第63話 正面突破
じっとりとした不快な気配が、周囲に充満してきた。
山賊たちはすでに村の近くまで来ている。動きの様子では、どうやら正面から全員で襲い掛かるつもりのようだ。
村人たちは村の奥に、全員一か所に固まり、そこをレイチェルが結界で守っている。
恭之介はララとテッシンとともに、村の入り口付近にある広場に立っていた。ここで迎え討つつもりである。
全員で正面から攻めて来るのは、村のことを考えると悪い状況ではないと言える。
四方八方から同時に攻めてきた場合、村人を守るレイチェルの結界が破られることはまずないとしても、建物などに被害が出る可能性があった。
山賊を追い払ったは良いが、建物や財産に大きな被害があっては、彼らの未来は厳しいものになるだろう。甘いのかもしれないが、ついそんな彼らの営みも考えてしまう。
反面、戦う恭之介たちからすれば、山賊たちが分散してくれた方が、各個撃破できるので、戦いやすい。
その点では、三人で正面切って大勢を相手しなければならないという不利な状況ではある。だが、三人で立ち向かうと決めた時から、そのくらいの不利は織り込み済みである。
「恭之介さん、敵を引かせたら勝ちでいいですよね」
「はい、全員倒す必要はないでしょう」
ララの言う通り、山賊が引けば、この戦は終わりだ。
そのため狙うは、賊の頭領の首だった。頭領さえ倒せば、指揮系統が脆弱と思われる山賊なら四散するに違いない。
「来たぞ」
テッシンが少し抑えた声で言う。彼も特に動じることもなく、落ち着いているようだ。頼もしい。
足音が聞こえてきた。少しずつ姿も見えてくる。
山賊にも関わらず、整然とした隊列だった。思ったよりも練度は高そうだ。
恭之介は、敵に対する評価を上げた。これはまるで軍を見ているかのようである。
「止まれ」
鬱々とした低い声。
どうやら後方で、馬に乗っている男が、その声の主のようだ。
たいまつに照らされ、男の表情が見えてくる。
一瞬、暗闇から幽鬼が現れたのかと思った。
しかし、よく見ると、山賊とは思えない清潔感があった。
身体の線は細く、やや不健康そうが、しっかりと髭が剃られ、着ている服も手入れがされている。
切れ長の目で端正と言っても良い顔立ちだが、どこか暗い。揺れるたいまつの火が作る影が、より陰鬱な様子を醸し出していた。
間違いなく、この男が頭領だろう。その風格が感じられた。
「テッシンがこちらに来れば、俺たちは帰る」
男はまっすぐテッシンを見据えている。
無駄話をする気はないようだ。
やはり狙いはテッシンだった。悪い予感というのは、得てして当たってしまうものである。
「テッシン、お前はいつか言ったよな。自分は名誉も金もいらない。刀が作れればそれで良いと」
テッシンもまっすぐとその男を見ているが、何も答えない。
「ならば、ここで武器を作るのも、俺のところで武器を作るのも変わらないだろう。それにここじゃ、あまり良い扱いをされてないそうじゃないか」
頭領は、今のテッシンの境遇を知っているようだ。もしかしたら部下を、この村に潜り込ませているのかもしれない。
「俺はお前の腕を買っている。当然、今より金も払ってやる。まぁどちらもお前にとってはさほど欲しい物ではないかもしれないがな。だが、俺のところへ来れば間違いなく、お前は刀を打つことにすべてを捧げられる。魅力的じゃないか?」
やはりテッシンは何も言わない。
視線を下げ、黙って地面を見つめているだけだ。少し悩んでいるようにも見える。
今更、山賊の誘いに魅力を感じたわけではないだろう。会って間もないが、そんな人物ではないと思う。
おそらく、自分が身代わりになれば、村が助かるという思いを捨てきれないのかもしれない。その中には、恭之介たちへの気遣いもあるのだろう。
「テッシンさんは行きませんよ。腕の良い鍛冶師ならばなおさら、山賊の武器なんて作らせるわけにはいきません」
「……貴様は部外者だろう?黙っていてくれないか」
「部外者ですが、関わってしまいました。このまま見過ごすわけにはいきません」
頭領は落ち着いた眼差しでこちらを見てくる。動じた様子はない。
「ふん、相当やるみたいだからな、その自信もわかる。しかし、こっちも本気だぞ」
頭領の言っていることは、よくわかった。
商人の護衛が言っていた五十人という情報より、はるかに多い人数を引き連れてきている。
八十人ほどいるだろうか。頭領は本気でテッシンを手に入れるつもりで来たのだ。
八十人の中には、かなりの数の手練れが混じっている。また、大勢の気配が混じり合って、どこにいるか正確にはわからないが、尋常ではない遣い手がいた。
その気配だけで、思わず柄に手をやってしまいそうになる。
更には、頭領の腕も本物だった。実際に立ち合うまでは読み切れないほど、強さに深みがある。
しかも恭之介の隠した気配も感じ取っているようだ。侮れない。
「俺は、行かない」
鞘から刀を抜きながら、ふり絞るような声でテッシンが言った。
刀身が、たいまつの火でぎらりと光る。
かなりの業物だ。
こんな時だと言うのに、恭之介は思わずテッシンが持つ刀に目を奪われた。彼が打ったものだろうか。
「そうか、わかった。では無理やりでも連れて行くぞ。ついでに帰る村もなくしてやる。お前ら、テッシンだけは殺すなよ……やれ!」
低いがよく通る声で、頭領が戦端を開いた。
全体の半分ほどが、こちらに向かってくる。残りは頭領の守りのようだ。
