空気にしちまった」
実際は、村長の機嫌が良くなり、それほど悪い空気ではなかったのだが、それは黙っていた方が良いだろう。
「ん?もしかしたら、俺が出ていくって言ったから、村長の奴、かえって盛り上がってたか?」
「あ、いやぁ、それは」
「はははは!いいよ、気をつかってくれてありがとうな。まぁあのおっさんのことだ、そんなとこだろうよ。それにしても恭之介さん、嘘のつけない男だな」
「すみません、不器用なもので」
「いいよ、強い男ってのはそのくらいがいい。あんだけ強くて何でもできちゃ、凡人の身にはたまんねぇよ」
こうやって面と向かってちゃんと話すのは初めてだが、思った以上に闊達な人物だった。話していて、爽やかな気持ちになる。
人に嫌われるような人間ではないと思うが、何故村長とは上手くいっていないのか。二人のやりとりを見ていた限り、山賊の一件の前から、そのような関係性だったと思われる。
だが、その点について聞くには、さすがにまだ早いだろう。
そのかわりに、恭之介はもう一つの気になっていたことを聞く。
「どこか行く当てはあるんですか?」
「ん~、特にないな。まぁ、一応この腕があれば、色々渡り歩きながらでも食っては行けるさ」
テッシンに悲壮感はない。それだけ自分の腕に自信があるのだろう。
確かに彼ほどの鍛冶師ならば仕事に困ることはないはずだ。またあの剣の腕ならば道中の危険も少ない。
「ところで、わざわざ来てくれたのは、それを言うためかい?」
「いえ、実は」
恭之介は、そもそもの目的をテッシンに話した。
ヤクの刀を探しにホノカへ来たこと。都で、この村に腕の良い鍛冶師がいると聞いて、訪ねてみようと思ったこと。
まとめるとたったこれだけのことなのに、思った以上に大事になってしまった。まさか、山賊と大立ち回りをし、手練れの剣豪と戦うはめになるとは思わなかった。
「なるほどな、じゃあ、あんなことがなくても会うことにはなってたんだな」
「えぇ、それがまさか賊を追い払うために共闘することになろうとは」
「全くだ。これだから人生ってやつは面白い」
テッシンはあっけらかんと笑う。
山賊に狙われていることについて、気にしている様子はない。豪胆な人物である。
実際、あのようなことがなければ、普通にテッシンに刀を打つ依頼ができていたのかもしれない。そう考えると非情に悪い時機に来てしまった。
もっとも、恭之介たちが来なければ、山賊にテッシンが攫われていたかもしれないと思うと、逆に良かったとも言えるが。
「そうか、恭之介さんの頼みなら聞いてやりたいとこだが、この村で一から刀を作る時間はちょっとねぇかもな」
「そんなに急いで出ていくことはないのでは?」
ララが手を上げながら言う。
「いや、昨日あんな啖呵を切っちまったからな。これ以上ここでだらだらしてたくねぇよ。それにあんまりゆっくりしてると、また村長の嫌味を聞くことになりそうだしな」
「そうかもしれませんね」
形の良い眉を下げ、ララは少し困ったような顔をした。
恭之介はますます、昨日の宴会にテッシンを誘ったことを後悔する。
いずれ出ていくことになったにせよ、刀を打つくらいの時間はあったのではないか。考えても仕方のないことであるが、なんとも惜しい。
「それに村長の言う通り、スクトモがまた来るかもしれない」
確かにその通りである。
昨日の今日ということはさすがにないだろうが、この村を攻めるくらいの兵力は十分に残っているはずだ。
「あのスクトモという男は、ずいぶんとテッシンさんを買っているようですね」
これも恭之介が気になっていたことだった。
テッシンほどの鍛冶師がそう多くいるとは思わないが、他にも鍛冶師はいるはずだ。わざわざ村を襲わずとも、仲間にできる鍛冶師はいるのではないか。
