第22話 町へ
本日1話目。
本日2話更新です。
恭之介は町に来ていた。
村から一番近いコルガッタという町である。だが、近いといっても歩いて一日かかる場所にある。
「恭之介様、この町はそれほど大きくないですが、一通りの施設は揃っているので、この世界の習慣や物を知るにはいいと思いますよ」
オーリンの話では、コルガッタはそれほど大きな規模ではないらしい。それでも恭之介には目新しいものが多く、店を見ているだけでもおもしろかった。
置いてある物は見たことない珍しい物が多いが、文明の程度は、何となく前の世界と大きく変わらないように思える。
レンドリックが洞穴を壊してから数えると、二回目の町との交易である。一回目はレンドリックが中心となり、魔物の素材の売却と必要物資の調達に来ていた。
久しぶりの交易ということで、レンドリックは相当はりきったらしく、村に帰ってきたときには、魔物の素材はすべて大量の物資に変わっていた。念願のワインも手に入ったので、その夜は祝杯と称し、一緒に飲んだ。
しかし、魔物の素材は、まだまだ村にあった。魔物の洞穴が残した遺産と言えるだろう。今日はその素材の売却第二弾といったところだ。
レンドリックは、この世界のことを知らない恭之介に気をつかってくれたようで、第二陣の人員に入れてくれた。町を見て来いというわけだ。
「恭之介様、どこから回りますか。何か見てみたいものはありますか」
「先生、レンドリック様からお金をもらいましたから、何かほしいものあれば言ってください」
レイチェルとヤクも楽しそうだ。
物言いだけを聞くと二人は恭之介の保護者である。まぁこの世のことについては、童ほども知らないので、あながち間違いではない。
あの村に来てから、レイチェルが村から長く離れるのは初めてのことだそうだ。
それも当然だろう。レイチェルは夜に魔物の侵入を防ぐ結界を張っていた。そんな彼女が一日以上、村を空けることができるようになったのは、村が大きく変わった証拠である。
洞穴がなくなってからというもの、村を襲う魔物は極端に減った。仮に来ても、レンドリックや恭之介が出るまでもない魔物ばかりだった。
レンドリックの話では、これが自然な形らしい。やはり洞穴の存在が異常だったのだ。
ようやくレイチェルの肩の荷がおりた。きっと人知れず苦しんだこともあるのだろう。そんな彼女がやっと年相応の表情を見せられるようになった。喜ばしいことだ。
魔物の素材は、オーリンの予想通りの額で売れたようだ。満足そうな笑みを浮かべている。
出発前、レンドリックとオーリンが、素材の値崩れを気にして色々と考えながら売るものを選んでいたのを知っているので、恭之介も思わず嬉しくなる。
「良かったですね、オーリンさん。良い額で売れて」
「はい、これで坊ちゃまにぐちぐち言われずに済みます。さて、宿も取れましたし、私はこれから冒険者ギルドへ行くのですが、恭之介様はどうされますか」
荷車の見張りを宿の人間に頼んだあと、オーリンが尋ねてきた。
「私も一緒についていってもいいですか」
「構いませんよ。そうですね、せっかくですからギルドを見ておくのも良いでしょう」
冒険者ギルドについては多少聞いてはいたが、当然見たことはない。
腕に覚えがある人間に仕事を斡旋する場所という認識で間違ってないと思う。自分も何か仕事を請け負うことができるのだろうか。
店構えは他の店とそれほど大きく変わらず、冒険者ギルドだと言われなければわからない。中に入ると、中年の女性が長い机の奥に座って店番をしている。
「見ない顔だね」
「えぇ、西の村から来まして」
「西に村なんかあったかねぇ」
「新しく開拓したんですよ。これからちょくちょく交易に来ますので、お見知りおきを」
「そうかい、よろしくね」
オーリンが女性と話している間に周囲を見回していると、唯一店内にいた一人の冒険者と目があった。
「刀使いか、珍しいな」
男が軽く手を上げ、話しかけてきた。
坊主頭にがっちりとした体格。いかにも強そうな見た目だが、実際腕も立ちそうだ。
「この大陸ではあまり使う人がいないようですね」
