第58話 ホノカを目指す
「都には行かず、ホノカを目指すんですよね、先生」
「そうだね、どのくらいかかるかなぁ」
ヤクは、大きな荷物を背負いながらも、軽い足取りである。この旅が嬉しくて仕方がないのだろう。
ヤクの剣を手に入れるための旅に出ると、本人に伝えた時の喜び様は、恭之介の想像をはるかに超えていた。
涙を流し、何度も恭之介に御礼を言ったのである。
まだ剣の姿形も見えていない状態なので、ぬか喜びしないようにと注意をしたが、そもそも、恭之介がそのような提案をしてきたこと自体が嬉しかったらしい。
提案一つでそれほど喜ぶとは、日々の生活でそんなに不自由をさせていたかと、一瞬心配になったが、どうやらそういうことではなかったようだ。
あたふたする恭之介を、そばにいたキリロッカが呆れたように見ていたのを思い出す。人の心の機微というのは難しいものである。
人間である自分よりドラゴンであるキリロッカの方がよほど人の心というものがわかっている
そんなキリロッカだが、なんと今回の旅について来ようとした。
彼女の日頃の言動を思うと、旅の道連れにするのは少々怖いものがあったので、それは丁重に断ることにした。
長くこの世を生き、人々を恐怖に陥れてきた銀嶺の女王が、まんま子どものように駄々をこねるという一波乱があったものの、同行は何とか断ることに成功。そもそも山の守りはいいのだろうか。
それはさておき、肝心のヤクだが、使う得物は刀を選んだ。即答である。ゆっくり考えても良いと伝えたのだが、決心は固そうだった。
もっとも、恭之介もヤクには刀が合うと思っていたので、悪い決断ではないと思う。
そのため今回はウルダンの都には行かず、ホノカ国を目指すことにした。
地図の大体の位置で言えば、フィリ村は、大陸中央部の北に位置していた。ウルダン王国とトゥンアンゴ王国の国境付近である。
ホノカ国は大陸の右端にあるので、距離としてはウルダン全土をほぼ突っ切る形となり、それなりに距離がある。
「地図で見る限り、ホノカ国までは二十五日前後はかかるでしょうか」
レイチェルが地図を見ながら言う。
ウルダンの都に行かないということになったので、今回の旅にはレイチェルもついてきた。行き先が都じゃなければ大丈夫だろうという判断である。
レンドリックは、レイチェルに色々な経験をさせてやりたいと考えているようだ。おそらく家の事情で村に閉じ込めているのを良しとしないのだろう。その気持ちは何となくわかる。
普段の控え目な態度に反して、意外に好奇心旺盛な彼女自身も、今回旅ができることを喜んでいた。
彼女が張り切りながら嬉しそうに荷物を準備している様子はなんとも微笑ましい光景だった。
その近くで恭之介に恨みがましい視線を向けてくるドラゴンがいなければ、もっと良い光景だっただろう。
そんなレイチェルは元は貴族の娘だったとは思えないほど、世間にも詳しくしっかりしているので、同行は正直助かった。頼もしい仲間である。
「トゥンアンゴまではホノカ国の情報はほとんど入って来ませんでしたから、どんな国か楽しみです」
旅の道連れの最後の四人目は、ララである。
実は、最後の一人はマカクかハラクのつもりでいたのだが、出発直前に旅装を整えたララが「え?私も当然行きますが」といった様子で恭之介の前に現れ、結局押し切られるような形で四人目となった。
ララが行くということは、マカクとハラクも来るのかと思ったが、そんなことはなかった。村の防備を考えると、彼らには残ってもらった方が良いので、この点については安心した。
しかし、ララの護衛の役目はもう良いのだろうか。二人は特に何を言うでもなく、あっさりとララを見送った。相変わらず謎な二人である。
半ば強引について来たことを考えると、ララはよほどホノカ国に行ってみたかったに違いない。ショーセルセの都に行った時の彼女の目を輝きを思い出す。もともと箱入り娘だったようなので、色々なものを見てみたいのだろう。
ララはせっかく自由になったのだ。外の世界を見てみたいだろうし、恭之介も見せてやりたいと思っていた。
