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第13話 従者兼弟子

 レンドリックの家に行くと、すでに食事の支度ができていた。テーブルの上には、少々なつかしい食べ物がのっている。


「あ、米ですね」

「はい、セニアさんからお話を聞いて。恭之介さんのお国ではこれが主食とか。村に少し備蓄があったのでお出ししてみました」


 レイチェルが鍋から米を皿によそう。


「そうですが、ありがとうございます。でも貴重なものなのでは?」

「町に行けるようになれば、それほど貴重なものではありませんよ」

「まぁ、この一週間の働きぶりとこれからの期待に対する対価と思ってくれればいい。遠慮するな」


 ということは、現段階では貴重なものなのではないか。

 

 だが、米を食べられるのは非常にうれしい。


 加えて、最近ますます魔物の襲撃が増えているせいで、皮肉にも食料は比較的余裕があった。そのため、食卓は米に魔物の肉にと、ぜいたくさすら感じさせる豊かな食卓だった。


「あと恭之介さんには、裏の川で取れた魚を焼いたものを。塩をかけただけですが」

「わぁ、うれしいです」


 粗食に慣れている恭之介でも、美味い物は素直にうれしい。


「ヤクも遠慮せず食べろ。君にも関係ある話だ」


 最初は遠慮していた様子のヤクだったが、次第に食べる速度が上がる。


 その様子をレンドリックは和やかな様子で見ていた。


「恭之介。ヤクを鍛えているようだが、どんなものだ」

「まだ一週間ですから何とも」

「性根の方は?」

「本人を目の前にして言うのも何ですが、弱音も吐かずしっかりついてきていますよ。まじめに取り組んでいます」

「そうか。ヤクはどうだ?恭之介の鍛錬はつらくはないか」

「痛いことはありますが、特別つらくはないです。それより恭之介様のような強い人に教えてもらえるのがうれしいです」

「そうだな。稀代の剣豪に指導を受けられてお前はラッキーだぞ。だが、なぜそんなに一生懸命なのだ。どうしてそこまでして強くなりたい?」

「それは……」


 ヤクは少しうつむく。理由はあるが、言いづらいといった様子である。


「何を言っても構わん。気にせず言え」

「俺は孤児だから」

「それだけではわからん、もう少し説明しろ」

「この村はとても良い村です。レンドリック様もレイチェル様もお優しいし、俺みたいな孤児にも文字とか色々なことを教えてくれます。それに村の人も孤児だからって俺のことを差別しません。俺はこの村に来れて本当に良かったです」

「そうか、そう言ってもらえると僕たちも誇らしい」

「はい、ですから俺ももっと村の役に立ちたくて。強くなって村のために働きたいんです」

「ふむ」


 レンドリックは軽くうなずきながら、自分のあごをなでる。


「ヤクのその気持ちは本物だろう。疑う気などさらさらない。だが、本当にそれだけか?他にもあるだろう」

 ヤクの口が歪む。

「……居場所がほしいんです」

「居場所?」


 思わず口をはさんでしまった。自分にも少し刺さる言葉だったからか。


「この村の人は俺をのけ者にはしません。それは本当です。でも俺は一人だと感じてしまうんです。俺を本当に必要としてくれている人は、この村には……いない」


 ヤクがぼろぼろと泣き出す。

 

