第53話 牧場主ロンツェグ
ギルドへ行き、エフセイ支部長に結果の報告をした。
予想以上の数の魔物がいたこと、Aランククラスの魔物がいたことについて、ひどく驚いていた。それと同時に我々に、深く謝罪をしてきた。
結果として、こちらに被害はなく、また報酬もかなり弾んでくれたので、不満は一切ない。
気になったのは、この期に及んでもリリアサは、ロンツェグについてエフセイに語らなかった。ギルドに情報を与えて、調査してもらうというのは、それほど間違った手段ではないような気もする。
しかし、彼女は憶測でも物を言うのが嫌なのだろう。その気持ちは恭之介にもよくわかった。
万が一、ロンツェグに何も非がなかった場合、彼がこの異世界でせっかく得た平穏な暮らしをぶち壊しにしてしまうのだ。
自分の目で確認してから。恭之介はリリアサの決断に一切不満がなかった。むしろ憶測で動くような人でなくて良かったと思う。
魔物退治の二日後、恭之介たちは町で聞いたロンツェグの牧場に向かった。かなり有名な牧場らしく、誰に聞いてもすぐに場所を教えてもらえた。
「さて、どうなることやら」
リリアサはいつもの飄々とした様子である。
しかし、きっと心の中では様々な葛藤があるに違いない。馬車内には微かな緊張感が漂っているようにも思えた。
「もし、ロンツェグさんが犯人だった場合、リリアサさんはどうするんですか?」
「え?もちろん、ウルダンの領事館に突き出すわよ」
リリアサは即答する。
「だって、魔物を町にけしかけるなんて、大罪も大罪よ。あの魔物の波だって、恭之介君がいなかったら、コルガッタの町にどれほどの被害が出たか」
「確かに、それはそうですね」
「その場合は問答無用。転生させた縁があるなんて関係ないわ。この世界の法に基づいて、裁いてもらう」
力強い口調だ。
彼女の中で、ロンツェグが犯人だった時の覚悟など、とうにできているのだろう。
それでも思い悩んでしまうのがリリアサだった。
「実はそれよりも私が心配なのはね、ショーセルセの武闘派との関係よ」
「どういうことですか?」
「前に私が話したロンツェグ君と武闘派がつながっているって仮説を覚えている」
「はい、大体は」
その仮説を簡単に言えば、ロンツェグの後ろにいるショーセルセの武闘派が、魔物を操る力を使って、ウルダンとトゥンアンゴの力を削ぐというものである。
恭之介を監視をしていたのがジェマイリ将軍の手駒である泥虫だったならば、その信憑性はかなり高いと思われる。
恭之介を監視する理由など、ミノタウロスとの一戦しか考えられない。
「もし、ロンツェグ君の後ろに権力者がいたとしたら、ロンツェグ君と争うことはそのまま権力者を敵に回すことになるからね。後ろにいるのが、ショーセルセじゃなくてトゥンアンゴだったとしてもそれは同じ」
「私たちを計画を阻止した敵とみなすわけですね」
「そういうこと。だから今思えば、あの魔物の波の裏を調べようなんて思わなければ良かったわね。そうすれば、恭之介君は単なる強い冒険者としてだけ警戒されてたでしょうし。まぁここまで来て、そんなこと言っても遅いんだけどね」
リリアサは自嘲気味に言う。
「でも、真実を知りたいという気持ちは当然だと思います」
「ありがと、ララちゃん」
「いえ、それに今話したのはロンツェグさんが敵だった場合の話ですよね。何もないかもしれないじゃないですか」
「……そうね、確かにその通りだわ」
そう言いながらもリリアサはどこか上の空だった。
真実を知りたいが、知りたくない。そんな、矛盾した気持ちを抱いているのかもしれない。
悩んでいるリリアサに何もしてやることができない。
そのことに忸怩たる思いを感じるが、できないものは仕方がない。せめて何か事が起こった時に、リリアサの身をしっかり守ろう。それが自分にできることだ。
ロンツェグの牧場は、町から少し離れたところにあり、昨日魔物退治をした森からもそう遠くない場所だった。
周囲は山と森に囲まれた、広大な土地である。牛や馬など、さまざまな家畜がいるようだ。この広大な敷地に多くの家畜を飼育していることから、彼が大きく成功したのがわかる。
近くにいた牧童に、ロンツェグがいるかどうか聞くと、どうやら今日は牧場にいるようだ。リリアサの様子を盗み見ると、少し複雑そうな顔をしていた。
いっそいなければ良かった、そう思っているのかもしれない。
「前に会ったリリアサが来たって言ってくれればわかると思うの。声をかけてきてもらえるかしら?」
「リリアサさんですね。わかりました」
ヤクと同じぐらいの年頃だろうか。牧童は素直に、牧舎の方へ駆けて行った。
「さすがにちょっと緊張してきたわね」
「大丈夫です。何があってもお守りします」
「ふふ、恭之介君にそう言われると、本当に安心するわ」
しばらく待っていると、牧童が一人の男を伴って歩いてきた。リリアサの身体が微かに震える。
「本当にリリアサさんじゃないですか」