こちらの奇襲を警戒しているのだろう。守りはこちらの予想より厚い。こちらの力を読んでいる証拠とも言えた。
「ゴコ・オール!」
ララが向かってくる集団に向け、広範囲の炎を放つ。はじめから大技である。
先頭を走っていた数人は、完全に炎に包まれるが、それ以外の者たちは、直撃を免れたようだ。思った以上に動きが良い。
それでもさすがララの魔法である。余波でも更に被害を出した。初撃で幾人も戦線離脱に追いやった。
賊たちは炎を逃れた形のまま、横に広がる。やはり敵の動きは悪くない。こちらを包み込む気なのだろう。
「な、なんだ!」
「これ以上進めねぇ!」
こちらの後ろに回りこもうとしていた山賊たちが立ち往生している。
見えない壁の正体は結界である。
事前にレイチェルが、広場の周囲に結界を張っていたのだ。
そのため、賊はこちらの後ろを取ることができない。
逆に、恭之介たちは結界の近くで戦う間は、後方を気にせず戦うことができる。前だけ見て戦えば良いのだ。
結界の壁に誘導されるように、賊がこちらに駆けてくる。
「雷狐!」
敵の一人が魔法を唱えた。横を向いた雷のようなものが、大量に襲い掛かってくる。
今度は逆に、結界の壁がこちらの逃げ道を狭めていた。すぐさまこちらの結界を利用して、攻撃を仕掛けてきた。対応は速い。
「ナップ・フルト!」
しかし、こちらの対応も速い。
ララが目の前に岩の壁のようなものを出現させた。雷はその岩に止められる。
防がれたことで一瞬狼狽した魔法使いに、すかさずテッシンが斬りかかった。
そのまま返す太刀で、近くの山賊を斬り倒す。
頭領からテッシンは殺すなと言われていることもあり、賊の攻撃はやや鈍い。そこを上手く利用して、テッシンはかなり強気で攻めている。
テッシンは相当遣える。思わず感心して見入ってしまうくらいだ。
敵の腰の入っていない攻撃をかわしつつ、鋭い斬撃を繰り出していた。やはり彼はもともと刀を使う側だったようだ。明らかに熟練の腕がある。
山賊が押し寄せ、乱戦になってきた。しかし、後方に回り込む者がいないだけで、かなり戦いやすい。
ララも剣を抜き、小回りの利く魔法を唱えながら戦っていた。魔法と細剣を上手く組み合わせた洗練された剣さばきだ。確実に一人一人仕留めていく。
唱える魔法が彼女を照らし、まるで踊り子の舞のようにも見える。
敵前衛の中にいる者で、二人の腕を凌ぐ者はいなそうである。少人数ではあるが、完全にこちらが圧倒していた。
しかも、恭之介はまだ暮霞を抜いてもいない。
敵の状態を探るため、序盤は二人に任せたのだ。
二人のおかげで、前衛はすでに乱れが見える。しかし、後衛の四十人は不気味なほど動いていない。
山賊側も、こちらの動きを窺っているのだ。まだあちらにも余裕がある。手練れもまだ何人も残しているようだ。
そして、恭之介が感じた尋常ではない遣い手も後衛にいる。その人物が、後衛の支柱なのだろう。
今攻めている前衛が完全に崩れるようなら、敵はあっさりと撤退するのだろう。当然、後衛は無傷なので無理なく撤退できる。
獲物が目の前にあるというのに、闇雲に攻めかけてこない。憎らしいほど落ち着いていた。やはりただの賊ではない。
厄介な賊である。できれば、しばらくは村を襲うことができないくらい、叩いておきたかった。
そのためには、向こうの予想を上回る攻撃をしなければならないだろう。そうすることで初めて、相手の余裕を崩すことができる。
恭之介は暮霞を抜いた。
やることは一つ。後衛への突撃。
三人しかいないこちらがやるには、あまりにも乱暴な手だが、だからこそ相手の意表をつけるだろう。
前方へ向かって駆ける。
恭之介に気づいた、五人ほどの山賊が進路を塞ごうと向かってきた。
「ナップ・ダフ!」
恭之介の意図に気づいたララの援護射撃。
彼女が放った岩の弾丸が、恭之介の周囲の山賊たちに当たる。
一人だけ、その弾丸を斬り落とした者がいたが、その隙を突いて、駆け抜けざまに恭之介自身が斬った。
前衛の壁は簡単に抜けることができた。ララとテッシンのおかげである。
前衛を抜けると、目の前には後衛の壁が見えてきた。
恭之介に向かって、魔法を唱えてくる者がいたが、レンドリックやララには到底及ばない。対応は容易だ。
どうやら敵に強力な魔法使いはいないようだ。魔法が苦手な恭之介にとってこれは有利な状況である。
それでも魔法使いは早めに仕留めたい。敵の魔法を余裕を持ってかわしながら、魔法使いと思われるを人物を狙って遠斬りを放つ。
三人目に放った遠斬りは、近くにいた男に阻まれた。
ララの弾丸を斬った者といい、やはり手練れは少なくない。
矢を放ってくる者もいたが、恭之介にはその軌道がはっきり見えた。自分に向かって来る矢だけを斬り落とす。
後衛の壁まで数mの距離に近づいたところで、恭之介は伸び斬りを放った。
最近また威力を増した伸び斬りは、壁の前方にいた者たちを軒並み斬り倒す。
しかし、六人ほどを斬ったところで、その伸び斬りを止める者がいた。
先ほど、遠斬りを止めた男だった。
こちらを見て、にやりと笑う。
この戦いが始まったから感じていた強者の気配。間違いなくこの男だ。
なぜ山賊などに身を落としてしまったのだと、惜しく感じてしまうほどの凄腕だった。
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