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第17話 それぞれの役割

「腕が上がらなくなってきてるよ」


 棒ではなく、脇差をヤクに振らせていた。


 十歳のヤクにとっては、脇差でも重すぎるくらいだが、真剣に慣れさせるため、従者にしてから毎日振らせていた。


 単調な鍛錬が一番つらい。それは恭之介にもよくわかる。


 しかし、単調な鍛錬を反復する中に、成長と発見があると恭之介は思っていた。現に、ヤクの素振りの中にも、技の片鱗のようなものが見えてきていた。


 大人の体つきになるまでは、技は頭ではなく体で覚えさせた方が良い。様々な技が、本能や反射のようにできるようになれば、極限の状態のとき、自らを救う術となる。恭之介の実体験からだ。


 そんな恭之介の考えなど、わかるはずもないだろうが、それでもヤクは一つの文句も言わず、愚直に日々の鍛錬をこなしている。


 カンカン! カカンカン!


 村に鐘の音が響いた。鐘の音は魔物襲撃を知らせる拍子である。緊急性はなさそうだ。


「あと五十回振ったら休んでいいよ」


 一緒に行きたそうな様子を一瞬見せたが、ヤクは気持ちを切り替え、すぐに素振りに戻った。


「恭之介様、西門の方です!」


 中央の見張り台で見張りをしていた村人の一人が、大きな声で知らせてくる。


 西門に駆け付けると、柵の向こう側に大きな人影が一つ見えた。


 筋肉が隆々とした大きな体躯に、頭には角が二本。血走った鋭い目と牙の生えた口。前の世界の絵巻で見た、鬼のような様相である。


 人型の魔物は初めてだった。言葉をしゃべるのだろうか。だが、なんとなく見た限りでは、知性は感じられない。


「ハ、ハイオーガです、恭之介様」


 近くにいた村人が、ひどく怯えた様子で言う。


「ハイオーガとは何ですか」

「オーガという鬼の魔物の上位種です。本来は辺境にしか現れない強い魔物なのですが…」

「魔法は使いますか」

「これまでに使った記録はありません。肉弾戦のみです」

「見た目通りですね。ところで、言葉はしゃべらないんですか」

「え?」


 こんな時に何を言っているんだ、という表情がありありと浮かんでいる。


「しゃ、しゃべりませんよ!魔物なんですから」

「そうか、それはそうですよね」


 やはりしゃべらないのか。だが、手には棍棒を持っているので、道具を使うくらいの知性はあるようだ。人に似ているという点では、見た目は違うが狒々や猩々のようなものと考えればよいのか。


 オーガが棍棒を高く上げ、そのまま振り下ろす。


「ひいっ」


 大きな音を立て、柵の一部が粉々になった。その衝撃に近くにいた村人が悲鳴を上げる。


 速い振り下ろしだった。恭之介が他者の攻撃を速いと感じることは少なくなっていた。そんな恭之介が速いと感じるということは、このオーガは雑魚ではない。


 力任せに振り回すだけだが、一振り一振りが鋭い。さすがにあれを受けることはできないだろう。刀が折れるか、折れなくても吹き飛ばされるだろう。


 オーガは柵を壊した箇所から村の中に入ってくる。


「私一人で大丈夫ですから、離れたところまで下がってください」


 村人たちに後方へ下がるよう指示を出しながら、恭之介は前に出る。完全にオーガの間合いだ。


 棍棒が風を切る低い音が響く。速いとは言ったが、かわせないほどではない。オーガは、目の前で柳のように揺れてかわす恭之介に向かって、がむしゃらに棍棒を振る。それでは当たるはずもない。

 

 オーガの鼻息は荒く、目は燃えるように血走っており、明らかに苛ついてきている。


 ハイオーガとはかなり強い魔物のようだが、自分はまだまだ余裕を持って戦える相手だ。少し安心する。これならば村の守りもまだ何とかなるだろう。


 すぐにでも倒すことができるが、一つ試してみたいことがあり、恭之介はオーガから距離を取った。


「まずはこのくらいの距離で試してみよう。三間くらいかな?こちらの世界の単位で言えば……6mだっけ」


 恭之介は暮霞を上段に構え、息を吐くと同時に振り下ろした。オーガには何も変化はない。


「さすがにこの距離だと離れすぎか」


 恭之介は、刀身以上の長さになるアーツが、どのくらいの長さまで伸びるのか測っていた。その長さによって、立ち合いの戦術が変わってくる。余裕があるときに確認しておきたかったのだ。


