第52話 森に隠された魔物の群れ
馬車で行けるところまで行き、そこから目撃情報があった森へ向かって歩いた。
森への入り口は、街道からさほど離れていないところにあったが、一歩足を踏み入れると、森は深さを増し、人の侵入を拒む様相を現した。
フィリ村の近くの森と同じくらいの深さだろうか。魔物を隠すにはうってつけと言える。
森の奥へ足を踏み入れると、目撃証言が本当だったことがわかった。
姿こそ見えないものの、恭之介はすでに魔物たちの気配を感じ取っていた。
「あ、気配をたくさん感じますね。これはやはり魔物がいそうです」
「えぇ、強い気配がいくつもあります。普通の森の雰囲気じゃありませんね」
ララが腰に下げている剣を抜く。彼女も魔物の気配を感じ取ったようだ。
ララの前と後ろに、マカクとハラクがつく。二人も警戒態勢に入った。
ちなみに前がマカク、後ろがハラクとわかったのは、ララが話しかけたからである。恭之介はまだ二人の見分けがつかない。
「でも妙ですね、なんか気配が固まってますよ。魔物って、そんな近い距離に固まりましたっけ?」
「いえ、そんなことは基本的にはないわ。ちなみに強そうな魔物?」
「う~ん、まだちょっと遠いから細かいところまではわかりませんが、ここまで気配を感じるということは、弱くはないと思います。そういった気配が、ぽつぽつと近くにまとまってあります」
「それはおかしいわね。強い魔物ほど、縄張りを広く持つ傾向があるから、それほど近くには寄らないのに」
リリアサが口元に手をやり、目を細めた。何かを考えているようだ。
確かに強い魔物ほど、単体か少数で動く傾向が多い。それは恭之介も学習していた。
だが、気配を感じる限り、魔物は不自然なほど密集していた。
まるで軍隊のようだ。
統制された魔物。やはりロンツェグの手が入っているのか。
もしそうならば、確実に思惑があって、この近郊に魔物を集めたに違いない。
また何か事件を起こそうとしているのか。
「とりあえずここで考えていても仕方ないわね。気配の感じられるところまで行きましょうか」
マカクが先頭、ハラクが最後方という並びで、一歩一歩奥に進んでいく。
森は更に深さを増し、鬱蒼とした木々が、周囲から恭之介たちを押しつぶそうとしているように感じられる。
しかし、妙なことに、今のところ魔物と一度も遭遇していない。
普通このくらい深い森だったら、すでに何匹か魔物に遭遇していてもいいはずなのだが、一向に現れる気配がない。
不気味だった。
他の面々も、魔物が現れないことで、逆に緊張感が増している。
時折、後ろを歩くリリアサの表情を窺うと、いつになく真剣な表情を浮かべていた。彼女も一切気を抜いていない。何か不安な思いを抱いているようだ。
周囲は完全に魔物の気配が充満していた。しかし、魔物はまだ姿を見せない。
いきなり、先頭を歩いていたマカクが草木をかき分け、脇道に入った。
二十秒ほど経ったところで、マカクが何事もなかったかのように戻ってきた。
彼の入った脇道を見てみると、オークが二体倒れていた。どちらも顔面が潰れている。
「見張りのつもりかしら。組織だって動いているとしたら厄介ね。それにしてもよく気づいたわね、マカクさん」
マカクがほんの僅か、頭を下げる。もはや首の揺れと言ってよい、控えめな礼である。
今の一瞬で仕留めたのならば、かなりの早業だ。直接技を使うところを見たわけではないが、やはりマカクは相当腕が立つ。
恭之介たちの頭上を、何匹もの鳥が奇声を上げながら飛んでいた。
「ネックバードね。他の魔物たちに私たちのことを教えてるのかしら」
遠斬りや魔法が届く範囲のものは見かけると片づけていったが、全ては倒しきれない。このネックバードの群れも見張りや斥候かもしれない。
ネックバードは長い首が特徴の鳥で、目と鼻がよく、見張りとしては最適のようだ。
もっとも気配が集まっているところまで来た。もはや魔物の囲いに自ら入ってきたようなものだ。
野太い獣の咆哮。
次の瞬間、左右から大量の魔物が飛び出してきた。
オーガやオークなど知っている魔物から、人型の骨やトカゲの魔物など、知らない魔物も多かった。
「リリアサさんとララさんと中心に!」