この村で孤児なのはヤク一人だけだった。他は家族か成人した者である。村の子には家族という居場所があり、大人には役割という居場所がある。


 村の仕事を手伝っているではないかと言っても、その程度の働きでは、彼には納得できるものではないのだろう。


 そう考えると、ヤクと初めて会ったとき、危険な森で食料を調達していたことも、村のために働いて、自らの居場所というものを得たかったのだろう。


「そうか、寂しい思いをさせていたのだな」

「そんな!すみません!こんなことを言ってしまって、すみません」


 ヤクははじかれたように顔を上げ、さらに泣き声を上げる。


「謝ることはない。お前の言っていることは、人間らしい感情だ。恥じることなどない。これからどうするか一緒に考えていこう」


 レンドリックは優しく、ヤクの頭を撫でる。


「さて、そこで恭之介に話がある」

「なんでしょう」

「まず君がこの村に来てくれて、本当に助かっている。村の防衛を担っていた僕の負担が一気に減り、別のことに力をさけるようになった」

「それは良かったです」

「君のような強くて誠実な人間が、魔物におびやかされているこの村に来てくれたのは、神の思し召しかと思うほど、運命的なものを感じる」


 神ではないが、それに近い存在であるリリアサのことをふと思い出す。もしかしたら恭之介をここに送り出したのは、この村のためだったのではないか。


「恭之介ならば、僕が抜けてもこの村を守ってくれると確信した」

「えっ!レンドリックさん、いなくなるんですか?」


 突然の発言に、思わず身を乗り出す。


「ははは!慌てるな。別にいなくなるわけではない」

「なんだ、びっくりしましたよ」

「前に話しただろう、この森に魔物を生み出す洞穴があると。それを見つけるための探索に出る」


 魔物の襲撃が続くのは、魔物が無限に出てくる洞穴のせいだと話していた。


 確かにその洞穴をつぶさない限り、この村はじり貧である。魔物の質も量も、徐々にではあるが上がり続けている。


「森は深い。探索範囲によっては一、二日帰って来られないかもしれない。その間の防衛は恭之介一人にかかっている」

「探索は一人で行くんですか」

「いや、オーリンをはじめ、数人の男連中を連れていく。村内の男手も減るので、恭之介には更なる負担をかけることになる」

「なるほど」

「虫のいい願いだとは思うが、どうか私が洞穴を壊すまで村を守ってはくれまいか。頼む」

「私からもお願いします。恭之介様、どうか村をお守りください」


 レンドリック兄妹が二人合わせて頭を下げた。


「そんな、お二人とも頭を上げてください」


 レンドリックが自由に動ける間に、洞穴を見つけて破壊することは、この村を存続させるために必要不可欠なことである。この考え自体には何も問題はない。


 だが探索の間、村を守るのが恭之介自身ということに少し不安を覚える。自分にこの村を本当に守れるのか。


 自分が弱いとは思っていない。しかし、万能でもない。ましてや魔法や魔物が存在する世界である。想像もできないようなことが起こるかもしれない。


 そんなことを考えると、自分に任せろと自信を持って言うことなどできない。


「わかりました」


 だが、そう言っていた。自信などなくても、この村のためには恭之介が引き受ければならない。


 この素晴らしい村の未来を切り拓くためには、今行動を起こすしかない。魔物の質と量が上がっている今、魔物の侵攻を防げている間に、大本である洞穴をつぶさなければならないのだ。


「それに私も村の一員だと思っています。そんな風に仰々しくお願いしないでください」

「そう言ってくれるか」


 レンドリックがうれしそうに大きく何度もうなずく。


「自信はありませんが」

「君なら大丈夫だ、心配するな。それに君で倒せない者が現れたら僕がいても同じだ」

「そんなことは」

「ある。それだけ君は強い。だからこそ君がここに来たことに僕は神の采配を感じるのだ。村を救うためのな」

「……わかりました。レンドリックさんがいない間、私が全力で村を守ります」

「感謝する。大船に乗った気分だ」

「おおげさですよ」

「いや、今日の話は、この村にとって大きな第一歩だ。よし」


 レンドリックが上機嫌といった様子で手を叩く。


「レイチェル、最後の一本を出してしまおう」

「そうですね。ワインも魔物がいなくなれば、町へ行って買えますものね」


 レイチェルがうきうきとした足取りでワインを取りに行く。


 恭之介にとっては、引き受けるのは当たり前のことだと思ったが、二人にとっては大きなことだったのかもしれない。


「まだ食べ物も残っている。遠慮せずに食ってくれ」


 食べ物が入った器をこちらに動かす。


「ところでヤクのことは」


 ヤクの話をしていたはずが、急に洞穴探索の話になってしまったのだ。


 本人もすでに泣き止み、所在なさげに大人しくしている。


「あぁ、ヤクをな、恭之介の従者にしてはどうかと考えていたのよ。これから何かとバタバタするであろうし、身の回りの細々とした雑用はヤクに任せ、恭之介に村を守ることに集中してもらいたいのだ」

「従者?」

「俺が恭之介様の従者に、ですか?」


 ヤクが驚いたように大きく目を開ける。恭之介にとっても驚きの提案だ。


「あぁ、普段の様子を見ている限り、うまくやれるだろう」

「従者、ですか?う~ん、ヤクが従者になること自体は問題はありませんが、そもそも従者と言っても雑用なんてそんなにないですよ」

「なくはなかろう、洗濯やら掃除やら食事の用意やらな。それに空き時間には、ヤクを鍛えてもらうこともできる。ヤクの強くなりたいという意志と理由は確認できたし、従者としてそばにいれば、鍛錬の時間も増えるだろう。まぁ言わば従者兼弟子だな。強い戦士を育てるための布石よ。協力してはくれないか」

「いえ、そこまで言われるならば私は構いませんが。でもヤク本人の気持ちもあります」

「ヤクはどうだ?恭之介の従者を務めたいか?」


 ヤクを見ると、目をぱちくりとし、頬はわずかに紅潮していた。


「やりたいです!ぜひお願いします」


 やる気に満ちた目を恭之介に向けてくる。


「ヤクはこう言っているが?」


 自分のようなものに従者など分不相応だが、断れる雰囲気ではない。


「ヤクは本当にいいの?」

「はい、もちろんです」

「鍛錬も時間が増えるし、弟子ということなら、内容もこれまでよりも厳しくなるよ。それでもいい?」

「俺は本当に強くなりたいんです」

「そうか、ならよろしく頼む」

「はい!恭之介様の従者として一生懸命頑張ります!」


 ヤクはさっき泣いたのが噓のように、笑顔で大きくうなずいた。


 居場所がないと言ったヤクの言葉は、恭之介にもよく理解ができた。


 現に恭之介は前の世界に居場所がなかったら、この世界に来たのだ。自分の居場所がないことの虚しさは理解できる。


 だが、強くても居場所ができるわけじゃない。それも恭之介が実証済みだ。


 しかし、居場所を得るために努力をするヤクと、居場所がないことに最後まで気づかなかった自分では大きく違う。野暮なことを言うつもりもない。


 また、彼の強くなるという選択は間違っていないようにも思える。


 平和だった前の世界とは違い、この世界は政情不安や魔物の存在で大きく乱れており、強者が活躍できる場が多そうだった。


 力の有無が生死を分けることも多いだろう。そう思えば、できる限り鍛えてやりたいとも思う。


「ヤク、強くなりたいか」

「はい」


 迷いのない、いい返事だった。


「そうか、じゃあ一緒に強くなろう。私もまだまだだ」

「そんな!恭之介様は強いです」

「まだまだだよ。それにもっと強くなれば、もっと多くの人を救えるかもしれない」

「良いことを言うじゃないか恭之介!君の心、君の剣はより多くの人間の助けになる。そしてすでにこの村は君に救われている」


 救われているのはお互い様だと思う。自分もこの村に救われている。それは間違いなかった。


 まだ来て日は浅いが、少しずつ自分にも居場所ができてきたのかもしれない。


 自分の剣が人のためになっている。守るべき者たちがいるのだ。


 かすかに誇らしい気持ちが湧き出てくるのを感じた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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