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第56話 変わるもの、変わらないもの

 宿の食堂で暖かい食事にありつけた時は、さすがの恭之介も大きく息を吐いた。


 ショーセルセ最後の夜である。


 明日には都デッツを出て、村へ帰る。


「みんな、本当にお疲れ様!かんぱーいっ!」


 何度目の乾杯だろうか。ワイングラスを掲げながらリリアサが明るく言う。


 あれだけの魔物を相手にして、みなほとんど無傷だったことを思えば、大勝利と言って良いだろう。


 しかし、恭之介たちの顔には勝利の色はなかった。


「惜しかったわね。あと少しのところだったんだけど」

「すみません、斬ることができず」

「あ、違うのよ、そういうつもりで言ったんじゃないの。第一、逃走用にロック鳥まで用意してたのは反則よ。あの鳥も深淵の魔物だからね」

「そうだったんですか?」

「そうよ~、ミノタウロスに続いて、デュラハンにロック鳥。こんな頻繁に深淵の魔物が現れてちゃ、世界のパワーバランスが壊れちゃうわ」


 自らを逃がすためだけに、それほどの魔物を用意していたことを考えると、やはりロンツェグの下準備が良かったのだろう。


 深淵の魔物相手ならば、遠斬りをあっさりとかわされたことも納得がいく。


 深淵の魔物。


 このところ連続して遭遇しているので、感覚が麻痺しているが、町の近くに出没するというのは、やはり異常なことなのだ。


 確かにあれほど強い魔物に対応できる者が、冒険者の中にどれほどいるのか。


 その深淵の魔物を操るロンツェグのギフトはやはり恐ろしいものだ。強大な力を持つロンツェグが一国の政治に絡んでいると考えると、早急に手を打たなければなるまい。


「それにしてもさすが恭之介君ね。デュラハンと泥虫四人を相手にして、あっさりだもの」

「あっさりじゃないですよ。結構無茶をしましたし」

「そうなの?」


 リリアサが驚いたように言う。


「あ、無茶と言ってもいつもと比べてですよ。命を賭けてどうこうじゃないです。もしかしたら傷を負うかもな、くらいです」

「う~ん、もちろん命を賭ける必要なんてないけど、傷を負う無茶もできればやめてね。ただでさえ恭之介君は防御力が低いんだから」

「でも結局無傷でしたから」

「結果論よ。もう、気をつけてね」 


 心配してもらえる内が華という。恭之介は素直に頷いた。


「それにしても、今回はララさんたちの活躍が大きかったです」

「それは本当ね。特にララちゃんすごいわ!あんな大技連発して」

「そんな。むしろ今回の件で、改めて鍛えなければと思いました」

「あれで?AランクBランクの魔物をばったばった倒すなんて、一流しかできないわよ?」

「いえ、まだまだです。特に恭之介さんを見てしまうと」

「恭之介君は別格よ。比べるだけ損」

「はい。でもせめて恭之介さんの横に立てるくらいの強さは持ちたいです」

「あら、こんな健気なこと言ってるわよ。それについてどう?恭之介君」

「はい、私もまだまだ鍛えなければいけません」

「……さすが恭之介君ね」

「ふふ、恭之介さんらしくて良いと思います」

 

