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第65話 村長の屋敷

「いや、本当にありがとうございました。おかげで助かりましたよ」


 村長が酒を片手に、上機嫌に言う。


 恭之介たちは、村長の屋敷に来ていた。

 

この村には少々似つかわしくない、豪華な屋敷である。


 宿場町としての儲けが思ったよりもあるのだろうか。


 村長の屋敷に来たのは、山賊を追い払った労いとして、ぜひ食事でもと誘われたからである。


 食事の途中で山賊退治に駆り出された恭之介たちとしては願ったりと、お言葉に甘えることにしたのである。


 出てくる食事や酒は豪勢なもので、時折ララのため息が聞こえた。どうやら味に満足しているようだ。


 かたやテッシンは居心地が悪そうにしている。酒を飲む姿に少し荒みが見えた。


 当初、屋敷に招待されたのは恭之介一行だけだった。だが、テッシンも命をかけて一緒に戦ったのだからと言うと、村長はしぶしぶといった様子で承諾した。


 今思えば、テッシンも迷惑そうではなかったか。恭之介が誘うから仕方なくついて来たのかもしれない。


 もしかしたら、こちらが知らない事情があるのだろうか。双方に嫌な思いをさせてしまったとすると申し訳なく思う。


 だが、こうなってしまったものは仕方がないので、あまり気にせず食事を楽しむ。


「ところで、帰って行った山賊は、結構な数だったと聞いたのですが」

「そうですね。五十か六十くらいは残っていたでしょうか」

「そんなに!」


 村長が再び怯えたような表情を見せた。


「え~、確か山賊の中にいた強い者と一騎打ちをして勝ったことで、山賊は引き返したと聞きましたが」

「はい、そういう形になりましたね」

「なんというのか、そのぉ、どうしてそのまま帰したのかな、と少し不思議に思いまして。お侍さんほどの人ならもっと倒せたんじゃないかなぁと」

「おい、村長。この人が手心を加えたって言いたいのか?」


 テッシンが、畳を軽く叩きながら凄む。


 その様子に驚いたのか、身体をびくりと震わせ、村長が激しく首を振った。


「ち、ちがう!私はそんなことを言ってないだろう。テッシン、変なことを言うな」

「嫌味ったらしいんだよ」

「客人の前で何ということを言うのだ」

「まぁまぁ、お二人とも落ち着いてください」


 なだめながら、恭之介はとんだ場になってしまったなと、ここに来たことを後悔し始めた。


 しかし、テッシンを誘い、この状況を作ったのは自分であると考えると、このまま見知らぬふりもできまい。


 どうしたものかと、内心あたふたしていると、ララが言葉を発した。


「村長さんのおっしゃることもわかります。しかし、私たちはあの時点でかなりの数の山賊を倒しており、疲労が溜まっている状態でした」

「な、なるほど」

「そんな状態で恭之介さんはあの手練れと立ち合い、何とか紙一重のところで勝つことができました。勝てたのは僥倖と言って良いと思います」

「それほどまでの男でしたか」

「はい。ですからあそこで帰ってくれたのはラッキーでした。あれ以上戦い続けたらこちらも無事では済まなかった可能性があります」

「そ、それはそうかもしれませんな」


 実際の状況とは、もちろん違う。


 ララもテッシンもまだ余裕があったし、恭之介にいたっては、トージと戦うまでほとんど刀を振るっていない。


 だが、ララのわかりやすく落ち着いた説明が良かったのだろう。


 村長はいちいち頷きながら、一応の納得ができたようだ。


 そのまま和やかな宴会に戻れれば良かったのだが、村長がまた不穏な事を言い始めた。


「皆様の活躍はよくわかりました。ですが、その、私が心配しているのはですな、またあの山賊たちがこの村にやってくるのではないかと」


 村長がテッシンの方をちらりと見て言う。


「賊の狙いはテッシンと聞きましたが、それが狙いである限り、またこの村にやってくるのではないでしょうか。そして恐らくその時、あなたたちはもういない。私たちはどうしたら……」


