第4話 質問と謝罪と自分語り
本日5話目。
初回は7話更新です。
恭之介はずっと呆然としていた。
虚空という斬れるはずがないものが斬れ、しかも中に入れそうだったので、思わず入ってみるとそこには、不思議な空間が広がっていた。
真っ白な広い部屋に、大きな机が一つ。
そこには艶やかな長い栗毛をたたえた女性がいた。
女性の美醜に疎い自分には判断できないが、一般的には美人と言われる類の女性だろう。
その女性はリリアサと名乗り、いくつか質問をしてきた。
質問の内容はよくわからなかったが、自分がここへ来たことにひどく驚いていた。
ここに来てしまったことはまずかったのだろう。すでに非礼は詫びたが、その程度の謝罪でどうにかなるのだろうか。
だがこれ以上謝ろうにも、もう少し情報を集めないと謝り方もわからない。
とりあえず質問する許可を得たので、一つずつ聞いていくことにした。
「あの、最初にも聞きましたが、ここはどこですか」
「ここ?転生の間よ」
「てんせいのま」
わからない。子どものように、同じ言葉を繰り返すしかできない。
「そう、人が生まれ変わる時に来る場所。他の世界に行くための中継地点って感じかしら」
「ああ、その転生ですね。なるほど……ということは私は死んだのですね」
「え?」
リリアサが大きく目を見開く。
「ここに来る前に、十人ほどの武士と立ち合いました。斬られた気は全くしなかったのですが、どこか斬られていたのですね。それに気づかないとは未熟です。もっとも死んでしまっては未熟も何もないですね」
そこまで言ったところで、リリアサが大きく笑った。
「あはは!あなたは死んでないよ。大丈夫、全くの無傷」
「そうなんですか?」
「そうよ、恭之介君は生きたままここに来たのよ」
「よかった。死ぬほどの傷を受けて気がつかないなど、そんな情けないことはありません。死んでも死に切れません」
「あなた、意外と面白い人なんだ」
笑わせるつもりなど一切なかったのだが、彼女はさらに笑う。
「ということは、やはり虚空の中に入ったから、ここに来てしまったのですね」
「そう。あなたは自分の力で、時空を超えてここに来たのよ」
「時空を超えるとはどういうことですか?」
「そうね。まぁ簡単に説明しましょうか」
リリアサが机を触ると、空中に文字と図形が現れた。
見たこともないすごい技術だ。
恭之介の驚きを尻目に、リリアサは文字と図を使いながら説明をしてくれる。
知らない言葉や概念も多かったが、説明自体はわかりやすく、何となくではあるが今の状況が理解できた。
「ではここは、私がいたところとは、流れている時間が違うのですね」
「まぁそんなところね。この部屋自体は、通常の時間軸からも外れてるからさらに特殊だけど、それは別に理解しなくても大丈夫」
「ここは特別な場所なのですね」
「う~ん、まぁそうとも言えるわね」
「そうですか。よくわからないまま勝手に部屋に穴を開け、さらには部屋の中に入り込んでしまい、本当に申し訳ありません」
まず謝るとしたらこの点だろう。
次は部屋の修復が自分にできるかどうかだ。
できなければさらに謝罪を重ねることになる。
「あははは!」
しかし、思っていたのとは違った反応が返ってきた。
「あ~面白い。こんなに笑ったのいつぶりかしら」
目元に指をやり、涙をふいているようだ。
「許していただけますか」
「ええ、許す、許すわ。もう許すしかないでしょう」
リリアサが腰に手を当て、大きく何度もうなずく。
少し投げやりのようにも感じるが、どうやら許してもらえたようだ。その点に少し安心する。
「そうですか。それならよかった」
「私こそ、こんなことをする人があなたのような人で本当によかったわ」
よくわからないが、彼女の表情を見る限り、悪い意味ではないようだ。
「あとは、壁の修復ですね。私に何か手伝えることはありますか?」
「あなた、本当に良い人ね。大丈夫よ。裂け目を見てごらんなさい」
恭之介は言われた通り、裂け目に目をやる。
すると少しずつではあるが、穴がふさがってきているようだ。
「すごい。どうしてこんなことができるのですか?ここが特別だからですか?」
「そうね、その通りよ」
恭之介にできることはなさそうだ。
申し訳ないように感じるが、穴が直るのならばそれに越したことはない。
しかし、そこでふとある考えがよぎる。
「あの、この穴がふさがる前に帰った方がいいですよね?」
「そのことなんだけど」
恭之介の言葉を聞いて、彼女が初めて浮かない表情を見せた。
「どうしようかな」
「何か問題が?」
「そうね、問題は……あるわね」
ここまで歯切れよく話していた彼女の歯切れが悪くなる。何かを思い悩んでいるようにも見える。
「リリアサさん、優しいですね」
「え?」
「私に気をつかってくれていますよね。大丈夫です。そもそも私が勝手にここに来てしまったのです。どんな処遇でもかまいません。命で払えと言えば、すぐさま命を絶ちます」
わからないことも多いが、ここは特別な場所のようだった。そんな場所に侵入して、不問ですむわけがない。
自分のような者の命で足るとは思えないが、命以上の対価を恭之介には払うことができなかった。
「……そこまで強くなっても、真っ直ぐなままいられるものなのね。驚きだわ」
「はい?」
「う~ん、そうね。じゃあまずはあなたのことを教えてくれる?それからどうするか考えるわ」
「私のこと?そのくらいは構いませんが。どんな話をすればいいですか?」
「物心ついた頃から今までの話を聞かせて。ゆっくりでいいわ。ここじゃ時間なんてあってないようなものだし」
「わかりました」
引き受けたものの恭之介は、弁が立つほうでない。うまく話せるだろうか。
しかも話す内容が自分の生い立ちということもあり、話すことへの恥ずかしさもある。
しかし、これも償いと割り切り、覚悟を決める。
最も古い記憶、乳飲み子とさほど変わらないほど幼い自分が、木刀で父と向いあっている場面。
話はそこから始め、最後はここに来る直前の話。
自分がいた場所では、自分の力を活かすことができないのではと気づいたこと、そしてそのことを虚しく感じたことまでを、赤裸々に語った。
覚えている限りを正確に話した。
思っていた以上に長い話になってしまったが、彼女は時に笑い、時に驚き、時に悲しみ、最後まで飽きる様子なく聞いてくれた。
「このくらいですが、大丈夫でしょうか?」
「ええ、十分よ。話してくれてありがとう。本当に魅力的な話だったわ」
「そうですか、それなら良かったです」
一つ役目を果たせたことに安堵する。
「恭之介君の強い思いが時空を斬ったのかしらね」
「はい?」
「よし」
リリアサは、何かふっきれたような表情を浮かべた。
「では恭之介君。これからの話をしましょうか」
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