第115話 即断速攻
本日2話目。
本日2話更新です。
ララはその場で数度ジャンプをし、体をほぐした。
これまで体験したことのない戦が始まろうとしてる。
復讐者として裏切者の叔父を討った時。
ショーセルセで初めてロンツェグの魔物軍と戦った時。
どちらも苦しい戦いだったが、今回は比じゃないだろう。
レンドリックは全体を見ながら戦わなければならない。
キリロッカは多数の魔物と深淵の魔物のどちらにも対応するため、臨機応変な動きをしなければならない。
有利に戦いを進めるためには、フリーに動ける自分がどれだけ働けるかが重要だ。
自分の役目はとにかく魔物を倒し続けること。
一体でも多くの魔物を掃討することが自分に与えられた使命だ。
さすがに深淵の魔物と一対一で戦って、確実に勝てる自信はない。
負ける可能性が少しでもあるならば、このギリギリの戦ではなるべく避けなければならない。
賭けの要素は少しでも少ない方がいい。
負けていい戦などないが、ここで負けたら全てを失う。
本来であれば復讐者として死んでいったに違いない自分が、幸運にもつかんだもの。
それを失うわけにはいかないのだ。
ララはちらりと恭之介を窺う。
自分にとっての心の支えであり、何より戦場では誰よりも頼りになる恭之介が万全ではない。
心配したくもなるが、恭之介よりずっと弱い自分が心配できる資格はないだろう。
それならば、せめて彼が戦いやすいように立ち回る。
自分が多く敵を倒せば、それだけ恭之介の負担も減る。
どのように動くべきか。
「大丈夫ですか?」
「へ?」
「難しい顔をしていますね」
ララの様子を見てか、恭之介が話しかけてきた。
「あ、いえ。動きの確認を」
「そうですか。みんな重要ですが、確かにララさんの動きはより大切になるかもしれませんね」
「ですよね!」
恭之介も同じようなことを考えていたのだろうか。
それだけで嬉しくなる。
「だからといって無理をする必要はないですよ」
「え!?でも」
「ララさんは強いですから。いつも通りで大丈夫です」
恭之介が微かに微笑む。
自分より強い者に認められるだけでも嬉しいのに、恭之介に認められるなんて、まさに天上の宴のごとく甘美な瞬間である。
「ありがとうございます!もうその言葉だけで頑張れますよぉ!」
「あ、だから、その頑張りすぎないようにというか」
ララは両方の拳を握って、体の前に出す。やる気とかわいさのアピールだ。
そのララの様子を見て、恭之介は再び笑みをこぼした。
アピール成功である。
恭之介の笑みを見て、ララは恭之介が変わったことを感じる。
「恭之介さん、何か変わりましたね」
「え?そうですか」
「はい、以前よりずっと柔らかくなったというか、いえ、以前も優しかったですよ!」
慌てて否定したのは失敗だった。
しかし、全部事実である。
穏やかさが増し、より大らかになった。
そして何より恐ろしいのは、更に強くなったということ。
病み上がりというのに、感じる気配は以前と比ではない。
元々、ララも計れないほどの力を持っていたが、もはやその次元を超えている。
ササハルとの立ち合いが恭之介を強くしたのだろう。
もしかしたら過去の精算もできたのかもしれない。
怪我から意識を取り戻した恭之介から、過去の話は聞いた。
ララはさほど驚くことはなかった。
自分も身内を手にかけている。
もっとも、恭之介とは比べものにならないほど醜い出来事ではあるが、どこか通じ合うものがあった。
折り合いは自分でつけるしかない。
自分は恭之介とこのフィリ村がきっかけとなり、恭之介はササハルとの立ち合いがきっかけとなったのだろう。
過去は過去。
それ以上でもそれ以下でもない。
自分自身についてもそう思えるようになった。
恭之介も同じだ。
目の前の恭之介は変わらず素敵なのだから、今も昔も関係ないのだ。
「恭之介さん、前よりもっと強くなったんじゃないですか?」
「え?う~ん、どうでしょう。でも確かにササハル殿との戦いは、これ以上ない経験になりましたね。おかげで新しい道に進めた気がします」
いつも謙虚な彼がこういったことをはっきり言うのも珍しい。
ササハルとの立ち合いは、それだけの恭之介に大きなものを与えたのだろう。
「恭之介さんはすごいですね!」
「え?」
「恭之介さんがいてくれるから、私は全力で戦えますよ」
「そうですか。それは良かったです」
もっと話していたかったが、残念ながら時間切れだ。
鐘の連打。
魔物の波はすでに目視できるところまで来た。
「では最初は私がいただきます!恭之介さん、終わったらまたゆっくり話しましょう」
ララは少しずつ手に魔力を込め始めた。
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鉱石の売買で資金が潤沢になってから、レンドリックはフィリ村の防備をかなり強化した。
もはやちょっとした砦と言っても良い装いである。
一介の村にしては、やりすぎかと思ったこともあったが、自分の決断は正解だった。
基本的に敵が攻め込める場所は、大きく拓かれた正門前の一ヶ所。
軍を展開するならば間違いなくここに陣取りしたくなるだろう。
案の定、魔物たちはその正門前に集結した。
異様な光景。
瘴気というのか、鼻につく嫌な臭いと気配を風が運ぶ。