 村長がわざとらしく頭を抱えた。


 宴が始まったところで、賊の狙いがやはりテッシンだったと言うことを、テッシン自身が言ってしまったのだ。


 上手く濁せば良かったものを、それを潔しとしないのか、正直に伝えてしまった。


 好ましい性質ではある。だが、そのせいで彼自身の立場が危うくなってしまった。


「……わかったよ、出ていけばいんだろ」

「何!?私はそんなつもりじゃ!」


 そう言いながらも、テッシンの言葉に対する反応は早かった。それを見たテッシンが舌打ちをする。


「わかっているよ、あんたの考えていることは。まぁいい、迷惑をかけているのは確かだ。安心しな、近いうちに出ていく」

「なんと、お前がいてくれたことで、助かったことがたくさんあるのに。しかし、お前がそう決めたのなら私は何も言えない」


 第三者の恭之介が見ても白々しい演技だ。


 しかし、この宴に無理やりテッシンを誘ってしまったことで、こんなことになったのだ。


 こちらとしても責任を感じる。


 だが、よそ者が口を出すことも難しい。ましてや口下手な自分だ。


 こういう時にもっとも頼りになるレイチェルは、冷静な表情で黙々と出された食事に手を付けていた。


「じゃ、悪いが村を出る支度をしないと行けないからな、俺は先に失礼する。……恭之介さんたち、せっかく誘ってくれたのに、嫌な思いをさせちまってすまかったな」


 村長に対する態度とは逆に、恭之介たちに申し訳なさそうに頭を下げた。


 むしろ、頭を下げたいのはこちらのほうである。


 しかし、恭之介は結局、何を言えるでもなく、テッシンの後姿を見送った。


 テッシンが屋敷を後にすると、村長は妙に上機嫌になった。


 上機嫌の理由は彼が村を出ていくことになったからだろうか。


 そう考えると、なんとも嫌な気持ちになるが、よそ者の恭之介に何か言えるはずもない。ましてやそのきっかけを作ったのは、恭之介なのだ。


 そのかわり、賊について気になっていることを聞いた。


「ところで、あの山賊たちなんですが、どうも山賊らしくないように感じました」

「と言いますと?」


 また賊の話に戻ったためか、村長は少し怯えたような表情を見せる


「あの強さといい、しっかりとした統制といい、まるで軍のようでした。この辺りの山賊はみんなあんななのですか?」

「いえ、あいつらは特別ですよ」


 村長は苦々しい表情を浮かべる。


「革命軍だがレジスタンスだがなんだか知りませんがね、お上に楯突く痴れ者の集まりですよ」

「革命軍ですか」

「何やらね、乱れたホノカを救おうとか大それたことを言っているわけです。実際に乱しているのは誰だって話ですよ。まぁそういうことを言う賊が、ホノカ国内にいくつかあって、奴らはその一つですよ」


 偉そうなことを言って、実態はただの賊というのはよくある話だ。恭之介も前の世界で、似たような輩を見たことがあった。


「そうです。革命軍なんて御大層な名前、自分たちでそう言っているだけで、実際はただの賊ですよ賊」

「そうなんですね」

「えぇ、反面、ここ地域一帯を治めているダコク・イチフル様はご立派な方ですよ。私のような者にでも、しっかりと手柄があれば、それに見合った報酬をくださいます。おかげでこのような暮らしができているんです」


 一介の村長にしては、豪華な暮らしをしていると思ったが、どうやらその領主からの報酬が理由のようだ。


「なるほど。ちなみに村長さんは、どんなお仕事をして、報酬を得ているのですか」

「え?それは何と言いますか、ちょっとイチフル様の承諾がなければ私の口からはなんとも」

「あぁ、そういうものかもしれませんね」


 急に歯切れが悪くなった事を思うと、何か表には出しづらい仕事なのかもしれない。


 こんな厳しい世の中である。そんなこともあるだろう。特別聞きたかったわけではないので、恭之介はそれについての興味を失った。


「とにかくですな、奴らは、そんなイチフル様やその上にいる国主様に楯突く愚かな賊なわけです」


 村長は熱のこもった調子で語る。


 しかし、スクトモの器量、そして彼が率いていた山賊たちのことを思い出すと、ただの賊とは到底思えなかった。


 そしてトージの腕も、山賊に身を落とした者の腕ではなかった。意志のある見事な剣。


 村長の話を聞いた後だと余計に、あれは山賊ではなく、軍だったと思ってしまう。


 大義を持った軍。


 道中で見た、貧しい村々や、痩せ衰えた山賊まがいの民。スクトモたちはあれを救おうとしているのだろうか。


 もっとも、この国に疎い恭之介では、国と革命軍、どちらが正義かわからない。あるいはどちらも正義なのかもしれない。


 ただ、色々な意味で、スクトモたちともう一度戦うのは気が進まないな、と思った。


 できればもう関わることなく、ホノカを後にしたい。


お読みいただき、ありがとうございました。

みなさま、いつも本当にありがとうございます。

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