 今回の戦いを通じ、自身の技にまだまだ鍛え上げる余地があると感じた。あの時、こう動ければ。こんな技があれば。思いつくことはたくさんある。


 もっとも、どんな戦いのあとも反省はある。それがあるうちは、まだ強くなれるのだろう。 


 だが、収穫もあった。伸び斬りの斬れ味が以前より増したし、気配を察知する感覚もぎりぎりの実戦で使うことができた。


 この世界に来てから得た力が、徐々に自分に馴染んでくるのがわかった。


 初めは急な力の変化に戸惑ったものだが、時間をかけて付き合っていけば馴染むものだ。


 おかげで、新しい力も自分の力と認められるようになってきた。それは恭之介にとって嬉しいことだった。また一つ、この世界の住人に近づけたと思えるからだ。



 翌朝、ギルドへ行き、エフセイに一連の流れを説明した。


 エフセイは牧場主としてのロンツェグを知っていたようで、彼が魔物使いだと知り、大きく驚いていた。


 また武闘派との結託、ロンツェグの野心について話すと、さすがに話が大きすぎると思ったのか、話を膨らませず、わかりました、というのみであった。


 派閥闘争は、ショーセルセ内部の問題である。


 この情報をエフセイがどう活かすかわからなかった。彼が本当に中立なのかもわからない。


 その懸念があったため、エフセイへの報告を終えると、その足ですぐにデッツを出た。


 もし、エフセイが武闘派側の人間だった場合、口封じとして襲ってくる可能性があったからだ。


 だが、ショーセルセ領内を出るまでは追手を警戒しながら動いたが、結果的に襲撃はなかった。これで、エフセイが武闘派側ではないと考えるのは早計だろうか。


 直接村へは帰らず、コルガッタへ寄った。ワーレンに報告するためである。


「なるほどな。やはり魔物使いの仕業だったというわけか」


 ワーレンは、こちらが一通り話し終わるまで、一度も口を挟まず聞いていた。


「えぇ、嫌な予感が当たっちゃったわ」

「しかし、非常に貴重な情報だ。本当に自分たちの手柄にしなくていいのか?下手したら表彰ものだぞ」

「いいの。目立ちたくないし、ワーレンさんの方で処理してくれた方が助かるわ」

「わかった。それほど言うならな。まぁこちらで上手くやっておくよ」

「でも結果的に追手がなかったから良かったけど、エフセイさんに言って大丈夫だったかしら?何も伝えないで出るのも何だからと思って、言っちゃったけど」

「エフセイなら大丈夫だろう。政治に絡むとか嫌いなタイプだしな」

「そうなの?上手そうに見えたけど」

「器用なだけだ。現に追手がなかったのは、一つの根拠だろう。まぁ人は変わるからなんとも言えないが」

「そうね、人は変わるからね」


 リリアサの口調が少し違うように感じた。しかしその表情は見逃してしまった。


 その日は、コルガッタへ一泊し、翌日に村へ帰ることになった。


 夕食後、宿の庭での鍛錬を終えた恭之介をリリアサが待ち構えていた。


「少しいいかしら?」

「ええ、何ですか?」

「今回は巻き込んでしまってごめんなさい」

「え?」

「ちゃんと謝ってなかったなと思って」


 リリアサは申し訳なさそうな表情を浮かべて言う。

 

「謝ってもらうことなんてないですよ」

「いえ、今回はララちゃんの件が本筋だったのに、私のわがままで大きな騒ぎになっちゃった」

「そうですか?ララさんのは単なる付き添いで、私は元々リリアサさんの調査に協力していたつもりでした」

「そう言ってくれるのね、ありがとう」


 実際、恭之介はそのつもりだった。


 リリアサがショーセルセで調べ物があると言ったから、協力したのだ。単なる事実であって、そこに気を使うことなど何もない。


「それに、あれだけの数の魔物を倒せたのは良かったと思います。何か悪さをしようと思って魔物を集めていたのでしょうから」

「……そうね、その通りだわ」

「だから、リリアサさんは謝る必要はないです。私たちがしたことは、人々のためになったはずですから」

「本当にありがとう」


 言葉だけのことではあるが、リリアサの気が少しでも晴れたら嬉しい。


 きっと責任感の強い彼女のことだ。必要以上に気にしていたのだろう。


「それにしてもあのロンツェグ君があんな風になるなんてびっくりしたわ」

「リリアサさんが持っていた印象は全然違ったみたいですね」

「えぇ、本当に純粋で真面目な人だったのよ」

「そうですか……それは残念でしたね」

「人は変わるものね」


 リリアサはいつものように笑みを浮かべていたが、寂しさを隠しきれていなかった。


「恭之介君は変わらないわよね?」

「う~ん、どうでしょう」

「あはは!そこは嘘でも『はい』って言うところよ」


 声を出して笑う。良かった、今度は本当に楽しそうだ。


「いえ、でも本当にわからないですよ。例えば、フィリ村の人たちに何かあったら変わってしまうかもしれません。大切な人たちですから」

「あら、大切って言ってくれるの?ふふ、これはみんなには内緒にして私の心の内に納めておきましょう」

「もし、みなさんを傷つけた人がいたら、私はその人に復讐しようとするかもしれません」

「そう、そうね。そういう変わり方はあるかもしれないわね」


 リリアサは少し困ったような表情をする。


「私たちを大切に思って、そうなってくれるのは正直嬉しいけど、やっぱり恭之介君は変わらないでほしいな」

「そうでしょうか」

「えぇ、やっぱり恭之介君はずっと今のまま、強いのにのんびり屋の恭之介君でいてほしいわ」

「わかりました。そうなるよう、できるだけ努力します」

「うん、その言い方が恭之介君らしい」


 リリアサは嬉しそうに笑う。

 

 それが彼女の望みならば、できる限りそうあろうと恭之介は思った。


お読みいただき、ありがとうございました。

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[気になる点] オカリナは魔物の強さに関係なく操れるのでしょうか?
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