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第38話 滅びゆくネブレイハ

 村へ戻ると、見張りの一人にレンドリックの屋敷へ走ってもらった。もちろん、レンドリックを呼ぶためだ。


 ララたちを村の中へ連れて行って良いものか迷っていると、他の村人が見張り小屋の近くに椅子を用意してくれたので、そこに座ってもらった。


 不意の来客があった場合、レンドリックが直接話すまでは、村の入り口で待ってもらう決まりらしい。


「きょうのすけさま、おかえりなさい」


 近くの花壇で花を見ていたラテッサが近づいてきた。


「ただいま。花を見ていたの?」

「うん。まえに、きょうのすけさまにもらったたねをうえたのよ」

「そうなんだ。きれいに咲くといいね」

「……おきゃくさま?」


 ラテッサが恭之介の足に少し隠れるようにし、ララたちの方を見る。


「そう、お客様だよ」

「ふぅん、そうなの」


 それ以上何も言わないが、興味津々といった様子でちらちらと見ている。そのラテッサの様子を見て、ララの口元が微かに上がる。


「おう、恭之介」

「あ、レンドリックさん」

「来客と聞いたが?」

「はい、こちらに」

「あ、先生。森鳥預かっちゃいますね、さばいてきます」

「ありがとう」


 レンドリックと一緒に現れたヤクに、森鳥を渡す


「恭之介、あの森鳥もらってもいいか?」

「あ、はい。どうぞ」

「ヤク、その森鳥はお客人の食事に回す。レイとセニアにそう伝えて渡してくれ」

「わかりました!」


 元気に返事をすると、ヤクは森鳥を手に、駆けて行った。


 レンドリックが近づくと、マカクとハラクが警戒を見せた。ララも少し驚いたような表情をしている。無理もないだろう、尋常じゃない遣い手が新たに現れたのだ。


 その警戒を和らげるかのように、レンドリックが穏やかな声で語りかける。


「お客人、はじめまして。オールビー・レンドリックだ」

「急な訪問にも関わらず、ご対応いただきありがとうございます。私は……ララと申します」

「ララ殿だな。よろしく。まぁ詮索する気はないのだが、一応立場上聞かんといかんのだ。ただのララ殿で良いのか?」

「その……」


 ララが言い淀む。


「すみません。どうかララとお呼びください」

「そうか。まぁ事情があるようだからこれ以上は聞かんが、この村にいる限りはそう強く警戒をしなくても大丈夫だぞ」

「いえ、ご迷惑をおかけするかもしれませんし」

「その剣についてる家紋、ネブレイハ家のでしょ?あなた、ネブレイハの家の子?」


 リリアサがりんごをかじりながら現れた。歩き食いとは少々行儀が悪い。

 

 ネブレイハという言葉を聞いた瞬間、マカクとハラクが、ララの前に出る。恭之介もリリアサの脇に付いた。


「やめなさい!」


 ララの叱責に、マカクとハラクは再び後ろに下がった。


 この反応を見る限り、ネブレイハというのが彼女の家なのだろう。有名な家系なのか。


「そうよ、そんなに心配しなくても大丈夫。この村は平和だし、悪い人もいないから」

「申し訳ありません」

「うぅん、私もいきなり悪かったわ。それはそうと、そこの女性、呼吸器系の病気を持っているんじゃない?さっきから顔色悪いし、苦しそうよ」


 リリアサが指さした女性は、恭之介も顔色が悪いと思った女性だった。


「見てあげるから、私のうちへ行きましょう。いいでしょ?レンドリック君」

「あぁ、構わん。頼んだ」

「あ、その」


 ララは見知らぬ者に仲間を預けるのを躊躇したようだ。


 しかし、病気なのが事実なのか、強い抵抗は示さない。


「マカク、いっしょについていってください。お願いします」


 双子の片割れが小さくうなずく。


「おっしゃる通り、彼女は呼吸器を患っております。お医者様、すみませんが、どうかよろしくお願いします」

「は~い、任せて。じゃあこれ、恭之介君にあげるわ、はい」

 

 リリアサが食べかけのりんごを手渡してくる。


 空いた手をリリアサは優しく女性の背中に回し、ゆっくりと家の方へ歩いて行った。


 恭之介は今しがた手に入れたりんごを眺める。


 今はりんごを食べるような空気ではないのだが、と思っていると、ラテッサの視線を感じた。


「食べる?」

「うん!」


 りんご問題は片付いた。


 嬉しそうにリンゴをかじるラテッサを尻目に会話は進む。


「隠すような真似をして、申し訳ありませんでした。あの女性が言った通り、私はネブレイハの家の者です。名前は、ネブレイハ・ララタンバルララ。ネブレイハ家の長女です。そのままララとお呼びください」

「わかった。まぁ事情があるのだろう、気にするな。だがネブレイハと言えば、トゥンアンゴの中でも名の知れた部族だったと思うが、その一族が何故このような旅を?」

「ネブレイハ家は、先日戦に負け、事実上滅びました」

「……相手は、あのエンナボか?」

「はい」


 トゥンアンゴ王国は現在、国内の統一戦争の真っ只中と、以前ロイズから聞いていた。その戦争を引き起こし、実際に統一に手をかけているのがエンナボという男だという。


 彼女の家は、そのエンナボに滅ぼされたというのか。


「なんと。ネブレイハが滅んだということは……」

「はい、最後の大きな抵抗勢力だった我々が負けたことで、トゥンアンゴはエンナボのものになるでしょう」

「そうか、あの大きな国を統一するか。英雄エンナボとは言ったものだ。これでこの大陸の情勢が大きく変わるな」

「はい。これからしばらくは、エンナボを中心に大陸が動くでしょう」

  

