第40話 ショーセルセの都
「ほれ、言われたから一応書いたが、当てになるかわからんぞ」
コルガッタのギルドへ行き、ワーレンから封筒をもらった。
元火煙の二人がショーセルセにいる、という情報だけで、ほぼ手がかりがない状態だったので、ワーレンにショーセルセの冒険者ギルドの関係者宛に、紹介状を書いてもらったのだ。
「そんなこと言って。ショーセルセの今の支部長とお友達なんでしょ?」
「昔のな。まぁいい、罪人を探してくれるっていうから、深く事情は尋ねなかったが、あまり無茶をしてくれるなよ。何せ他国だ」
「大丈夫大丈夫。ワーレンさんの顔に泥を塗るような真似はしないわ」
「そうしてくれると助かるよ。ちなみにマロックもトドフも、れっきとしたAランク冒険者だ。ランクに恥じない腕の持ち主たちだから、せいぜい気をつけろよ。まぁそっちはお前さんがいるからそんなに心配はしていないが」
ワーレンが白髪の混じった頭をかきながら恭之介を見てくる。
「はい、気をつけます」
「それから奴らの情報が手に入ったら、ショーセルセの都にあるウルダンの領事館も上手く使え。何かしら手を貸してくれるだろう」
友好的な関係だからなのだろう、ショーセルセにはウルダンの外交機関の出張所のようなものがあるらしい。
「あら、そこまでしてくれるの?」
「奴らのしたことの大きさを考えたらな」
「身柄の確保とか護送とかしてくれるかしら」
「あぁ、問題なくやってくれるだろう。まぁ場合によっては首だけあればいい。逃がすくらいならそちらのほうがいいな」
無茶なことをするなと言ったわりに物騒なことを言う。
もっとも、殺人と利敵行為というのは、そのくらい重い罪なのだろうと恭之介も思った。
「あ、別件だが、一応共有しておこう。この前の魔物の波についてだが、事件の前後にこの町の周囲で怪しげな四人組が見つかっている。実際に関与しているかわからないが、ちょっと引っかかるんでな、継続して調べさせている」
「全然情報はないの?」
「あぁ、見事なほどない。普通の旅人ならもう少し情報があるからな。まずそこが怪しい」
「何かわかったら教えてもらえるかしら?」
「構わんよ。だが、この感じだと大した情報は出ないだろうな」
その後も簡単な情報交換をし、恭之介たちはギルドをあとにした。
「何から何まですみません」
ショーセルセに向かう馬車の中で、ララが頭を下げながら言った。
コルガッタの町で、馬車を一台雇った。てっきり歩いていくと思ったので、これは少し意外だった。
先日の魔物の波を撃退した際にもらった報酬が思いのほか多かったことに加えて、ワーレンが多少補助をしてくれたらしい。
馬車というものに初めて乗ったが、馬車の速度は、歩く速度とほとんど変わらない。むしろ恭之介の歩く速さと比べれば、遅いくらいだ。
だが、乗り心地はあまり良くないが、歩くよりは疲労は少ない。ショーセルセについてからが本番だと考えると、体力温存ができて良いだろう。
それにしても、恭之介が今までしてきた旅と比べると、のんびりした優雅な旅である。
「いいのよ、私も調べたいことがあったし」
「そう言ってましたが、何をお調べになるんですか」
「私の知り合いが悪いことしてないかよ」
リリアサは、転生者が魔物の波を操り、コルガッタを襲わせたのではないかということを簡単に説明をする。
「ギフトとは本当にすごいものなのですね」
「そのすごいものをもらわなかった変な人もいるけどね」
まだ会って日は浅いが、どうやらレンドリックもリリアサもララたちを信用したようだ。
恭之介が転生者ということも、すでにララに話していた。人を見る目に自信はないが、恭之介も信用に足る人々だと思っていた。何より、レンドリックとリリアサの二人が信用したならば問題ないだろう。
リリアサが話している最中、恭之介は横をちらりと見る。
横には、石像のように静かに座っているマカクとハラクがいた。
今回の旅は、元々三人だけで行く予定だったのだが、出発の際にマカクとハラクが自分たちも行くと主張したのだ。
正確には、声高に主張したというより、無言の圧力と言った方が近い。
ついていくのが当たり前です、といった様子で、ララから離れなかった。とにかく無口な二人だ。
聞けば、ララが生まれた時からずっと護衛として働いているらしく、そばにいるのが当たり前のようだ。
二人の年齢は三十五歳と聞いたので、十八歳のララが生まれた時から護衛ということは、ほぼ半生をララの護衛として生きているということになる。
そんな二人が、リリアサと恭之介というどこの馬の骨かわからない輩に、ララを任せるわけはあるまい。
