第16話 朝食のひととき
鍛錬のあとは朝食である。すでに鍋からは美味しそうな香りが漂っている。
「スープだけですが、どうぞ」
野草と肉を煮込んだものだった。質素ではあるが、肉がそれなりに入っているので、物足りなくはない。朝食はだいたいいつもこの料理だ。
小麦や野菜を村で育てているものの、この村ができて二年足らずということもあり、絶対量はまだまだ足りない。魔物の存在と森の恵みをもらうことで何とか生活できているのだ。
領主であるレンドリック家の食卓も、村人たちの内容とほぼ同じもので、せいぜい時折、一、二品増えるくらいである。食べることも戦うことも、村一丸となってなんとかしているといった印象だ。
「失礼いたします」
小屋の戸を叩く音が聞こえる。
「あ、レイチェル様です!」
戸を開けると、かごを持ったレイチェルが立っていた。
「私もご一緒してよろしいですか」
「えぇ、どうぞ。こんなところで良ければ」
「お邪魔します」
レイチェルが座るところにヤクが素早くござを敷く。
恭之介の好みもあり、この家には椅子などない。そのまま板張りの床に座るだけである。一応来客用にござを用意してあるが、はっきりいって、あってないようなものだろう。
だが、当のレイチェルはさほど気にする様子もなく、品よく床に座った。
「じゃが芋をふかした物を持ってきたので、良ければどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます。先生、豪華な朝食になりましたね」
「うん。レイチェルさん、ありがとうございます」
この村で作っているじゃが芋という植物は、栽培も簡単で、収穫量も多い。味も良く腹持ちもするので、今のこの村にとって救世主と言えるだろう。恭之介も気に入っている。
「あ、レイチェル様、代わりと言っては何ですが、スープをどうぞ。多めに作ったので」
「いただきますね。ありがとうございます」
ヤクが器にスープをよそう。
「お兄様も今頃、朝ご飯を食べているでしょうか」
「そうですね。レンドリック様のことですから、きっと狩った魔物を豪快に焼いて食べているんじゃないでしょうか」
「まぁ、私たちより豪勢なお食事ですね」
ヤクとレイチェルが笑い合う。
レンドリックは昨日から、泊りで探索に出ている。比較的魔物が現れにくい野営に適した場所があるというが、それでも苦しい探索になっているに違いない。変われるものなら変わりたいが、探索というものを上手にできる気がしない。
「これこそ領主の役目ですからね、お兄様もはりきっていると思います」
恭之介の心境を知ってか知らずか、レイチェルがそんなことを言う。
「レンドリックさんのことですし、そろそろ洞穴を見つけそうですね」
「だと良いのですが。恭之介様は大丈夫ですか」
「大丈夫とは?」
「魔物への対応です。簡単に倒しているように見えますが、私では戦いのことはよくわかりませんので」
「問題ありません。見ての通りですよ」
「本当にお強いのですね。どれだけ過酷な訓練をされてきたのですか」
「う~ん、大変なことはありましたが、過酷というと少し違うかもしれません。これまでは強くなることが人生のすべてだったので、どんな鍛錬や立ち合いも日常の延長だったような気がします。常日頃、考えることは剣のことのみ、でしたね」
「……それほどですか」
「俺……そこまでできるかな」
年少者二人を前にしたので、場を和ませるために軽く経験談などを語って見たが、少々引かれてしまったように感じる。やはり気の利いた話など自分には向いていない。慌てて次の句を継ぐ。
「でも最近は少し変わってきましたよ。新しい世界へ来て、この村へ来て、この力をどうやって活かすか考えられるようになりました。迎え入れてくれたレンドリックさんやレイチェルさん、そしてこの村のおかげですよ」
「そんな。助けられているのは私たちの方です。恭之介様が来てくださったおかげで、村に光明が指しました」
「そうですよ!俺も先生が助けてくれなかったら、今ここにいられませんでした。感謝してもしきれません」
二人とも食器を置き、真剣なまなざしでこちらを見てくる。朝食時の軽い雑談のつもりだったが、見事に失敗したようだ。ままならない。
「ではお互い様ですね。ところでレイチェルさん」
「なんでしょう」
恭之介は無理やり話を変える。
「この前少し聞いた話です。技のようなもの、え~と『アーツ』でしたっけ」
「はい、アーツで合っていますよ。以前、お話しましたね」
「そのアーツの取得を真剣に考えようかなと思うのですが、覚えるためのコツのようなものはありますか」
「そうですね」
レイチェルが再び食器を置き、真剣な様子で考える。結局また彼女の食事を中断させてしまった。
「アーツは、ギフトのような先天的な力と違って、後天的に身につくものです。後天的に身につけることにおいては一般の魔法も同じですね。アーツが武芸により発動する能力、魔法が魔力により発動する能力という違いです。ちなみにギフトについてはおわかりですか」
「ええ、何となくですが」
ギフトについては転生の間で、リリアサから聞いていた。要は神々のような偉い存在からの加護、能力の贈り物だ。能力だけではなく武器などの物質もあると言っていたので、聞いた限りではギフトの方が範囲は広い。
