第45話 強さとは
幸い、裏庭には誰もいなかった。
上空を見上げると、無数の星が見事に瞬いている。
いい夜だ。
他の人が来ることも考え、刀を闇雲に振り回すことはしない。
同じ姿勢のまま、ただ構えるだけである。
それでも見えてくるものは多い。
頭の中で様々な型を試す。
この世界に来て、身体能力が上がったことでできるようになった新たな動きもあった。
逆を言えば、以前の自分とは違う動きになっているということである。
自分の意識と実際の動きにずれがあっては、いざという時、致命傷になりかねない。
新しい動きの模索とずれの修正。
この世界に来て毎日続けていることだが、まだまだ先は長い。
だが、それだけまだ強くなれる余地があるということなので、嬉しくもある。
繰り返し繰り返し、脳内で無数の強敵と立ち合う。
どれほどの時間が経ったのか。
暮霞を鞘に納める。
ほとんど、ただ構えているだけだったのだが、身体は汗で濡れていた。大きく息を吐く。
ふと気づくと、離れたところにララが立っていた。恭之介は軽く会釈をする。
「すみません、勝手に見学させていただきました。お邪魔じゃなかったですか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「それなら良かった」
ララが少し近づいてくる。
「でも見たって特に面白くないでしょう?」
「そんなことありません。でも今日は刀を一切振らないのですね」
「ここだからですよ。村や広い場所なら振ります」
「頭の中でイメージをしていたのですか?」
「まぁ、そうですね。最近はこういう鍛錬も多いです」
「恭之介さんの強さの秘訣を探りたかったのですが、私にはまだまだの境地のようです。ただ構えているだけの恭之介さんに圧倒されるばかりで、何も掴むことができませんでした」
ララが少し首を傾げながら微笑む。微笑みの奥にわずかな悔しさもにじみ出ているように感じた。
「いえ、私はまだまだですよ」
「謙遜ではなく、本心からそう言っているのが、本当にすごいと思います」
「強さの頂点はまだまだ見えませんから」
「恭之介さんでもですか?」
「当然です。影も形も見えませんよ」
「……恭之介さんは自らの強さに溺れないのですか?」
ララが思いを込めるように、少しためて言葉を発した。
「強さに溺れる、ですか。う~ん、ないですね」
「どうしてですか?」
「どうして?う~ん……あぁ」
「なんですか?」
「それは、自らが最強だと強さに溺れた人間を、私自身が数多く斬ってきたからですよ」
ララの息を飲む音が聞こえた。
「どの相手も、確かに強かったです。あれだけ強ければ、自らの力を誇るのも無理はないのかもしれません。でも私はそのすべての人たちに勝ちました」
あのような経験をしてしまうと、自分が最強などとはとても思えない。
自分のところにも、いつ強い人間が来るかわからないからだ。
その者たちを返り討ちにし、勝ち続けるには、ただただ謙虚に、愚直に、自らを鍛えるしかない。
「ですから、力に溺れたり、驕ったりしている暇はありませんでした。斬られるのは痛いし、怖いですからね」
「恭之介さんも怖いと思うのですね」
「もちろんです。どちらかというと私は怖がりですよ」
少しふざけた言い方をしたのだが、ララの真剣な表情は崩れない。冗談だと思われたのかもしれない。
しかし、嘘は言っていない。斬られるのは痛いし怖い。
そして何より負けるのが、怖かった。
「……では力を、強さを渇望したことは?」
どうしてこんなことを、こんな場所で話しているのか。彼女は何を聞きたいのだろう。
しかし、真面目に質問をしてくるララに適当なことなど言えない。必死に言葉を紡ぎ出す。
「強くなりたい、その気持ちはずっと持ち続けていますよ」
「でも恭之介さんには、気負いや焦りのようなものがありません。自然体というのか」
「いやぁ、そんなこともないですよ。昔は早く強くならねばという焦りもありました」
「恭之介さんにもそんな時があったのですか?」
「もちろんです。今も別に落ち着いたわけではないですし」
「リリアサさんから、聞いたのですが、恭之介さんはこの世界に転移してくる際、ギフトをもらうことを断ったそうですね」
「あ、言語能力のギフトはもらいましたよ」
「いえ、強さを得るためのギフトです」
「あぁ、そちらですか」
キリロッカだったら「今、会話能力の話なんてしてないでしょうが!」と怒号を飛ばしてきそうだ。
「もし、強くならねばと焦っていた時に、ギフトの提案があったらもらっていましたか?」
これもよくわからない質問である。
昔のことに仮定の条件を加えて、何か意味があるのか。
しかし、きっと彼女にとっては大事なことなのだろう。言葉を選びながら慎重に言う。
「おそらく、もらっていなかったでしょうね」
「どうしてですか?強くなりたかったのですよね」
「う~ん、いきなり大きな力を得ても、自分が完璧に扱えるかわかりません。上手く扱えない力ほど厄介なものはありません」
扱いきれない大きな力は、大雑把な力とも言える。それは、ぎりぎりの勝負では、致命的な隙だ。そんなものを抱えたくはない。
この世界に来て、それに近いものを感じているので、自身の判断は正しいと確信していた。
まさに今さっきも、そのすり合わせをしていたのだ。世界を転移したことで補正された力を、いかに自分のものにするか。
やはり、力は御せなければ意味はない。過ぎたる力は自らを滅ぼす力にしかならないと思う。
「ただそれ以上に、え~、何と言いますか、その、意地でしょうか」
「意地、ですか?」
結局は、自らの力で強くなりたいという意地が、ギフトを断らせたのである。
ギフトを受け取ることは、それまでの自分の否定になるような気がしたのだ。
ギフトのおかげで強くなっても、どこか借りものの強さのような感じが拭えないのではないか。
キリロッカも言っていた。強さの最後の一線を超えるのは、ギフトではなく、自らの力なのだと。
自らの足で立つ。
恭之介の小さな意地である。
だが、それが恭之介にとって小さな誇りにもなっていた。
自分が自分であることの証明。
「やはり心もお強く、そして何より美しいのですね。ふふ、やはり私の決断に狂いはありませんでした」
ララが何やら嬉しそうに数度頷く。そして、再び真剣な表情に戻り、言葉を続けた。
「少し私の話をしてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「私はあります。自分が強いと驕ったことが」
「そうなんですか。意外ですね」
「いえ、そう見えるのは恭之介さんに出会って、自らの小ささを知ったからです。本来の私は謙虚などとはほど遠い傲慢な女でした」
ララは自嘲気味に語り出した。
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