そして今回の旅にはリリアサはついてきていない。
どうしても手が離せない患者がおり、村に残ることにしたのだ。彼女も非情に残念といった様子だった。
恭之介としても、リリアサは頼りになるので、旅に同行してもらえなかったのは残念である。しかし、それ以上に今回は村に残ってもらえて良かったと思っていた。
リリアサには、少し村でゆっくりしてもらいたいと考えていたのだ。彼女が現世に戻ってきてからとにかく色々なことがあり、身体も心も疲れているのではと心配していたのである。
ロンツェグの一件も、まだ完全に決着がついたわけではない。態度にこそ出さないが、彼女も傷ついているのではないか。
そもそも、いつも彼女に面倒見てもらってばかりではいけない。恭之介もたまにはしっかりとしたところを見せたいと思っていた。
「ホノカ国は、前に先生がいた世界と似た文化と聞いていますから楽しみです」
「文化そのものはどのくらい同じか私もわからないけど、とりあえず腕の良い刀鍛冶が何人もいるというから楽しみだね」
「はい!先生の暮霞も、刀鍛冶に打ってもらったんですか?」
「いや、私のは、はるか昔のご先祖様が、偉い人にもらったものなんだ」
「そんな昔の刀なのに、あんな斬れ味があるんですね」
「うん。刀はしっかり手入れすれば、ずっと使えるからね。私たちよりはるかに長生きだよ」
「そうなんですね。俺も一生物の刀を見つけたいです」
ヤクに与える刀は、数打ち物ではなく、質にはこだわってやりたいと思っていた。そして、できれば名工の手によるものがいい。
いつもコルガッタへ向かう道を途中から東南に外れる。ウルダンの中心部に向かう街道なので、進むにつれて、道はどんどん良くなっていく。
「やはりウルダンの文化レベルは高いですね。立派な舗装路です。トゥンアンゴでは土がむき出しのところがほとんどですから」
ララが感心したように、路面を見る。
確かにかなり歩きやすい道なので、疲労も少ない。この調子ならば思ったよりも早くホノカに着けるかもしれない。
「レイチェルさん、ウルダンとホノカの関係は今はどんな感じなんですか?」
恭之介は、気分転換も兼ねて、歩きながらレイチェルに話しかける。
「はい、ゆるやかな同盟というのでしょうか。お互いに関して、干渉せず不可侵。そんな約束を取り交わしていると聞きます」
「じゃあ交易なんかもしないんですか?」
「いえ、交易はしています。両国間では長く戦争もありませんし、友好的とも言っていいと思います。どちらの都にも、互いの国の交易品がたくさんありますよ」
「そうですか、それなら安心ですね」
「えぇ、国を越えるといっても、それほど心配しなくても大丈夫だと思います」
道中は、大きな街道を中心に歩いたこともあり、ほとんど危険な目には合わなかった。やはり、人の手が入ったところには、大きな魔物は現れないようだ。
途中で立ち寄った町でも、念のため武器屋を回ってみた。僻地のコルガッタよりはずっと良い武器があったが、こちらが気に入るものはなかった。
刀を売っている店もあったが、どれも数打ち物で、あまり良質ではない。それでも、ウルダン国内で刀が大量に売っているのを見て、恭之介はホノカ国へ行くのが更に楽しみになった。
他国でこれくらいの質と量があれば、技術についてはそれなりに期待できると思ったからだ。まさか自国でこれより悪いものが売っているということはあるまい。
ウルダンとホノカが友好的なのは、どうやら本当らしい。
途中からホノカへ向かう街道に入ったが、この街道もよく整備されており、歩きやすかった。
もっとも理由は逆で、進軍のために整備されたのかもしれないが、今の恭之介たちにとっては歩きやすいことが何より重要だった。
そのおかげもあってか、フィリ村を出てから、二十二日目。予想よりも早く、大陸の右端にある、ホノカ国へ無事到着した。
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