それだけで、マカクとハラクはわかったようだ。すぐさま動く。
二人を中心に、恭之介たちは円を作る。いかんせん三人しかいないため、隙間が大きいが仕方がない。
それに隙間が多いことは悪いことではない。
「岩の雨を喰らいなさい。ナップ・ダフ!」
恭之介たちの隙間を縫うように、ララが岩の弾丸を放った。
弾丸は吸い込まれるかのように魔物たちに当たり、一体また一体と倒れていく。ほとんど一撃で倒している。
「う~ん、すごい威力。良い魔法使いだわぁ」
リリアサが感心したように言う。
そうやって話しながら魔法を唱えている彼女も器用なものである。
彼女は自分の攻撃魔法が通用する、比較的小型の魔物を狙って上手に立ち回っていた。無駄のない効率的な働きである。
数は多いが、それほど強い魔物はいないようだ。恭之介も伸び斬りの一太刀で、複数の敵をまとめて斬る。
大量にいた魔物がみるみるうちに減っていく。マカクとハラクも、素手だというのに、すべて一撃で敵を葬り去っていった。
その状況を見かねたのか、奥から大型の魔物が出てきた。ハイオーガと顔が鷲で身体が獅子のような魔物だ。
マカクとハラクは、ハイオーガに向かう。
「念のため……増強!」
リリアサが魔法を唱えると、マカクとハラクと恭之介の身体が淡く光った。
「力が強くなる魔法よ」
「ありがとうございます」
確かに、力が身体の底から湧き出るような感覚がある。
「じゃあ恭之介君は、グリフォンをよろしく!あの鳥の顔した魔物ね」
「わかりました」
そう言って、グリフォンの方を向くと、すでに足元が氷で固められていた。身動きが取れず、もがいているだけだ、
「恭之介さん、とどめをお願いします」
どうやらすでにララが魔法をかけてくれたらしい。
水に土に氷と、色々な属性の魔法を使えるようだ。これほどの魔法が使えるならば、自分の強さに自信を持つのもわかる気がする。
恭之介は、お膳立てされた首を無造作に斬った。鷲の首が地面に落ちる。
おそらくこのグリフォンもそれなりの強さなのだろうが、ララのおかげもあって呆気なく倒してしまった。
マカクとハラクもすでにハイオーガを倒していた。どうやったのか、首がどこにもない。何かしら技を使ったようだが、見逃してしまった。
それからも大型の魔物が何体も出てきたが、こちらの敵ではない。
戦いは完全にこちらが圧倒していた。
しかし、魔物の数がとにかく多い。
また森という場所柄もあり、思わぬところから攻撃が飛んできて、油断ができない。魔法を使う魔物も多いのだ。
だが、魔法攻撃に疎い恭之介を、ララとリリアサがしっかり助けてくれる。おかげで、こちらは攻撃に専念することができた。
「本命が来たようです!」
ララの声が森に響く
確かに今までと空気が変わった。周囲の不快な気配は更に濃くなる。
強者が近づいて来ている。それも複数だ。
小型の魔物は、もうこちらに向かって来ず、脇に避けている。
「うわ……またこんなところにいちゃいけない魔物がぞろぞろと」
リリアサがうんざりしたような口調で呟く。
濃い気配を振りまいていた三体の身体が見てきた。
緑の大きなトカゲのような魔物に、首が三つある大型の犬、漆黒の毛に真っ赤な瞳の熊、どれもこれまで見たことがない。
「ドレイクにケルベロスに黒熊……どれもAランク相当の魔物よ」
「ドレイクは、トカゲのようなやつですか?」
「トカゲなんてとんでもないわ。ドレイクは下級とは言え、地竜と呼ばれるれっきとした竜よ。まぁキリロッカちゃんは一緒にされたら怒るでしょうけど」
「竜ですか」
「この三体は、ミノタウロスほどではないけど相当強い魔物よ。普通は魔素の濃い地域にしかない。こんな町に近い森に現れちゃいけないわ」
その三体が現れてからも、他の大型の魔物の攻撃は続いていた。
しかし、当の三体は攻撃に加わらず、少し離れたところでこちらを窺っている。様子を見ているのか。何とも気味が悪い。
その時、ケルベロスの三つの顔がすべてこちらに向き、口を開けた。
寒気。
恭之介は急いでリリアサに近寄った。抱えて飛ぶためだ。
三つの黒い火球。
しかし、避ける必要はなかった。
「カレ・ダフ!」
