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第42話 容疑者

「え~と、ですから、そのぉ、私がやったのではなく、この人が自分でのどを切ったんです」

「自分でのどを切っただと?何でそんなことをする必要がある?」

「それは私にもわかりません。ただ、その、なんというのか、私がここに追いつめたら急にのどを切ったんです」

「追いつめたってどういうことだ?お前、この人を追いかけていたのか?追い剥ぎの類か?」

「ち、違います。あのぉ、この人が私たちを監視していて、それで」

「監視ぃ~?お前、監視されるようなことをやらかしたんか?とりあえず詰所へ来い。そこで詳しく話を聞かせてもらおう」

「え、いえ、ちょっと待ってください。本当に私は、何もしてないですよ」

「うそをつけ、うそを」


 初めからこちらを犯人だと決めつけている。


 恭之介が明らかに旅人の風貌だからか、軽んじているようにも見えた。


 更に運の悪いことに、逃亡者が自分でのどを切ったところを誰も見ていなかったようだ。


「ほれ、きりきり歩け!」

「話を聞いてください。本当に違うんですよ」

「ちょっとちょっと、何してるのよ!」


 救いの声。


 恭之介を追いかけてきたのか、リリアサたちがやってきた。


「リリアサさん、すみません。面倒なことになってしまいました」

「そうみたいね。一体どうしたの?」


 リリアサが周囲を見渡し、死体に気づいたようだ。そちらをしばし見る。


「何?追いつめたら自分で命を絶ったの?」

「はい。その人が自分でのどを切りました」

「それはまた厄介ね」

「何をごちゃごちゃ言ってる!どけっ」


 警備兵が恭之介を引っ張りながら、リリアサの横を通り過ぎようとする。


「あなた何を言ってるのよ!この子が斬ったっていうの?」

「そうだ!」

「よく見なさいよ、首を切ったナイフは死体本人が持っているでしょう!」

「やった後に、こいつが持たせたんだろう」

「見なさいよ!彼、全然返り血浴びてないでしょ」

「ま、魔法を使ったのかもしれない」

「彼は魔法が使えないのよ!」

「そんな奴が滅多にいるか!」

「いるから言ってんのよ!彼は魔法が使えないかわいそうな子なのよっ」


 リリアサの剣幕に、警備兵は少しひるんでいる。


 かわいそうな子扱いされたのは、聞かなかったことにしよう。


「死体のそばにいたのを多くの人が目撃している」

「死体のそばにいただけで犯人扱いなんておかしいでしょ!」

「それにこの男は、被害者を追いかけていたとか、監視をされていたとか、おかしなことを言っている」


 リリアサがこちらを無言で見てくる。


 そんなこと言っちゃったの?と言わんばかりだ。恭之介は申し訳ない気持ちとともに無言で頷いた。それを見て、彼女は小さく息を吐く。


「だとしても犯人扱いは飛躍しすぎよ」

「とにかく不審なことに変わりないのだ。だから詰所で詳しい話を聞く」

「埒があかないわね。ララちゃん、ちょっといいかしら」

「なんですか?」


 少し離れたところで様子を窺っていたララに封筒を渡す。


「ワーレンさんの紹介状を持って、ギルドまで行ってもらえる?ここのギルドの支部長宛だから、その人にこの事情を話して、力を貸してもらって。来て早々いきなり借りを作るのも癪だけど、しょうがないわ」