 彼女から怒りや悔しさといた感情は見えない。落ち着いた様子で、どちらかと言えば、諦めといった感情が強いかもしれない。


「それであなたたちは国境を超えてウルダンまで来たのか」

「はい、とてもじゃないですが、トゥンアンゴに居続けることはできませんでした」

「まぁそうだろうなぁ。それでこれからどうする?ウルダン王国に住むのか」

「いえ、その」

「エンナボへ復讐するのか?」


 レンドリックの目が鋭く光ったような気がした。ララもその凄みに、少し息を飲む。


「悪いが、この村は復讐者お断りの平和な村でな」

「そうなのですね……では私は駄目でしょう」

「ん?やはりエンナボに復讐をするのか?」

「いえ、エンナボに復讐する気などありません」


 ララが小さく首を横に振る。


「相手が大きすぎるというのもありますが、正直私自身、エンナボに悪感情はあまりないのです」

「ほぉ、一族を滅ぼされたのにか」

「はい、もちろん、怒りや悲しみがないと言ったら嘘になります。しかし、エンナボがしようとしていることが、今のトゥンアンゴにとって必要なものだと、少しでも時勢が読める者ならばわかります」

「なるほどな。確かにバラバラのままのトゥンアンゴでは、ウルダンとショーセルセに徐々に浸食されていくだろう」

「はい。トゥンアンゴ統一は今の時代に必要なことです。しかし、父は時勢が読めませんでした。いえ、実はわかっていたのかもしれませんが、曲げられなかったのかもしれません。部族の歴史と誇りゆえに」

「まぁわからなくはない。もしかしたら、曲げられないほど大事なものを持っていたお父上の人生は、幸せだったのかもしれないぞ」

「ありがとうございます」


 そこでララは少しうつむいた。


 自らの家の滅びを話しているにも関わらず、淡々と話し、冷静さを失わない。理知的で聡明な女性だ。


「とりあえず、概要はわかった。詳しい話はおいおい聞いていくこととして、とりあえずはしばらく村に滞在して疲れを取ってくれ」

「いいのですか?私たちは異国の逃亡者ですよ?」

「それに何の問題がある?」

「……ありがとうございます」


 ララが深々と頭を下げた。


 安心したのか、少し彼女の緊張が解けたような感じがする。やはり、逃避行は辛いものだったのだろう。


「では、私以外の六人をお願いします」

「ん?ララ殿はどうするのだ?」

「私は……復讐者ですから、この村にふさわしくありません」

「何だと?さっきエンナボには復讐する気がないと」

「はい、エンナボにはありません」

「では誰に対して復讐する気だ?」

 

 そこで初めて、ララが怒りを見せた。


「ネブレイハ家は、裏切りのせいで大きく衰退しました」

「裏切り?」

「はい。三年ほど前、ある戦で裏切りがあり、ネブレイハ家は惨敗を喫しました。それがきっかけで、家は大きく衰退し、ついには滅ぼされることとなりました。実際は、その裏切りがなくても徐々に力を削がれ、負けていたのかもしれませんが」


 ララは自分を落ち着かせるためか、手に持っていた飲み物をゆっくりと口に運ぶ。


「でも、あそこで裏切られなければ、ネブレイハ家に時間はもっとあったはずです。その間に違う手も取れたでしょうし、有利な降伏の条件も得られたかもしれません。何より、私たちネブレイハ家にとって裏切りは部族最大の罪。逆恨みだということは自分でもわかっています。でもその裏切者だけは許せません」

「裏切った人間はわかっているのか?」

「はい、一人は私の叔父です。エンナボに寝返ることで、ネブレイハ家の実権を握りたかったのでしょう。あとはこのウルダン王国の人間です」

「ほぉ、トゥンアンゴの内乱に介入して利益でも得ようとしたか。同じ国の人間として許せんな。どこのどいつだ?」

「はい、ある冒険者パーティーです。パーティーの名前は火煙」

「何!?」


 レンドリックが椅子から腰を浮かす。


 聞き覚えがある名前だ。恭之介はしばし自分の記憶を辿る。


 思い出した。レンドリックが魔物の洞穴で倒した護り手が、生前その火煙のリーダーだった。名前はサミルと言ったか。


 確かサミルは、仲間に裏切られて殺されたと言っていた。そして、その仲間はトゥンアンゴのスパイだと。


「ご存じなのですか!?」


 今度はララが身を乗り出す。


「知っているというか、何というか……」

「どうか教えてください!どんな情報でも構いません」

「ふむ。やはりララ殿にもしばらくこの村に滞在してもらおう」

「私は構わないのですが。しかし、いいのですか?」

「あぁ、本来復讐者はお断りなのだがな。しかし、今回の話は少々縁が出てきてしまった、僕も興味がある」


お読みいただき、ありがとうございました。

評価、本当に励みになります。

ブックマークのみなさま、いつもありがとうございます。


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