第61話 山賊の影
「人数は三人くらいでしょうか、恭之介さん」
「そうですね、そのくらいだと思います」
またしても山賊である。
ササノ村までの道にも、山賊が跋扈していた。
「でも襲ってくる気配はなさそうですね」
「見張りでしょうか」
「う~ん、少人数の山賊も大人数の山賊もいますからねぇ」
とりあえずすぐには襲ってこなそうなので、そう警戒しなくても良いかと恭之介は思った。
「あ、いなくなりましたね」
ララの言う通り、視線を感じなくなった。どうやら立ち去ったようだ。
一番可能性として高いのは、仲間へ報告に行った可能性だ。その場合、人数が増えた状態で襲い掛かってくることも考えなければならない。
何せ、女性二人に子ども連れだ。獲物としては絶好の獲物だろう。普通の山賊ならば、まず狙いたい集団に違いない。
実際にジナまでの道のりでは、二度も山賊に襲われた。
そんなこともあって、恭之介一行は山賊の襲撃を警戒していたのだが、結局ササノ村に着くまで襲撃はなかった。
拍子抜けもいいところであるが、山賊に襲われなかったのだから悪いことではない。しかし、どうにも不可解だと感じてしまう。
自分で言うのもなんだが、盗賊からしたら、こちらは襲いたくなるような四人組のはずだ。
もしかしたらこちらの力量を読んだのかもしれない。それならば侮れない
ササノ村は一応宿場町と名乗っているようだが、見た限りでは普通の村である。最低限の設備はある、といったところか。
だが恭之介は、心地よい宿場町を求めて来たわけではないので、最低限の宿泊設備があれば十分だった。
この村に、腕の確かな刀鍛冶がいると聞いたからである。名前はテッシン。小さい村なので、そう探索は難しくないだろう。
前の世界でもいたのだが、どういうわけか、腕がある職人の一部は都などきらびやかな場所を嫌い、辺鄙な場所に住み着く傾向があった。どうやらここの鍛冶師もその手の人間のようだ。
そういった職人たちは、欲やしがらみの少ない静かな空間で、自分の腕を見つめたいのかもしれない。その感覚ならば、恭之介も何となくわかる気がする。
ササノ村が都からそう離れていなかったのも幸いだった。大きな無駄もない。
すでに夜が近かったので、今日は宿を取り、休むことにし、テッシンという鍛冶師を訪ねるのは明日にした。
「どうして襲わなかったのでしょうか」
宿で食事をしているとき、ララがおもむろに話し出した。
どうやらララも、盗賊に襲われなかったことが少し引っ掛かっているようだ。襲われなかったことで良しと終わりにせず、色々考えてしまうのは、武人の性だろうか。
「単純に他の標的がいたのかもしれませんよ」
「そうかもしれませんが」
「でもレイチェル様もララ様も女性ということに加えてとびきりの美人ですし、俺は子どもです。先生もぱっと見、あまり強そうには見えませんから、仮に他の標的がいたとしても狙いたくなりそうなものですが」
「うん、ヤクと同じことを私も思ったよ」
「え!?恭之介様は、私を美人だと思っているのですか!?」
ララがおもむろに、恭之介に顔を近づける。
「え、えぇ、それはもちろん」
「そうですか。ふふふ」
ララが怪しげな笑みを浮かべながら酒を呷る。
「でも実際は襲って来ませんでしたね。もしかしたらララさんの強さを見抜いたとか」
「しかし、山賊になるような者たちに、人の強さを見抜く力があるでしょうか」
確かに、人の強さを見抜くには、それなりの腕がなくてはならない。そしてそれだけの腕があれば、山賊に身を落とさなくとも、冒険者などの生業で食べていけそうな気もするが。
現に、ジナまでの道中で襲ってきた二組の山賊には、それほどの力はなかった。はっきり言って一般人の範疇である。
今日の後半は、山賊の襲撃を警戒していたので、ゆっくり景色を見ることもできなかった。それゆえ、会話は否が応にも山賊の話になってしまう。
実は山賊ではなく、その付近に住んでいる者だったのかもしれない、など色々話はしたが、結局これといった結論は出なかった。
山賊の話もさすがに尽き、別の話題をしていたところで、外が妙に騒がしくなった。
何事かと外へ出てみると、血まみれの男が一人、地面に敷いたござに寝かせられていた。
死ぬほどの傷ではなさそうだが、息は荒い。かなり興奮しているようにも見えた。
「何があったんですか?」
恭之介は近くの野次馬に話しかけた。
「山賊に襲われたらしいのよ!」
いかにも話好きそうな女性が、興奮した様子で言う。
「この人が襲われたんですか?」
「この人は雇われた護衛で、狙われたのは雇った商人だったみたい。大勢護衛がいたのに、やられちゃったんですって」
「そんなたくさんの護衛を雇うほど高い物を運んでいたんですか?」
「よくわからないけど、そうなんじゃない?」
「その商人さんはどうなったんでしょう?」
「どうも、殺されちゃったみたいよ、あぁ怖い」
女性は自分の身体を抱き、大袈裟に身震いをした。
恭之介たちが狙われなかったのは、やはり他に狙うべき大物がいたのだ。
大勢の護衛を雇うということは、それなりの商人で、それなりの額の物を運んでいたのだろう。確かに半端な獲物を狙って、大物に警戒されるわけにはいかない。恭之介たちを見逃すのも当然だ。
しかし、護衛のついている商人を襲うとは、なかなか思い切ったことをしたとも思う。ただの山賊なら、いくら金目の物を持っていても襲うのを躊躇するはずだ。腕か人数に自信のある山賊なのだろうか。
悠長にそんなことを話していると、怪我をした護衛の生き残りがとんでもないことを口走った。
「これから山賊がこの村に攻めてくる」
それを聞いた村人たちは、悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように、駆け去っていった。逃げる準備だろうか。
怪我人のそばには、数人しか残っていなかった。一人は手当をしているので、医者のようだ。あとはそれなりの身なりをした年嵩の男と、しっかりとした体格の壮年の男だった。
恭之介は誰にともなく、話しかけた。
「山賊を迎え撃つ準備はあるんですか?」
「こんな辺鄙な村にそんなものあるわけないじゃないですか」
年嵩の男が、半ば諦めたように言う。どうやらこの男が村長のようだ。
「どうするんですか?」
「どうするもこうするも、もし本当に襲ってきたら、できる限り被害が少なくなるよう祈るだけですよ」
何の力もない村は、どこもこんなものなのかもしれない。
力のある者には無駄な抵抗はしない。
弱者には諦めがあるだけだ。
力が支配する世の摂理。
そんなものだろうと、どこか思ってしまう自分は冷たいのだろうか。
自分は大丈夫という驕りがあるのかもしれない。
しかし、一度見てしまった以上、見過ごすことはできない。
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