「お二人は武器を持っていないんですね」
「はい」
「いつも素手で戦うんですか?」
「はい」
マカクとハラクが交互に返事をする。
まるで会話をしたくないから、順番に返事をすることで、話すことを最低限にしているかのようだ。
「ちなみにどんなアーツを使うんですか?」
今度は返事もせず、一人が首を小さく振った。それは話せないということだろうか。
「マカク、恭之介さんが尋ねているのです。失礼ですよ」
「あ、いえ、これは僕が悪かったです。気軽に自分の技を人に教えるのは、武人として命取りですから」
「すみません、この二人は本当に無口なのです」
「まぁおしゃべりな男よりはいいと思うわ」
ここに来るまでにリリアサも、マカクとハラクとの会話に挑戦していたが、見事に跳ね返されていた。話し上手の彼女が無理なものを、恭之介がどうこうできるとも思えない。
素手で戦う格闘家とは、あまり戦った経験がない。この二人は相当の遣い手だが、どんな技を使うのだろうか。一度、鍛錬ででも立ち合ってみたいものだ。
今回はこの五人での旅となる。
ヤクやレイチェルも来たがったが、危険な旅になりそうなこと、村でやるべき仕事があったことから、今回は留守番させることにした。
出発の際、何とも残念そうな顔をしていたので、この旅から帰ったらコルガッタの町にでも連れていってあげようと思う。
ショーセルセの都には、十日ほどで着いた。都の名前はデッツというらしい。
コルガッタの町しか知らない恭之介にとっては、道中に訪れた町も大きなものに感じたが、都はさすがに違う。
人も店も多く、とにかく活気があった。
建物だけではなく、道の横には様々な屋台が並び、どの屋台も大きく声を張り上げて客寄せをしていた。
見ているだけでも面白い。いずれウルダンの都にも行ってみたいものである。
気楽な物見旅ではないが、さすがにララも初めて訪れる他国の都に、興味を抑えられないようだった。
色々なものをきょろきょろと見ている。その様子だけ見ると、十代の女性らしいあどけなさを感じさせた。
「兄さん、今この町に着いたのかい?」
辺りを見渡していると、籠を持った一人の男が近づいてきた。
「はい、つい先ほど」
「そうか。じゃあこれを買っておいた方がいい」
「何ですか?」
胸につける小さな花飾りのようだ。
「この花はショーセルセ共和国の国花なんだ。これを胸につけておかないと、道中色々といちゃもんをつけられるぜ。どうしてこの国の花をつけてないんだ、礼儀知らずってな」
「そうなのですか」
「あぁ、旅人の礼儀ってやつだな」
値段を聞くとそれほど高いものではない。
面倒ごとに巻き込まれるのは極力控えた方が良いと考えると、買っておいた方が良いかもしれない。
「いらないいらない!大丈夫だから」
腰につけてある革袋から金を出そうとした時、リリアサの手が恭之介と男の間に入った。
「ちょっと、この町にそんな礼儀作法ないでしょう?」
「いや、でも、ほら、この花飾りはきれいだろう。つけておくだけで心が豊かになるってもんだ」
「私たちの心はもうたっぷり豊かだからね、いりません」
「でも、この町に来た記念にさ」
「いーらーなーい。他のところへ行ったら?」
リリアサの強い拒否に、男はすごすごと立ち去った。
「恭之介君、気をつけてね。都は色んな人がいるから」
「さっき言っていた礼儀うんぬんは嘘だったんですね」
「そう。それらしいこと言って、物知らぬ旅人から小銭をせしめようって輩よ。ぼったくりも多いんだから」
確かに周囲を見渡すと、同じように籠に花を入れた人たちがうろうろとしている。町の入り口で、町へ来たばかりの旅人を狙っているのだろう。
やはり人が多く集まるところには、悪い輩も一定数いるのだろう。今の花売りはかわいいものだが、気をつけなければいけない。
「さ、とりあえず宿を探しましょう。あれ、ララちゃんたちは?」
「さぁ?」
リリアサとともに近くを探す。
「あ、リリアサさん、恭之介さん」
ララたちが手を振りながらこちらに近づいてくる。
「あ、リリアサさん、あれ」
「あらら」
リリアサは顔を手で覆う。
「これ、今そこの人から買ったのですが、胸につけておかないと、色々面倒ごとに巻き込まれるそうです。私たちの任務を考えると、極力目立つのは避けた方が良いと思って、買っておきました。はい、これはお二人の分です。ちゃんと見えるようにつけてくださいね」
いかにも真剣な様子で語るララの提案を断ることはできず、一旦、恭之介たちも花を胸につけることにした。
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