「ギフトもアーツも魔法も、特別な力という点ではあまり変わりありません。ただギフトは、例外をのぞき、初めから使えることがほとんどですね。アーツは、あるきっかけで使えるようになることが多いそうです。私の結界魔法は、ある時、お兄様を守ろうとしたら、いきなり発現したんです」
思い当たる点はある。例えば、ギフトである言語能力は、この世界に来た当初から使える。
またヘルゲートモスを斬った刀身の長さより大きな斬撃は、ヘルゲートモスを倒す際に発現した。あれはアーツと思われるが、大きな魔物との遭遇がきっかけと言えばきっかけなのだろうか。
「そうですね。その本来の刀以上の大きな斬撃というのは、アーツに間違いありません。恭之介様のおっしゃる通り、大きな敵がきっかけになったのかもしれません」
「なるほど」
「ただ、どういったきっかけで発現するかについてですが、すみません。これは千差万別で、これといったコツのようなものはないそうなんです」
レイチェルが申し訳なさそうに謝る。
「一つ共通しているのは、使えるようになる瞬間、閃きというのか、アーツを使える確信のようなものを感じるそうです。私の場合も、結界を使えるようになった時は、身を守りたいという感情と同時に、身を守る結界を張る、私にはそれができる、という意識を感じました。でも自分で言っていてもよくわかりません……参考になりませんね」
「いえ、わかる気がします」
時空を斬った時がそうだった。
そもそも普通ならば、宙を斬るという発想自体が浮かばない。しかし、あの時は宙を斬れるという確信めいたものを感じ、そう行動することに何の疑問も覚えなかった。あれがアーツの発現というならば納得がいく。
「条件がそろった時に発現できるよう、これまで通り日々の鍛錬をしっかりするしかなさそうですね。こればかりは、意図的に身につけるのはできなそうです」
「えぇ、おっしゃる通りだと思います」
恭之介が村を守るにあたっての懸念は、魔物が大挙して押し寄せてきた場合だ。恭之介の戦い方では大勢を一度に相手できない。どうしても一対一で相対するしかないのだ。
例えば、レンドリックの火の魔法ならば広範囲に攻撃ができるので、魔物が一気に攻めてきても対応が容易だろう。
そんなこともあって、アーツの取得を考えたのだが、簡単には身につくものではなさそうだ。
「アーツだけじゃなく、魔法も使えれば、村を守るのに役に立ったと思うのですが、残念です」
以前試した通り、恭之介には魔力が全くなかった。それはすなわち、魔法を使えないことを意味している。魔力がない者というのは、この世界では極めて稀らしい。
前の世界では魔法というものがなかったのだから、それも当然だろうと思っていたが、この世界へ来た他の転生者たちは、強弱の差はあれど、みな魔法が使えたらしい。
魔力がないことがわかった時は、レンドリックには気にするなとはげまされ、レイチェルには温かい言葉と慈悲のこもったまなざしを向けられた。
もっとも自分は武士なので、刀のみで戦うことに何の異存もない。むしろ、魔法に頼ることにならなくて安心したほどだ。
確かに魔法が使えれば、さらに強くなれるのだろうが、魔法というものは、どうも恭之介には合わない気がしてならない。アーツでぎりぎりと言ったところだ。やはり自分はこの身と刀一本で戦いたい。
「魔法が使えずとも、恭之介様はこれ以上ない形で村を守ってくださっています。お気になさらないでください」
「そうですよ、先生。先生は魔力なんかなくたって、とてつもなく強いじゃないですか。魔法が使えないのに強い、むしろかっこいいと思います」
しかし、恭之介の思いとは裏腹に、二人の年少者達が一生懸命慰めてくれた。当然、食器は床に置かれたまま、二人は身を乗り出して恭之介について熱心に語る。
「きっと魔力がない分、恭之介様は身体強化やアーツの方に能力があるのだと思います」
「そうですよ!気にしないでいきましょう」
「ありがとう、二人とも」
否定するのも悪い気がしたので、二人のはげましをそのまま受け入れることにした。
「ちなみに先生、あの大きな斬撃の名前は考えましたか?」
「え、名前をつけるものなの?そうなのか……レイチェルさんも名前をつけましたか?」
「私はそのままシンプルに結界と。魔法やアーツは、自分が言いやすい名前があると発動がスムーズになると聞いたことがあります。特に数多くのアーツを持つ人は、そうやって区別しているようです」
「そうなんですね……じゃあ少し考えてみるよ」
ヤクが期待に満ちたような顔を向けてくる。
「……よし、刀が伸びたようになるから、伸び斬りにしよう」
「え、そんな……もっとこう、あるじゃないですか」
落胆を隠さないヤク。
「悪いけど、そんな凝った名前なんて私はつけられないよ。覚えやすいし、わかりやすいからね、これにするよ」
「恭之介様らしいですね」
レイチェルが口元を押さえて笑う。
「さ、それよりもせっかくの料理が冷める前に食べてしまいましょう」
結局この話題の間は、みんな食事どころではなかった。やはり気の利いた雑談とは難しいものだ。
その後は、ヤクが中心となって会話を進めてくれたおかげで、和やかな食事となった。
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