三十過ぎぐらいの男だろうか。髪は上品に油で固めており、少し腹の出た身体を包んでいる服は高級そうだ。
いかにも金持ちと言った風貌である。以前は遊牧民だったと聞いていたので、この風貌は少々意外だった。
リリアサはいつもの笑顔である。何を考えているのかはわからない。
「お久しぶり、ロンツェグ君。なんかずいぶん立派になっちゃって」
「えぇ、こちらの世界にきて、すっかり太ってしまいました」
「お仕事が上手くいっているのね」
「おかげ様です。本当にリリアサさんと神様のおかげですよ」
ギフトのことを言っているのだろう。ぼんやりとロンツェグを見ていていると、いきなり目が合った。
すぐに目をそらされるが、ちらちらとこちらの様子を窺っているようで、その目には落ち着きがない。
これは。
リリアサにとっては、予想通りだが残念な結果になるかもしれない。
「少し歩きませんか。この辺りをご案内しますよ」
「そう?じゃ、お願いするわ」
改めてリリアサを見たロンツェグが言う。
牧童には仕事を続けるように指示を出し、我々を先導し始めた。
この世界に来た時のこと、牧場を立ち上げた時のこと、今どんな仕事をしているかということ。
ロンツェグは歩きながらそんな話をした。リリアサは一つ一つの話を楽しそうに聞いている。
きっと本当に楽しいのだろう。会った時に話したかったことは、こんな話だったに違いない。
一見すると、和やかな雰囲気だ。
しかし、恭之介はリリアサのそばから離れない。
その緊張感が伝わっているのだろう。大して歩いていないのに、ロンツェグはすでに大量の汗をかいている。
気づいたら、牧場から少し離れた草原に来ていた。森がすぐ近くにある。
嫌な気配のする場所だ。
そこでロンツェグが立ち止まる。目は血走り、明らかに何かに怯えている。こちらを見た顔にはすでに余裕はない。
「ところでリリアサさん、今日は何しに来たんですか?」
「え?ロンツェグ君に会いに来たのよ」
「どうして会いに来たんですか?」
「えぇ~会いたかったからじゃだめ?」
落ち着きなく早口で言うロンツェグに対し、リリアサはゆったりとした口調で返す。
そのやり取りに業を煮やしたのか、ロンツェグが叫ぶように言った。
「僕はわかってますよ!」
「何を?」
リリアサの何の感情もない声。今まで見たことがない仮面のような笑顔だ。
「魔物の波について調べに来たんでしょう!?そして、その男を使って、僕を斬る気なんだ!」
「やっぱりあなたがやったのね?」
「そうですよ!」
ロンツェグの叫び声が草原に響く。
「どうしてあんなことをしたの?」
「一国の宰相になれるチャンスが来たからですよ!」
「そんな理由で?」
「そんな理由?大きな理由じゃないですか。食べ物にも事欠く貧乏な羊飼いだった僕が宰相ですよ!こんな素晴らしいことはない!」
「……こんな大きな牧場のオーナーになれたじゃない。それで十分だと思わなかったの?」
「思わないですね。僕には魔物を操れるという大きな力がある。そんな僕が牧場主というちんけなもので収まっていいわけがないっ!」
ロンツェグは力に飲まれたのだ。
きっと元は、純粋で真面目な男だったのだろう。しかし、強大な力を手に入れたことによって歪んだ。
魔物を操るという、この世界をひっくり返しかねない大きな力だ。自分の力に気づいた彼が、暴走するのもわからなくはない。
だから恭之介は、強力なギフトを断ったのだ。
大きな力は人を狂わせる。
「僕が宰相となって政治を見る。そしてジェマイリ将軍が元帥となって軍を見る。そうすることでショーセルセには新しい時代がやってくる。大国の顔色をうかがうことのない、強力な国家の誕生だ」
臆病な男なのだろう。
自らのしていることに怯え、とりあえず何か話していないと恐怖にかられるのだ。ロンツェグは何かに憑かれたように語り続ける。
おかげで貴重な情報を得ることができた。やはりロンツェグはショーセルセの武闘派とつながっていた。
「あなたを使っているのはジェマイリ将軍なのね?」
「使っている?変なことを言わないでもらいたい。あの男をあそこまで大きくしたのは僕だ。僕が操る魔物を倒すことで彼は出世を果たした。いわば魔物退治の出来レースだよ。僕がいなければ彼はあれほどの力を持っていない」
「……これまでね。ロンツェグ君、本当に残念だわ」
リリアサが冷たく言い放つ。
「あなたを拘束します。恭之介君!」
リリアサの合図で飛び出そうとした瞬間、何者かに足首を掴まれた。
何事かと足元を見ると、地面から茶色の人の手のようなものが生えていた。
その手が恭之介の足をつかんでいる。
「な、何ですかこれは!」
ララの叫び声。
いつの間にか、周囲には土でできた人型の魔物が大量に出現していた。地面からいきなり生えてきたかのようだ。
「僕を捕まえることなんてできるわけがない!むしろ、のこのこと僕に会いに来たお前らこそ終わりだ。行けっ!泥人形たち」
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