第107話 風雲急を告げる
エンナボが引き留めるのを固辞し、恭之介たちはすぐにフィリ村へと帰ることにした。
結局トゥンアンゴには一泊だけ。まさしくとんぼ返りだった。
信じられないくらい話が早くまとまったおかげである。
急いで帰還することにしたのは、今の情勢を考えると、フィリ村を長く空けておきたくないからだ。
ないとは思うが、また襲撃者が来ると考えると、今のフィリ村の守りでは少々手薄だった。
「何で観光もできず、しかも私が運ばなきゃならないのよ!」
ドラゴンの姿に戻ったキリロッカの背中に乗っていた。
「キリロッカだけ残ってもいいと言ったではないか」
「あたしだけ残ってもつまんないでしょうがっ!」
キリロッカが虚空へ向かって一鳴きした。
恭之介たちは再び歩いて帰っても良かったのだが、もう歩きたくないとキリロッカが運搬を提案したのだ。
確かに旅行らしいことをさせてやれず、そのうえ運搬させるのは不憫ではある。
せめて平和になったら旅の一つでも付き合ってあげようかと思った恭之介だった。
思っただけで言っていないのは、キリロッカと簡単に口約束をしないほうがいいだろうという危機管理経験上のたまものだった。
しかし、文句を言いながらもさすがはドラゴン。
行きの苦労とは打って変わって、あっという間にフィリ村へ帰ることができた。
村の中央に降り立つと、村人たちが集まってくる。
何事もなかったようで、恭之介たちはほっと胸をなでおろした。
「恭之介さん、レンドリックさん!」
ララが手を振りながら、レイチェルとともにこちらへやってきた。
「お兄様、首尾はいかがでしたか?」
「あぁ、何とか無事に」
「ちょっと、こんなところで立ち話をするつもり!?あたし、疲れてるんだけどっ!」
キリロッカの怒号が響く。
「それもそうですね。キリロッカ様、お疲れ様でした。では、うちでお茶でも飲みながら」
「そうだな、じゃあ僕の屋敷に行こう」
一行はぞろぞろとレンドリックの屋敷に向かう。
テーブルにつき、一息ついたところでレンドリックが経緯を全員に話した。
「そうですか、想像以上に上手く話しが進みましたね。さすがレンドリックさんとエンナボですね。英雄同士引き合うものがあったのでしょう」
「褒めすぎだ、ララ。それに条件つきだしな」
「そうよ、ララちゃん、とてもじゃないけど楽観視できないわ、重い重い条件よ」
「ソウモンイン・ササハルですか。でも、ここにいる人たちでかかれば大丈夫じゃないですか?」
「あぁ、ルナも大丈夫だと思うぞ。みんな恐ろしく強い」
「ルナ様はササハルの強さを知らないからそう言えるんですよ。あいつは本当に強いんですよ」
ルナとヴィラが口論を交わす。
このフィリ村への帰還に、ルナとヴィラをはじめ、エンナボの部下が複数名ついて来ていた。
ついて来た名目としては色々な意味がある。
お互いのつなぎ役、約束を違えないかの監視、実際に倒したかどうかの確認、あるいは人質。
しかし一番の目的は、ササハル討伐の際に、フィリ村の手練れがいなくなってしまうことへの護衛任務だった。
エンナボがこちらに礼を尽くす形である。
ましてやルナはこう見えても王妃だ。
王妃をこうも簡単に他所へ寄越すとは、まともな神経では考えられないやりとりだった。
だが、お互いに信を置くというならば、これ以上のものはないだろう。
短時間の邂逅だったが、レンドリックとエンナボはそこまでお互いを信用していた。
それが恭之介にとってはちょっとした驚きだった。
レンドリックは人の善悪をある程度見抜ける力の持ち主なので、百歩譲ってわからなくもないが、エンナボはどういうつもりなのだろうか。
自分の妻を含め、部下を昨日今日会った者たちに預けるとは、とてもじゃないが信じられない。
彼は彼で、何か見えているのかもしれない。
「あのねぇ……はぁ、どうして肉弾筋肉タイプって楽観的な人が多いのかしら」
「私は魔法も使いますよ!」
呆れるリリアサに、ララがささやかな抵抗をする。
「ララは剣も魔法も使えるのだな。ルナは剣だけだから、うらやましい」
「ルナ殿の噂は聞いたことがあります。いずれ手合わせを」
「おぉ、それはいいな!今やるか?今やろう。難しい話は他の人間がすればいい」
「ちょっとちょっと、ルナ様。一応、エンナボ様の代理でここにいるんですから、勘弁してください。落ち着いてから好きなだけやりましょうよ」
エンナボの部下の一人が苦々しい表情で言う。
慣れた物言いである。いつものことなのだろうか。苦労人の気配がにじみ出ている。
最初、ララたちとルナたちの関係がどうなるか心配だったが、無用な心配だった。
ルナの毒気のなさに当てられたのか、ララが思っていた以上に気持ちの整理ができていたのか、はたまた両方か。
とにかく何の問題もなく、交わることができた。
もっとも、心配していたのは恭之介だけだったようで、他の面々は特に驚きがなかったようだ。