 ハイオーガがこちらに向かってくる。恭之介を逃げてばかりの相手と思っているのかもしれない。


 恭之介はうまく距離を取りながら、再び上段に構える。今度は大体3mといったところか。


 相手の正中線を意識しながら刀を振り下ろした。


「っぐぅが」


 濁った吐息のような音。その音と同時に、ハイオーガが最後の一歩を踏み出すと、身体がきれいに左右に分かれた。


「なるほど、この距離ならいけるのか」


 離れて斬ったので一切血はついていないのだが、癖でつい血振りをしてしまう。


 だが、このアーツを使って斬れば、刀に血も脂も付かないし、刃こぼれもしない。思った以上に便利な技かもしれない。


「すごいです、先生!」

「あぁ、ヤク。素振りは終わったのかい」

「はい」


 ヤクは膝に手を置き、息を切らしている。急いで来たのだろう。


「ちゃんと気持ちを込めて五十回振った?」

「もちろんです!」


 ヤクが手を抜くことはないとわかってきたが、ついつい師匠らしいことを言ってしまう。


「先生が刀を振るところに間に合って良かったです。アーツの長さを調べていたんですか」

「うん。6mだと駄目だったよ」

「それでもさっきのは、3mくらいですか?十分ですよ」


 一瞬の出来事だっただろうに、ヤクはよく見ていた。目が良い、勘が良いというのは強くなる上で大きな利点だ。


「それにしてもハイオーガ相手に、アーツの実験とはすごいです」

「強い魔物みたいだね」

「はい、ハイオーガ一体で町を全壊させたという話を聞いたことがあります」

「そうなんだ。そんなのが村に来たのか」


 恭之介が来たことで、最近更に魔物を狩る数は増えている。洞穴が自らの守りを強くしているのか。


「まぁいい実験になったよ。実際に刀を当てて斬るより、格段に斬れ味は落ちるね」

「あ、あれでですか?」

「うん、だいぶ」


 不思議なもので、実際に刀は実体をとらえていないのに、斬った手ごたえはしっかりと感じていた。あの感覚は、あまり力の乗っていない状態でなまくらの刀を振ったような感じだった。


 その手ごたえを考えると、よくきれいに立ち割れたものだ。


「ハイオーガを真っ二つに斬るなんて、普通の剣士じゃまずできませんよ」

「そうか。じゃあまぁ、伸び斬りはそれなりに使えそうかな」

「やっぱり名前は伸び斬りなんですね……」


 ヤクが苦笑しながら言う。斬れ味には不満があるが、暮霞の消耗を抑えられそうなのが良かった。


「うひゃあ、真っ二つだ」

「恭之介様、さすがですなぁ」


 村人がぞろぞろと近寄ってくる。彼らの安堵の表情を見ると恭之介もうれしくなる。


「恭之介様、これ、処理しちまってもいいかな」

「ええ、どうぞ」


 ここで気になっていたことを聞く。


「このハイオーガも食べるんですか」

「いんや、ハイオーガの肉は臭くてまずいから、よほど食料に困ってなきゃ食わねぇですよ」

「そうなんですね」

「レンドリック様や恭之介様のおかげで、ハイオーガを食べるほど困っちゃいねぇです」


 安心した。やはり人型のものを食べるのは抵抗がある。


「角が薬になるんで、切り取っちまいます。いろいろな病に利くって話で、結構高級品なんすよ」

「へぇ、薬になるのはいいですね」


 満足な医者のいないこの村にとっては、いい収穫なのだろう。


「他の素材を取ったら、あとはばらばらにして、畑の肥料にします」

「手伝いましょうか」

「これくらいは俺らがやりますから、恭之介様は休んでくだせぇ」

「俺が手伝います」


 ようやく息を整えたヤクが、小刀を手にハイオーガに近づいていった。村の男衆に何やら教わりながら、解体作業に取り掛かった。


「じゃあ、お言葉に甘えます。あとよろしくお願いします」


 日はすでに傾きかけている。恭之介は水晶の祠の近くにある切り株に腰掛けた。


「お疲れさまでした。お怪我はありませんか」


 レイチェルが水筒を差し出してくる。


「大丈夫、怪我はありませんよ。水、いただきます」


 ひんやりとした水がのどを通る感覚が心地よい。汲んできたばかりに違いない。


「恭之介様のおかげで、今日も村が平和に終わろうとしています」

「はい、今日も役目を果たせてほっとしています」


 恭之介の口調が少しおかしかったのか、レイチェルがわずかに息を漏らして笑う。


 もうじき、結界を張る時間だ。魔力のない恭之介に特にできることはないのだが、結界を張る時間になると、何となくこの祠に来てしまう。村が結界に包まれる瞬間を見るのが好きなのかもしれない。


 恭之介のような無神経な人間でも、魔物が来なくなることにやはり安心するのだろう。普通の村人たちなら、なおさらだ。まだ少女と言っても良いレイチェルが、結界という安らぎを村人に与えている。


「レイチェルさんはすごいですね」

「え!?どうしたんですか、急に」


 夕日に染まったレイチェルの瞳が大きくまたたく。


「レイチェルさんが、夜の魔物の恐怖から村を守っています」

「……ありがとうございます。でも私にできるのは、これだけですから」

「はい、自分にできることがあって、それをしっかり全うするのはすごいことです。だからレイチェルさんも、レンドリックさんも、村の人たちもみんなすごいですよ」

「そうですね……みなさん、本当に一生懸命生きています。ここはすばらしいところです」

「私も自分にできることはしっかり精一杯がんばります」


 やはり恭之介の言い方がおかしかったのか、レイチェルが楽しそうに笑った。


 それから村人たちが集まってくるまでの間、恭之介はぼんやりと夕日を眺めていた。

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