「そうだな、ホノカに行きゃ、あそこの兵士はみんな刀を使ってるが、冒険者じゃ少ねぇな。あんたもホノカの出身か」
「いえ」
「先生は、色々なところを旅している内に、刀の技を身に付けたんですよ」
ヤクが少し前に出る。恭之介への助け舟だ。笑顔で柔らかく言ったので、嫌な感じはしない。
「悪い悪い、何か探ろうと思ったわけじゃねぇんだ。単なる世間話ってやつだよ。気の利く弟子を持ってんな、あんた」
男の苦笑を浮かべて、手を振る。
「えぇ、私には過ぎた、よくできた弟子です」
当のヤクはやや恥ずかしそうにうつむく。
「今、この辺りはどんな仕事があるんですか」
これは新しい土地に行った時にする、恭之介なりの世間話である。
「あ?そうだな……まぁ薬になる植物の採取系は、いつも何かしらの依頼がある。あと最近だと、影狐が増えてるとかで、その討伐依頼が熱いな。大して強かないが、倒すのに手間がかかるのと、毛皮が重宝されるから金払いはいい」
「はぁ、かげぎつね」
「影狐は狐の魔物です。姿を隠すのが上手いので、見つけにくいのです」
レイチェルがすかざず補足をしてくれる。気が利く同行者に囲まれ、なんと恵まれていることか。
「へぇ、そんな魔物もいるんですね」
「あんためちゃくちゃ強そうなのに、物知らないんだなぁ。面白れぇやつ」
けらけらと笑われるが、あまり不快には感じない。気の良さそうな男だ。
「まぁ詳しく知りたきゃ、そこのボードでも見てみな。いろんな仕事が載ってら」
「見てみます。ありがとうございます」
「おう。俺はビアトルク。今はこの辺りを拠点に動いてんだ。まぁなんかあったらよろしくな」
「音鳴恭之介です。こちらこそよろしくお願いします」
ひらひらと手を振るビアトルクから離れ、依頼書の掲示を見る。
思った以上に色々な依頼がある。
「何!?火煙のサミルの死体が見つかったって!?」
「い、遺品ですよ。ちょ、ちょっと、声大きいです」
「あ、あぁすまなかったね。そんな話ならすぐ支部長も時間を作るよ、ちょっと待っといてくれ」
女性が慌てた様子で奥に消える。
「何?あの火煙のリーダーが何だって?」
ビアトルクが立ち上がり、こちらに向かってきた。
「遺品が見つかったんですよ」
「やっぱ死んでたんか。良い奴だったんだがな」
「お知り合いですか」
「あぁ、長くこの仕事やってりゃ知り合いも増える。で、どこで見つかったんだ?」
「森の中らしいのですが、私もよく知らないんですよ」
「そうか」
ビアトルクは再び座り、机の上にあったジョッキという大きな木の杯をあおる。中身は酒だろうか。彼の様子は少し物悲しそうにも見えた。
「恭之介様、私は奥でギルドの支部長と話しますが、一緒に来ますか」
「いえ、外を散歩してきます」
「かしこまりました。もしかしたら長くなるかもしれませんので、先に食事をしていただいても構いませんよ」
「わかりました」
外へ出ると、太陽に大きな雲がかかっていた。
「冬の雲ですね。もうすぐ冬です」
レイチェルが空を見ながら言う。
「先生、冬の服を買いましょうか。というか、服もそれ以外持っていませんし、日用品も足りません。せっかく町に来たのですから、色々買いそろえましょう。レンドリック様からも、どうせ欲しがらないだろうから無理やりでも買うようにと言われています」
「私にはそんな多くのものは必要ないよ。もったいない」
「いえ、恭之介様がたくさん魔物を狩っていただいたおかげで稼ぐことのできたお金です。使う権利は十分にあります。ぜひ色々買いましょうね」
恭之介の思いとは裏腹に、ヤクもレイチェルも買い物にやる気を燃やしている。これは逆らわないほうがいいだろう。
「わかりました。二人ともよろしくお願いします」
しかし後々、気軽にお願いしてしまったことを後悔した。
二人のやる気は恭之介の予想をはるかに超えており、様々な店をはしごすることになった。
あまりの目まぐるしさに、恭之介は人生で初めての降参をするのだった。
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