第54話 力がもたらした野心
泥人形は大して強くはないが、とにかく数が多かった。そして、どんどん土の中から湧き出してくる。斬っても斬ってもきりがない。
「北西の森に集めていた魔物は潰されたが、お前たちを倒すために魔物は他にも準備していたんだ!」
ロンツェグは何やら笛のようなものを吹き出す。
「あれが、ギフト。魔物を操るオカリナよ」
恭之介の後ろにいるリリアサが言う。
「最初に操る時こそ至近距離で吹く必要があるけど、二回目以降は特殊な音波で、多少遠くても操ることができるの。きっと、この辺りに潜ませていた魔物を呼び寄せているんだわ」
「あの笛を奪えば、他の人でも使えるのですか?」
「使えない。彼だけが使える特別なギフトだから」
そういう事ならば、ロンツェグを斬ればもう魔物を操る者はいない。
リリアサのためにも、この世界のためにも彼を斬らなければならない。
恭之介はロンツェグを見た。
泥人形に囲まれているため距離は遠いが、こちらの視線に気づいたのか、怯えたような表情を見せる。
そちらへ向かおうとした瞬間、地面が揺れるような感覚。
数々の咆哮とともに、周囲の森から魔物が大量に現れた。
コルガッタであった魔物の波ほどの数がいる。その時と違うのは、圧倒的にこちらの人数が少ない。
「彼を逃がすわけにはいかない」
リリアサが呟く。
「はい、ここで斬りましょう」
しかし、遠い。
恭之介は暮霞を振りながら、ロンツェグがいる方向に少しずつ歩みを進める。
伸び斬りを駆使し、群がる泥人形や他の魔物たちを斬っていくが、とにかく数が多い。
広範囲の攻撃ができない恭之介では、じりじりと進むことしかできない。
しかも始末の悪いことに、ロンツェグを守るように魔物が新たに壁を作っていく。
せっかく進んでも、また前に魔物が現れ、ロンツェグは後ろに下がる。
一向にロンツェグに届かない。
広い草原と大量の魔物が、こちらに大きな不利を与えていた。
「恭之介さん!」
離れたところで戦っていたララが叫ぶ。
「私が道を開きます!」
彼女もロンツェグを討たねばならないと思っているのだろう。
自分の持ち場が悪くなっても、ここは恭之介を前に進めるべきだと気づいている。
「お願いします」
無理はしないで欲しいが、必要な一手だ。
もっとも彼女のそばでは、マカクとハラクが、ララに指一本触れさせるものかと奮迅の働きを見せているので、まだしばらくは大丈夫だろう。頼もしい護衛である。
ロンツェグの前には、すでに百体近い魔物が控えており、その中には大物も混じっていた。
「いきます……全てを焼き尽くせ!ゴコ・オール」
ララが放った炎が、魔物の群れに食らいついた。
離れたところにいるのに、ものすごい熱波だ。
巻き起こった炎と煙の奥では、魔法を喰らった魔物が黒炭となり、ばたばたと倒れているのがわかる。
この隙に、飛び込めるか。
「あっ、待って!」
近くにいたリリアサが何か気づいたようだ。
「……マジックガードだわ。あれ、見て」
リリアサは忌々しそうに呟く。
彼女が指したところを見ると、大きな盾を持った小鬼がたくさんいた。
「魔法攻撃に対して、高い防御力がある魔物よ。マジックガード自体は大して強くはないんだけど、魔法攻撃に対する防御力だけで、Bランク相当。他の魔物と組むとかなり厄介よ」
「魔法が効かないんですか?」
「全く効かないわけじゃないんだけど、普通は魔法じゃまず倒そうとは思わないわね。でもさすがララちゃんね、そのマジックガードですら魔法で倒しているわ」
確かに、マジックガードもかなりの数が地面に倒れている。
しかし、その後ろで守られていた魔物たちはまったくの無傷。
魔法の威力から想定していた結果より、はるかに魔物が残っている。
「では先にマジックガードを倒した方がいいですね」
しかし、そのマジックガードを討とうとすると、他の魔物が邪魔をしてくる。
魔物だというのに、統率の取れた集団戦を仕掛けてくる。厄介な戦い方だ。
「どうだ!魔物を操れる僕はこんなこともできる!この力があれば、宰相どころか王にだってなれるかもな」
ひきつった笑みを浮かべながらロンツェグが叫ぶ。
あながち無謀な野心ではないかもしれない。確かにここまで魔物を操れたら、国を相手に戦えるだろう。
しかし、その先に何があるのか。人間を殺し、魔物に囲まれた人生にどんな幸せがあるのか。
恭之介には、ロンツェグの気持ちが全くわからない。
まさに狂気だ。
力に飲まれ、まったくの別人格、いや人間ではない何かになってしまったとしか思えない。
やはりここで討たねば。
「リリアサさん」
「なぁに?」
「ララさんたちの近くに行ってもらえますか?」
「……わかったわ。一応増強の魔法をかけておくわね。防御力アップの魔法も使えたら良かったんだけど、私使えなくて。ごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
リリアサをララたちの下へ行かせるために、一旦後ろへ下がる。
「ララさん、もう一度さっきの魔法をお願いできますか?」
「はい、もちろんです」
「では、お願いします」
「しかし、まだマジックガードが大量にいますから、さっきと同じような形になってしまうと思いますよ?」
「十分です。今度は一気に駆け抜けます」
「そうですか。どうかお気をつけて」
「恭之介君」
心配なのか、リリアサが珍しく浮かない表情だ。
気休めにしかならないが、言わないよりはましだろう。
「リリアサさん、大丈夫ですよ」
「……そうね、恭之介君だものね」
リリアサが無理矢理ぎこちない笑顔を作る。それでも、心配そうな表情よりずっといい。
恭之介は、再びロンツェグの正面に立つ。一旦離れてしまったため、さっきよりも魔物の壁は厚くなっている。
「恭之介さん!できる限り、恭之介さんの道を作ります」
ララが集中して、何やら呟き始める。
完全に棒立ちのため、隙だらけだが、そこはマカクとハラクが一切魔物を近づけない。
リリアサも攻撃に加わっている。
総力戦だ。
次で決めなければならない。
「いきます!ゴコ・オール!」
先ほどより更に強力な炎が広範囲に魔物に襲い掛かる。
しかし予想通り、マジックガードのところで勢いは止められてしまっている。
それには気にせず、恭之介は駆けはじめた。
「風の道を作れ、エティ・ミン!」
恭之介の前方で高密度の突風が巻き起こり、魔物たちを左右に吹き飛ばした。
マジックガードの盾も関係なさそうで、吹き飛ばされている者が多かった。
風が自然と前に道を作ってくれる。まだ一度も刀を振っていない。
しかし、さすがにタイラントベアやグリフォンなどの大物は対応してくる。
それらに向け、暮霞を構えようとした瞬間、ララの叫びが届いた。
「これで最後です、恭之介さん!ナップ・ダフ」
大量の岩の弾丸が、魔物たちの急所に的確に刺さる。
さすがの大物たちもなすすべなく、地に伏せていく。
魔物の壁はまだ厚い。
しかし、ララのおかげでかなりの距離を進めた。
ロンツェグの恐怖が張り付いた顔がしっかりと確認できる。
待っていろ。
恭之介は、ロンツェグに切っ先を向けた。
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