「ササハルをやるなら早い方がいいな。情報屋によると、ウルダン軍に動きがあるようだ。前線に少しずつ人が集まっている。恭之介はどう思う?」
「そうですね。早いに越したことはないでしょう。ササハルの居場所はわかっているようですし、時間を空ける必要はないかと」
「まぁそうよねぇ、でもほらそこまで急がなくてもいいんじゃない?帰ってきたばかりだし」
珍しくリリアサが恭之介の意見を否定するようなことを言った。
しかも彼女らしくないぼんやりとした理由だ。
「リリアサ、気持ちはわからなくはないが、急いだほうがいい。時間が過ぎれば過ぎるほど状況がどうなるか読めなくなる。それにもうやるしかないのだ」
「そう……そうよね、ごめんなさい」
リリアサが苦しげに小さく首を振る。
「よし、決行日は明後日」
討伐に向かう面子は、レンドリック・レイチェル・リリアサ・ララ・ヤク・ヴィラ・キリロッカ、そして恭之介だった。
敵は一人ということもあり、少数精鋭にすることにした。
前衛、中衛、後衛を考えた布陣である。
マカク・ハラク・テッシンの実力を疑うわけではないが、話を聞く限りでは下手をすれば足手まといになりかねない。それに村の守りも必要だった。
戦力で考えた時、ヤクとヴィラは連れていく必要はないのだが、ヤクは恭之介が連れていくことに決めた。
稀代の剣客を見る機会など、二度とないだろうと思ったからだ。
危険は承知だが、彼の将来を考えると、その危険を踏まえてでも見せてやりたい。
ヴィラが行くのは、彼女の目的はそもそもササハルと会うためなのだ。
最後に会いたいという気持ちはわからないでもない。
どちらの最後になるかはわからないが。
ササハル討伐の日がやってきた。
一昨日の帰還した日は、ルナたちの歓迎会も兼ねて宴会を行ったが、昨日は皆思い思いに過ごした。
恭之介はいつもと変わらない一日。何も特別なことをする必要はないのだ。
ササハルのいる黄泉の街道まで、移動に時間をかけたくはないと、レンドリックが再びキリロッカに運搬を頼んだ。
予想通り、大いにごねた彼女だったが、すべてが終わった暁には恭之介が旅に付き合うということで何とか折れた。
気軽に言うつもりだった旅の道連れが、報酬という思いの外、重い約束になってしまい、少々気が重くなった恭之介である。
だが、移動が短縮される利点は大きすぎるほど大きい。
「村の守りは心配するな。ルナたちがいるからな」
自信満々に胸を叩くルナにフィリ村を任せ、恭之介たちは黄泉の街道へ飛び立った。
空は皮肉なほどいい天気だった。
雲一つない青空を飛ぶのは気持ちが良かったが、それ以上に面々には緊張感が漂っていた。
「私は剣術は素人だからわからないけど、昔聞いた話では、ササハルは攻撃に意識を置くタイプらしいわ。性格的にもそっちが合っている気がする」
「恭之介はどちらかと言えば受けのスタンスか?」
「いえいえ、レンドリックさん、恭之介さんが攻撃に転じたらすごいですよ。魔物の群れを一気に蹴散らしていましたから。あれで守り型とは言わせませんよ」
レンドリックとララが恭之介の戦い方について話している。
恭之介自身、あまり意識したことがなかった。
良い言い方をすれば万能型。だが、実際はどちらにも転べるようあえて決めていないだけだった。
「先生、そういった戦い方のタイプはあまり決めないほうがいいのですか?」
恭之介の表情を見てか、ヤクが的確な質問をしてくる。
「どうだろう。あんまり考えたことがないけど、私は結果的にそうなっているね。どちらとも言えない型かな」
「攻め主体、守り主体、どちらのタイプが戦いやすい戦いにくいというのはありますか?」
「う~ん、それも何とも言えないね。どちらの型でも強い人はいたよ」
「相手に合わせて戦い方を変えられるということですか。う~ん、やはり恭之介さんはすごいですね!」
ララが途中に割り込み、一人で納得したように何度も頷く。
ヤクは何かを考えるような表情をしている。真面目な弟子である。
そこで恭之介はリリアサをちらりと窺った。
いつもならばもっと会話に入ってきて良さそうなものだが、今日は妙に静かだった。
再び戦談議に盛り上がる面々を置いて、恭之介はリリアサに話しかけた。
「リリアサさん、大丈夫ですか?」
「ん?え?あぁ、大丈夫よ大丈夫!」
何かに悩んでいるようにも見える。
「元気がないように見えます」
「……ありがとう、心配してくれて」
「僕で良ければ聞きますよ」
そこでリリアサの口がかすかに動いたが、すぐに閉じてしまった。何か言葉を飲み込んだように思える。
「恭之介君は負けないわよね?」
「う~ん、いやどうでしょうか。ソウモンイン・ササハルは相当手強そうです」
「……あははは、そうね、それが恭之介君らしい」
笑い声を上げたが、どこか精彩を欠く。
その後は、関係のない話が始まり、結局恭之介は彼女の懸念が何かわからずじまいだった。
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