ララが三つの火球に向け、相殺する形で水の弾丸を放った。
凄まじい爆発と水蒸気。
一瞬、周囲が見えなくなった。
だが、何者かが接近する気配。
リリアサを抱えて、横に飛んだ。
深い黒の毛を持つ熊。瞳は獰猛に赤く輝いている。
黒熊。
荒い息を吐きながら、大きく太い爪で恭之介たちに襲いかかる。
リリアサを抱きかかえたまま、左右へ避ける。
「お姫様になった気分!」
両頬に手を当て、場違いな発言をするリリアサ。
だが、恭之介はどんな時も軽口を叩くリリアサの態度が嫌いではない。自分にはない遊び心だからだ。
がむしゃらに爪を振る黒熊。完全に恭之介を標的としたようだ。
恭之介はララに向かって叫ぶ。
「私がこの黒熊をやります!他は任せていいですか?」
「わかりました!私はこのままケルベロスに向かいます。マカク、ハラクはドレイクを」
「はっ!」
頼もしい仲間だ。
他の魔物は三人を信じて、恭之介は黒熊を相手にする。
そこでふと、腕の中でこちらを見ていたリリアサと目が合った。
「あぁ、なんて素敵な時間」
「しかし、これでは刀が振れません。すみませんが、リリアサさん、降りてもらってもいいですか?」
「もう~、わかってるわよ。名残惜しいけど、いつまでもこうしているわけにはいかないわね」
そう言うと、リリアサは黒熊に向かって右手を出し、呪文を唱える。
リリアサが出した炎が、黒熊の目の付近に当たった。
黒熊は煩わしそうに頭を振る。大して痛手にはなっていないようだが、十分な隙である。
「あぁん、終わっちゃった」
そっとリリアサを地面に立たせ、3mほど離れたところで恭之介は刀を構えた。
黒熊は、リリアサの炎で気を削がれたのか、一旦落ち着き、悠然とこちらを見ている。
確かに強い相手だが、それほどではない。恭之介はすでに黒熊の実力を見極めていた。
恭之介は、上段から暮霞を振り下ろした。
黒熊は一瞬避けようと反応したが、間に合わない。
伸び斬りによる一刀両断。
リリアサの増強の魔法がかかっていたこともあり、黒熊はきれいに真っ二つに割れた。
身体が左右に別れて落ち、地面を揺らす。
「黒熊も余裕綽々ね。さすが恭之介君」
「まぁなんとか」
リリアサへの返答をそこそこに、恭之介は周囲を見渡す。
恭之介が見た時、ちょうどララの剣が、ケルベロスの頭の一つを飛ばしたところだった。
魔法だけでなく、剣さばきも見事だ。
細身の剣に炎を纏わせて、斬れ味と威力を高めているようだ。
首を一つ飛ばされたケルベロスは半狂乱で、ララに襲いかかるが、すでに勝負はついていた。
「凍りつきなさい!チャチャ・オール」
ララの唱えた氷の魔法が、ケルベロスの身体を瞬時に凍らす。
飛びかかろうとしていたケルベロスは、そのまま地面に落ち、砕け散った。
「うわぁ、ララちゃんも異常な強さね。これはフィリ村がまた強くなっちゃうわ」
リリアサが苦笑しながら言った。
残るはあと一体。
恭之介は残った魔物を蹴散らしながら、ドレイクの下へ近づく。
しかし、心配は無用だったようで、マカクとハラクも、ドレイクにとどめをさそうとしていた。
ドレイクは大木のようなしっぽを振り回しているが、すでに動きに精彩はない。
マカクかハラクかわからないが、どちらかがドレイクの首元に近づき、手の平を当てた。
次の瞬間、首の肉が別のもののようにはじけ飛んだ。
どういう原理かわからないが、身体に気を送り込んで吹き飛ばしたようだ。発勁のようなものだろうか。
首を半分ほど飛ばされたドレイクは、しばらく痙攣し、そのまま絶命した。
おそらくこの三体が群れを率いていたのだろう。
率いていた三体がやられたことで、残った魔物たちは慌てたように逃げ出した。
恭之介たちは、なるべく強い魔物を中心に追い討つ。そのおかげもあって、小型の魔物を少し逃しただけで済んだようだ。
「想像以上に魔物が集まってたわね。これはエフセイさんに報酬を上乗せしてもらわないと!」
怒ったような口調で言ったが、顔を見るとおどけたような表情をしている。
しかし、その表情の裏にわずかな陰があるのを、恭之介は見逃さなかった。
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