こんな場所ではまず見ることない高ランクの魔物たちの群れ。
ところどころにAランク、そして深淵の魔物。
本来であれば、まず人里に現れず、また群れない深淵の魔物がところどころに配置されていた。
見るだけで鳥肌が立つ。
しかし、どうやら他の方角に回った敵はいないようだ。
他の方角にある防壁には持続性の結界を張っているので、そう簡単には破れないが、それでも攻められないのは助かる。
どうやらロンツェグは自分が把握しやすく、わかりやすい攻め方を取ったらしい。
軍を率いたことがないロンツェグは、複雑な用兵を避けたかったのだろう。
もっとも、力を持つ者からすれば、それが一番危険が少なくて攻めやすい。
「聞こえるか!」
大きな鳥の背に乗っている小太りの男が叫んだ。
あれがロンツェグだろう。
「条件を飲めば、私は攻めない!」
少し声が震えている。
大声を出すことに慣れていないのか、それとも怯えがあるのか。
「条件とは何だ?」
「まず、我々に協力すること」
「それから?」
気圧されたのか、ロンツェグが一度唾を飲み込むのが見えた。
しかし、意を決したように大きく息を吸った。
「ノ、ノアサグト・レンドリックと音鳴恭之介の命をもらう!」
次の瞬間、先頭に位置していた魔物たちが十体ほど吹き飛んだ。
完全に爆散といった様子で、満足な形を残したものはいない。その中にはAランクの魔物もいた。
「恭之介さんの命を狙うなんて、何たる不遜な願い。万死に値します!それにここにはノアサグトという人などいませんよ!」
ララの魔法。
ララは二撃、三撃と立て続けに放ち、まだ戦闘態勢じゃなかった魔物たちはやられるががままだった。
趣も何もない即断速攻。
ついでのような物言いに若干引っ掛かるものはあったが、溜飲の下がる思いだった。
「みんな、行くぞ!」
レンドリックは号令をかけた。
そこでようやくロンツェグも指示を出し始めた。
始まってしまった。
こうなれば、あとはただ戦い続けるのみ。
ララが大技をがんがん放ち、それに引きずられるようにキリロッカも暴れ始めた。
「穿て、炎鬼の爪!」
炎の爪が魔物たちを焼き裂く。
前衛として出ている魔物たちは、それでほぼ一撃だった。
見たところ、群れの大半はB、Cランクだ。この程度のならば問題はない。
息を残した大きな猿型の魔物の頭を、炎で打ち抜く。これはAランクだったが、何とか範囲攻撃でも大きなダメージを与えられる。
奇襲に近い形になったため、まずはララとキリロッカが押しまくっている。
おかげで、レンドリックは周囲を見る余裕があった。
「おい、ロンツェグの横に遠距離魔法が得意な人間がいる。ネイハンの右腕だ。戦いの最中、目に見えない強力な矢が飛んでくると考えろ!」
ネイハンの側近、ユーリの姿があった。
スティンガーとの争闘でレンドリックを襲った空気の槍は、ユーリの仕業に違いなかった。
これでネイハンとロンツェグが手を結んだのが確実となった。
そしてネイハンは、最も信頼するユーリをこの戦場に送り込んだことで、必勝を期したようだ。
絶対にレンドリックを討ち果たし、その勢いのまま、南で戦っているエンナボを挟撃する。
レンドリックからすれば、ユーリはもはやネイハンの分身に近かった。
分身を送り込んだこの戦場が、いかに大事なものかというのがよくわかる。
魔物たちも反撃を始めたが、その攻撃は散発的なものだった。
魔物を操れると言っても、さすがに訓練された軍のようには動かすことはできないようで、個の寄せ集めという印象だった。
単調な攻撃が多いので、こちらは順調に敵の数を減らせている。
後ろに控えていた恭之介がゆっくりと動き出した。
誰かターゲットを見つけたのか。
視線の先には、煙をまとった虎のような魔物。
周囲であの魔物だけ異彩を放っていた。
間違いなく深淵の魔物。
魔物の方も、恭之介を敵と見なしたのか、じっと見つめている。
「恭之介、道を開く!ファイアキャノン」
前を塞いでいた魔物たちを吹き飛ばす。
轟音とともに恭之介が駆け出した。
わずかに残っていた魔物は、そばのリリアサがいなしている。
走り出した恭之介目掛け、虎の魔物が凄まじいスピートで飛び掛かってきた。
速い。
そのスピードはレンドリックの想像を超えるものだった。
反応できるのか。
一瞬の交錯。
駆け抜けた恭之介の背後に、虎が着地をする。
次の瞬間、縦に真っ二つとなった。
一刀両断。
あまりの鮮やかさにレンドリックは鳥肌がたった。
信じられないものを見てしまった。そんな感じである。
病み上がりとは到底思えない。
当の恭之介は、ふぅと一息つくと、また後ろに下がった。
恭之介はますます強くなっている。
死線を超え、何か次元の違うところへ行ってしまったようだ。
少し悔しくもあるが、この状況においては頼もしいことこの上ない。
「早速、恭之介が深淵の魔物を討ち取ったぞ!それもたった一刀でだ」
深淵の魔物の数には限りがある。
正直、深淵の魔物さえ倒せばあとはどうにかなるはずだ。
一体倒せば、それだけ勝利に近づく。
深淵の魔物を確実に狩り取っていくために、レンドリックは自分の仕事を続けた。
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