「わかりました。すぐに行きます」


 ララが、マカクとハラクを連れて、駆け去った。


「何をごちゃごちゃ話している。とにかく詰所に来てもらおう」


 街中を犯人のように連行され、詰所の一室に入れられた。


 簡易的な机と椅子がある、小さな部屋だ。


「こっちは何も後ろめたいことはないから、聞きたいことを聞きなさいよ」


 リリアサの付き添いを認められたのは幸いだった。


 認められたというより、強行突破に近いが、恭之介一人では上手く話せる気がしないので、本当に助かった。


 警備兵が一つ一つ質問をしてくる。


 だがその質問の流れは、思った流れと少し違った。


 どうやら殺人犯として疑っているというより、とにかく素性の確認をしたいようだ。


 どこから来たのか、何しに来たのかという質問はわかるのだが、ジェマイリ派、ウーゴ派など知らない人物や組織の名前を上げられ、それらとの関係性をしつこく聞かれた。


「だーかーら、そんな人も組織も知らないって言ってるでしょ!まぁいいわ、多分ここのギルドの支部長がそろそろ助けてくれるでしょうから」

「エフセイ支部長はお忙しい方だ。お前らのような不審な旅人の相手などしてられるか」

「そういうのフラグって言うのよ。謝る準備しておきなさい」

「ここで少し頭を冷やせ!」


 警備兵は、吐き捨てるように言葉を残し、部屋から出ていった。


「すみません、リリアサさん」

「しょうがないわ。こればっかりは運が悪かったのよ。気にしないで」


 リリアサが優しく恭之介の肩に手を置く。


「それにしても、見張っていたのが何者か気になるわね」

「はい。命を絶つときも躊躇がありませんでした。所属する組織に厳格な掟のようなものがあるのではないでしょうか」

「でしょうね。多分恭之介君に勝てないと悟ったから、捕まるくらいならと死を選んだのね。そこまで徹底しているとしたら相当強力な組織よ」

「しかし、何故我々が見張られなければならないのでしょうか」

「私や恭之介君を見張っていたのか、ララちゃんを見張っていたのかで話は大きく変わってくるわね」


 やはり出奔したララを狙っている刺客というのが一番考えられる。


 その場合は、もちろんトゥンアンゴの手の者ということになるだろう。ララの護衛が手薄になる瞬間を待っていたというのがもっともらしい。


「でもそうすると、何で自分の命を絶ったのかが引っかかるのよね。刺客だったらやられる前に『お前を討つためにこれからも刺客が来る』みたいなことを言って、正体を明かした方が精神的にも追いつめられるし、効果的のような気もするけど」

「トゥンアンゴの手の者と知られるわけにはいかなかったのかもしれませんよ。例えば他国に暗殺者を送り込んだのが知られたら外交上まずくなるとか」

「そうねぇ、まぁそういうこともあるか。でも自殺するには、ちょっと弱い気がするのよね」

「だとしたら、元火煙の二人でしょうか。でもララさんが、その二人は多分ララさんの顔を覚えていないって言ってましたよね。顔を覚えていないのに、ショーセルセに入ったことがわかるものでしょうか」

「あぁ、ネブレイハ家が火煙と交渉した時、ララちゃんは大勢の隅っこにいたから顔を覚えられてないって話?う~ん、どうかなぁ」


 リリアサが腕を組みながら唸る。


「ララちゃん自身は自覚ないみたいだけど、彼女相当美人じゃない?男だったら、いくら隅にいたってあのレベルの美女は覚えてると思うのよねぇ。その辺りは同じ男としてどう?恭之介君」

「私だったら覚えていないと思います」

「でしょうね。恭之介君だったらそう言うと思ったわ」


 何やら嬉しそうに笑う。

 

「でも三年前ですよね?ララさんは今十八歳と言ってましたから、その年代の三年の変化は大きいのでは?」

「う~ん、そうかなぁ。まぁ恭之介君のような人は超レアだから置いといて、私だったら、多少顔が変わったとしても覚えてると思うのよね。そもそもまともな交渉役なら、出席者の顔くらい全部覚えるでしょうし」

「そんなものですか」

「えぇ。少なくとも私なら全員の顔を覚えるわね。どこで活きるかわからないもの」

「私は交渉役には向かなそうですね」

「あははは!恭之介君はそんなせせこましいところで活躍するような人じゃないから、気にしなくて大丈夫よ」


 リリアサがおかしそうに手を叩いた。


「ではリリアサさんは、あの見張りは元火煙の二人の手の者だと?」

「正直わからないわ。ありそうな話だけど、一応彼らはララちゃんに追われている側じゃない?そっち側が追う側にヒントを与えるようなことするかしら。まぁ逆に、だから命を絶たせたって考え方もできるけど」

「ありえそうですね」

「おい、入るぞ」


 扉を叩く音と同時に、外から警備兵の声が聞こえた。さっきまで振る舞いから考えると、勝手に入ってきそうなものだが、どうしたのか。


「迎えが来てくれたわね」

「え?」

「どうぞ」


 リリアサの合図を聞いてから扉が開き、そこには先ほどの警備兵がばつの悪そうな顔で立っていた。


「出ろ」

「あら?どういうことかしら?」 

「あんたたちの身分が保証された」

「え~、急にどうしたのかしら」


 リリアサはわざとらしい態度を取り、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


 警備兵の呼び方も、お前たちからあんたたちと、わずかながら丁寧になっている。


「遅くなってしまってすいません。大丈夫でしたか」


 ララが部屋に入ってきた。額はかすかに汗ばんでおり、急いでくれたのがわかる。


「大丈夫よ、ララちゃんありがとう」


 ララの後ろから、眼鏡をかけた背の高い男が入ってきた。四十代ぐらいだろうか、細身で柔和な顔をした男である。


「いきなり大変でしたね。でももう大丈夫です。さぁ外へ出ましょう」

「ありがとう。助かったわ。あなたがワーレンさんのお友達ね」

「はい、デッツ支部の支部長エフセイです。どうぞよろしく」


 エフセイは柔らかい物腰で、丁寧に頭を下げた。


お読みいただき、ありがとうございました。

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