「まぁ隠していても仕方ないから言うけどよ、元々あいつと俺は同じところで働いてたんだよ」
「お知り合いでしたか」
「まぁ腐れ縁ってやつだな。辺境の砦で、魔物やら賊やらを相手に戦ってた。まぁ平和なホノカの中でも数少ない危険地帯でな、命の危険もあったから、一緒に戦ってりゃ嫌でも結びつきは強くなる。まぁ、戦友ってやつか」
テッシンの腕が立つ理由がわかった。やはり、元々は武士として戦いの場に身を置いていたのだ。
「鍛冶を始めたのもな、その時なんだよ。武器の損耗が激しくて、砦の鍛冶師の手が回んねぇって時に手伝ったのがきっかけでな。だが、やり始めたらそっちの方が面白くなっちまって、今じゃこれよ」
テッシンは笑いながら手元にあった一つの小槌を持ち上げる。
「まぁ剣より鍛冶の方に才能があったみたいでな、結果的には良かった」
「いえ、剣の才能も相当なものだと思いますよ」
「おぉ、恭之介さんほどの人がそう言ってくれるか。じゃそっちも捨てたもんじゃねぇな」
剣しか取り柄のない恭之介からすれば、うらやましい限りである。
「あの、少しよろしいですか?」
これまで静かに聞いていたレイチェルが、一連の会話が落ち着いたのを見計らって言う。
「テッシン様、もし行く当てがないのならば、私たちの村にいらっしゃいませんか?」
「あん?」
テッシンが怪訝そうな表情を浮かべる。
「それはいい」
恭之介は思わず手を叩いた。レイチェルがとんでもない名案を出してくれた。
何故思いつかなかったのか。ますます自分の頭の回らなさに嫌気が指す恭之介である。
「私たちの村はウルダンとトゥンアンゴの国境地帯にあるのですが、現状、村には鍛冶を専門にしている方はいらっしゃいません。この村よりずっと小さな村で、正直大したものはありません。それにホノカからも遠く、何より異国の地ですが、テッシン様さえ良ければ、いかがでしょうか?こちらとしては大歓迎なのですが」
「他国か」
テッシンは腕を組み、考えるようにうつむいたが、それも束の間だった。
「悪くないかもしれないな。別にホノカじゃなきゃ刀を打てないわけでもない」
「本当ですか?」
レイチェルが嬉しそうに手を合わせる。
「むしろ、そっちこそいいのか?山賊に狙われている面倒で得体の知れない人間を受け入れて」
「得体の知れない人間じゃないですよ、一緒に戦ったじゃないですか」
「えぇ、恭之介様の言う通りです。それに村のために、一人で村を離れようとする御方です。そのような御方が、悪い人間とは思えません」
実際のところ、一緒に戦ったくらいでは、人間性などわからない。共闘した人間に、次の日荷物を盗まれたという話もそう珍しい話ではない。
しかし、テッシンの立ち振る舞いを見る限り、悪い人間には見えない。少し不器用だが、不正を嫌う真っ直ぐな人間だと思える。
それに間違いなく、彼は村のために自分を犠牲にしようとしている。そんな人間が悪い人間とは思えない。
もしかしたら、昨日の宴会の時から、レイチェルはずっと考えていたのではないか。
何事にも慎重なレイチェルがわざわざ誘った。そして、レンドリックほどではないが、レイチェルもよく人を見る。彼女の判断ならば、信用しても良いと恭之介は思う。
「そうですよ、テッシンさんは良い人です。それに村には色々な過去を持つ人間がいて、お互い助け合って生きています。私自身もフィリ村に救われました。ぜひ私たちの村へ来てください!」
ララが大きく頷きながら言う。
二人の美女に熱烈な誘いを受けているからか、テッシンは少し照れくさそうに首を振る。
「そうか、じゃあ連れてってくれ。もし村にふさわしくないと思ったらいつでも叩き出してくれて構わない」
お読みいただき、ありがとうございました。
評価・感想、本当に励みになります。
ブックマークのみなさま、いつもありがとうございます。




